第27話
栄島ウォーターランドは人工島丸々一つを使った日本最大級のテーマパークである。敷地内の人工海岸に併せて設けられたイベントスペースもまた日本最大級であり、野外イベントの聖地の一つして知られている。
昼前、そんな場所の入り口に俺たちは立っていた。目や耳に入るもの全てが、普段の生活とはかけ離れた何かだ。
「もはや異国の地!」
「まだ入ってもいませんよ」
そう言って、綿貫さんはかすかに笑った。
イベントの開演まではだいぶ時間があるので、園内を見て回ることにした。
「ハチロク、明里、次はジェットコースター行くよ。高低差107メートル、最大傾斜角約80度の恐怖を体感しようじゃないか」
パンフレット片手に婆様は目を輝かせている。元気だなこの人。
「私は……、ついに鳥になるんですね……」
「あのー、絶叫系ハシゴするのもいいっすけど、そろそろ飯にしません?」
綿貫さんが人間性を失いかかってるし。
「ああ、昼飯のことすっかり忘れていたね。なら飯にするかい」
「というわけで、綿貫さん? おーい」
目の前で手を振ってみると、綿貫さんはハッとして意識を取り戻した。
「……あれ? 私、油淋鶏に転生したはずじゃ?」
なんで調理済み?
「昼飯、何食べたい?」
「先輩の言ってたパン屋さんが出してるお店はどうですか? パン以外も色々食べられるらしいですよ」
「おーいいねえ、そこにしようか」
噂の天才パン職人、どんな人なんだろうか。
件のパン屋『オズ』の出店はやはり盛況のようだったが、客席に空きを見つけることができた。
「お昼遅くして正解でしたね。すんなり座れました」
婆様がはしゃいで昼食の時間がずれ込んだおかげで、ピークを避けることができたようだ。
「あたしの戦略通りだね」
腕を組み自慢げにする婆様。うそくせー。
「先輩、見慣れないパンがいっぱいありますよ! シミットってなんでしょう?」
「トルコでよく食べられてる、胡麻のパンだったかな」
俺もメニューを眺めてみる。この店、どうもトルコにルーツがあるらしい。
「じゃあ、私はこのシミットと魚の串焼きセットにします」
「俺はパン盛り合わせと冷製スープにしようかな。婆様は何にします?」
「ピラフ」
「……人気店のパン、気にならないっすか?」
「ああ、興味深いね」
「注文は?」
「ピラフ」
そうか……。
「おいしい! 全部がおいしいですよこれ!」
綿貫さんの言うとおり、出てきた料理はどれも非常に美味だった。特にパンがうまい! 当たり前かもだけど!
「一夜にしてパンの港が築かれたって感じですね……!」
綿貫さんの例えは相変わらずよくわからないが、感動したことは伝わった。
「やはり職人にお会いしたいなあ」
「といっても、それらしい人は見当たりませんよ」
「いや、あのショーケースの前にいる人に違いない」
「あの男の子ですか? 中学生くらいにしか見えませんけど……」
「綿貫さん、彼の目を見るんだ。パンをこねる側の目だと思わない?」
「意味わからないです」
「よし、行ってくる」
俺は席を離れ、彼にそばに立った。
「すみません、貴店のパンを作られた方ですか?」
「作ったのは店の皆だけど……。まあ、レシピ考えたのは僕だよ」
「それはそれは! 申し遅れました、私、三鷹八録と申します」
ここで名刺を差し出す。高橋の協力を得て、密かに作っておいたのだ。
彼は俺の名刺を見て「ふーん」とこぼした。
「僕はセファ。で、なんか用?」
「パンの作り方教えてください!」
「ウチ、あんたの店のライバルってことになるんだけど」
「はい!」
「なにその純粋な瞳……。まあ、時間があったらね」
セファさんは手をひらひらさせて、どこかへ行ってしまった。クール!
無事、約束を取り付けられた。ほくほくで席に戻る。
「いやー、言ってみるもんだね」
「体よくあしらわれたようにしか見えませんけど……」




