第28話
栄島ウォーターランド内にあるホテルの一室、雪音は同室の明里や夕菜、奏とコンピューターゲームに興じていた。ThrTHが出演した番組の関係でたまたま貰ったゲームを皆でやってみようという話になったのである。
ライブ出演の前夜に遊んでいるのはプロ意識が低いようにもみえるが、変に気負うとむしろ上手くいかないというのがThrTHメンバーの共通認識である。
「ふふふ、今回も私がいちばんね……」
テレビ画面上の駒を見つめ、おおよそアイドルらしくない、暗い笑みを浮かべるのは雪音。
今、プレイしているすごろくゲームは戦略的要素が強く、露骨にプレイヤーの技量が結果に反映される。そして、実は結構なゲーマーである雪音は今のところ全戦全勝だ。
パーティー感覚で始めたゲームにもかかわらず、ガチで勝ちにきている雪音。そんな友達を夕菜と明里は生暖かい目で見守るだけだったが、奏は違った。とっておきの秘策をもって、雪音を打ち倒そうと意気込んでいたのである。
「ここでおじゃまカードを使えばもはや勝利は確実……」
「雪音さん、こんな話を知っていますか」
「うん? どうしたの急に」
「仏滅の日にゲームで五回勝利した人は、爪先からハリガネムシが出てくるという……」
「えっ、なにその完成度の低い都市伝説。絶対今考えたでしょ」
奏の盤外戦術は一瞬で崩壊した。
「それじゃ気を取り直して……、って、なに人のコントローラー強奪しようとしてるのよ! ていうか無言で迫ってこないで!」
じゃれあっている雪音たちをよそに、夕菜と明里はスマホの画面をのぞいていた。
「初日どうだった?」
「大満足です! 知らない音楽にも触れられましたし。それに園内でいろいろ遊べました」
「良かったねえ。おっ、この写真。明里ちゃんも『オズ』行ったんだ」
「夕奈ちゃんも?」
「学校の近くにお店あってさ。おいしいよね」
「はい。先輩も感動してました」
「ハチロクくんがねー。そういえば……」
夕奈は雪音のほうを向く。ちょうど、奏とのコントローラーぶんどり合戦に敗北し、自分の駒が最下位に転落していく様を呆然と眺めているところだった。
「ゆーきーねー」
放心状態の雪音の口に、夕菜がそっと丸いチューインガムを差入れると、雪音は無意識にそのガムをかんだ。
「すっぱい!」
「お、当たりだ」
ガムは三つ入りで、一つだけ酸味が強いパウダーが入っている。
「なにをするのよ……」
「ハチロクくんとウォーターランド回ってこないの?」
「いやいや、タイミングないわよ」
「明日の出番は午前中だけだし、午後行って来ればいいじゃん」
「バレたら騒ぎになっちゃうかもだし……」
「髪型変えて眼鏡でもかけとけば案外バレないって。これは経験者談ね」
「い、いきなり遊園地はハードル高いっていうか、近所の公園あたりから徐々にステップアップしたいというか……」
「近所の公園って……、別にハチロクくんと一緒がイヤってわけじゃないんでしょ?」
「それはそうだけど」
「じゃあ決定ね。貴子さんもオッケーって言ってるし」
「いつの間に連絡とってたのよ!」
雪音が慌てていると、ベッドに放ってあった雪音のスマホに着信があった。着信元は三鷹八録その人である。パニくり気味に通話ボタンをプッシュ。
「雪音? おれおれ、ハチロク」
「こ、こ、こんばんわ」
「こんばんわ」
「それで、その、なにかしら?」
「明日、ちょっとでいいから時間貰えない? ウォーラーランドで遊ぼうぜ。デートよデート! いわゆる!」
こいつデートの意味理解してないんじゃなかろうかという疑問はあるが、誘い自体は雪音にとって、とて嬉しいものである。
「しょーがないわね、付き合ってあげるわ」
喜びに満ちた声色で典型的な文言を発する雪音を夕菜は満足気に見ていた。
「うんうん、いいね!」
「今も昔も仲良く遊べるって、素敵ですね!」
「明里ちゃん、それはちょっと……、違うかな」
「はい?」
「ね、奏?」
いつの間にかゲームから離れている奏に夕奈は目配せする。
「ええ。雪音さん、内陸育ちですから」
「こっちのほうが絶望的だった……」
その辺のアンテナは私がカバーしようと、夕奈はひそかに決意するのだった。




