第15話
あまくておいしい綿貫さんちのメロンを食べ終わり、俺たちはいよいよ、本格的に歌の制作に取り組み始めていた。
「やっぱ、イメージみたいなものがあると詞が書きやすいよな」
俺の言葉に、雪音が指先に持った鉛筆ブラブラさせながら答える。
「イメージねえ……、『恋愛』とか?」
「『夏』とか『夢』とかも王道ですよね!」
二人は思い思いのイメージを語る。
「あんたは何かないの? イメージ」
雪音の問いに俺は腕を組んで答えた。
「……俺は『太古の暮らし』がいいと思う」
「はあ?」
露骨に呆れた顔を見せる雪音。傷つくからやめて。
「やっぱいい曲には普遍性があると思うんだよ。太古の素朴な暮らしと祈りのイメージはあらゆる世代、誰の胸にも届くはずだ」
「雪音ちゃん、ハチロク先輩大丈夫ですか?」
「どうだろう……」
こっち見ながら、ひそひそと話す二人。聞こえてるから。
「ま、今上がったイメージ入れて、とりあえず歌詞書いてみようぜ」
「いや無理無理! 妙なの一個混じってるし!」
いまいち火がつかない雪音に俺は語りかけた。
「雪音、人の心に響く歌を作るのは大変なことだ、及び腰になるのもわかる。でも雪音には、俺たち三人には力がある。必ずトップミュージシャンになれる!」
「トップ、ミュージシャン……」
雪音は俺の言葉を聴き、決意したようにつぶやく。
「……そうね、私、少し弱気になってたかもしれないわね」
「いやいや、雪音ちゃん?」
「わかったわ、三人で日本音楽界の頂点取りましょう!」
「雪音ちゃん!?」
数時間後、雪音の主導により歌詞が書きあがった。
「いいのが出来たわね……」
「ああ……」
イメージを表現するワードを織り込みつつも、自然な仕上がりだ。
「……これでいいんでしょうか」
綿貫さんはなぜか部屋の隅で体育座りをしている。
「どうした綿貫さん? 俺たちでマスターピース作ろうって誓ったじゃないか!」
「いや、あの、数時間前から結構な認識のズレが出てきちゃってると言いますか……」
「さあ、次はメロディよ明里!」
綿貫さんは「雪音ちゃんがあっちサイドに取り込まれてしまいました……」とか呟きながら、雪音によって部屋の中央へ引きずられる。
「で、どうするのよ?」
雪音の問いに俺は答える。
「実は歌詞書いてる間に降りてきちゃったんだよな、メロディとコード」
「やるわね!」
「雪音がボーカルで俺がギター、綿貫さんがタンバリンとコーラスね」
「えっ、私も参加するんですか!?」
「いや、この歌詞の感じだとハチロク、あんたがボーカルの方がいいわね。私がギターやるわ」
「それはいよいよ意味が不明ですって!」
「よっしゃ、そうと決まれば早速練習だな! タンバリン取ってくるから、30分後に文化会館の練習室集合な!」
「行くわよ明里!」
「……あ、はい」
綿貫さんはなんか諦めの表情でそう応えるのだった。
市内のとある会議室、ThrTHマネージャーの貴子は人を待っていた。雪音である。
昨日、雪音から「曲が出来上がったから聴いてほしい」と連絡があったのだ。
ーーちょっと無茶ぶりだったけど、流石、雪音ね。
最近ヘンなところもあるが、貴子にとって雪音はThrTHを引っ張る最強のアイドルである。どんな難題も乗り越える能力があると信じているのだ。
しばらくして、ノックの音が会議室に響いた。
ーーなるほど、オーディションってわけね。
「どうぞ」
貴子が促す。すると扉を開けて雪音と、なぜか雪音の友人である八録と明里も部屋に入ってくる。
貴子の心中に、言いたいことはいくつもあった。
「なんで二人も付いてきてるの」とか、「なんでみんなニット帽かぶってんの」とか、「なんでハチロクくんがマイク握ってんの」だとか。
しかし、貴子は「えっ?」の一言を漏らすだけに、どうにか留めた。全ては歌を聴いてから判断しなくてはいけない、それが聴く側の礼儀だからだ。
三人は配置につくと、センターの八録が言った。
「この曲には、今この世界で生きる僕たちが感じている想いだとか、これからの未来への希望や夢を込めています」
次いで雪音。
「それでは聴いてください『私たちのサマー・デイズ』」
次いで明里。
「ふ、副題『土、我々の祈りについて』」
そして、優しげなアルペジオとバックコーラスに乗せて、言葉が紡がれる。
恋のトキメキ、夏の日差し、将来の夢、大地への祈り、文字のない信仰……。
それらの全てを込めて、歌が歌われるのだった……。
終わると、三人はただ黙って貴子の言葉を待った。貴子は言った。
「……えっと、うん、ダメでしょ」
ダメだった。
その後、時間がないからということで、雪音は単独、この歌で出演を強行した。意外と評判は悪くなかったという。
ちなみに今後、ThrTHのライブでこの歌が披露される予定は、ない。




