第22話
水森での催しが無事終わり、ついにやってきた雪音との遊び……、じゃなくてデートの日。
実はこの日に向けて、コツコツと準備を進めてきた。雪音は何やら俺のデート的能力が低いと思っているようだが、雪音の趣味嗜好を知り尽くした俺の超絶技巧によって、デートリピーターになるに違いない。
そんなことを考えながら待ち合わせ場所で待っていると、とうの雪音から電話があった。時刻は九時三十分、待ち合わせ時刻ちょうど。
「……もしもし、ハチロク?」
「おー、雪音。どうした?」
「その、ごめんなんだけど、あと数分待ってほしいというか……」
「それはいいんだけど、なんか声変じゃない?」
なんかというか明らかに鼻声である。
「……そんなことないわよ」
「えー、そうかなあ」
「じ、実は変声期なのよ」
遅すぎない?
「そういうわけだから……」
「風邪ひいた?」
約十秒の沈黙ののちに返答があった。
「……うん」
「体温計とか、食べ物とかある?」
「なんにもない……」
「じゃ、俺持ってくからさ、とりあえず寝てな」
「ごめん……」
「ふっ、お気になさるな」
「そのギャグつまんない……」
自分のギャグセンスのなさに薄々気づきながら、俺は急いで来た道を戻った。
不在の婆様に電話で断りを入れてから、いろいろと家のものを原付の荷台に積み、雪音の住むすすき荘へ。
インターホンを押すと、うっすら赤い顔をした雪音が出迎えてくれた。
「悪いな、立たせちゃって」
「別に立って歩けないほどひどくはないわよ」
「そりゃよかった。じゃ、病院行こうぜ」
「びょう、いん?」
硬直する雪音。
「ほら、歩いてすぐのとこにあるだろ、清水内科」
「い、行かなきゃダメ?」
「なんかあったらイヤじゃん」
「でも知らない人にお腹とか見られたくないし……」
「なんだその自意識……」
中学生じゃないんだから。
「それに注射とかヤだし……」
小学生じゃないんだから。
「あそこは気の良いベテランおばちゃんが診てくれるから大丈夫だって。たぶん注射はしないし」
「うーん、なら、まあ」
雪音はしぶしぶといった感じでうなずいた。親御さんの苦労が偲ばれる。
「あーそうだ、道子さんに連絡した?」
道子さんは雪音の母親である。仕事で方々を飛び回っていて、なかなかに忙しい人だったと記憶している。
「心配かけたくないし」
「後から知ったら悲しむぜ」
結局は病院から連絡いくだろうし。
「……わかった」
雪音が電話をかけると、ワンコールでつながった。
「お母さん? うん、私。その、風邪ひいちゃって……」
しばらくやり取りしたあと、電話が俺の目の前に差出された。道子さんが俺と話したいらしい。
「替わりました」
電話口から懐かしい、快活さを感じさせる声が。
「ハチロクくん、久しぶりー! ごめんね、雪音の面倒みてもらっちゃって」
「道子さんもお久しぶりです。困った時はお互い様なんで、気にしないでください」
「ありがとね。それと、私も仕事切り上げてそっち行くことにしたから」
「わかりました。あと……」
どこの病院に行くかなど、諸々伝えたあと電話を切った。
「お母さんなんだって?」
「よろしく頼むってさ」
「そう」
「じゃ、行くか」
「ゆううつ……」




