第13話
「ある日、急に雪音がパンを楽屋に持って来て、嬉しそうな顔して『みんな、これ絶対美味しいから食べて』って言うのよ。それからあの子、なんとなく浮ついた感じでね。つい気になってしまって」
閉店後の店内で、俺とマネージャーさん改め杉谷さんはお話をしていた。ちなみに三人娘も、事務所でおしゃべりに花を咲かせているようだ。
「やっぱり、このお店とあなたのせいね」
杉谷さんは冗談っぽく笑って、そう言った。
「ですかね?」
「そうよ」
杉谷さんは窓の外に視線を向け、続ける。
「でも、あの子が楽しそうなのは嬉しいわ。ThrTHメンバーは皆……、こんなのいけないのかもしれないけれど、何となく、妹みたいに思ってるのよ」
「……パンばくばく食べながら言われると、あんま、響かないっすね」
俺がサービスで出したパン盛り合わせを、杉谷さんはずっと一定間隔でパクついていた。
「ハチロクくん、あなた、私のこと若干ナメ始めてるわね?」
「まだ大丈夫です」
「『まだ』って何?」
苦笑いではぐらかすことにしよう。
まあ、雪音のそばに良い人がいてくれてよかった。
一方事務所では、雪音たちが談笑していた。
「この前、雪音ちゃんのお部屋で勉強教えてもらったんですよ!」
明里の言葉を聞いて、夕菜はニヤニヤと笑いながら雪音を見る。
「えーなに、雪音、さっそく先輩面してんのー?」
「ち、ちがうわよ! たまたま同じアパートで、しかも部屋が隣だったのよ。それだけよそれだけ」
「それだけって、ショックです……」
微妙にわざとらしく落ち込んで見せる明里。
「うわ、明里ちゃんかわいそー」
「いやいや、そう言う意味じゃなくて! 言い方申し訳なかったけど!」
あたふたする雪音を見て、明里と夕菜は顔を見合わせて笑った。
「あんたら、からかったわね……」
「まーまー。ところであのハチロク……くんだっけ? 雪音の友達なの?」
「え、まあ、そう、友達よ。うん、友達」
目をキョロキョロさせ指先で髪の毛をいじりながら、そう応える雪音。明らかに挙動不審である。
「へえー。昔からの?」
「そうね。小学生時代からの付き合いだし」
「ずっと親交があるなんて素敵ですね!」
「中学卒業してから最近まで、ずっと会ってなかったけどね……」
そう言って、雪音は机に頬杖をついた。
「なんかあったの?」
「それはあいつに訊きたいわよ。卒業してから半月ぐらい音信不通だし。ようやく連絡ついたと思ったら『俺パン焼くわ!』とか言ってるし!」
「それはちょっと、ですね……」
同調する明里。
「でしょ!?」
だんだんと雪音の言葉に熱が入り始める。
「そもそも中学の頃からあいつ全然連絡取れないのよ! わざわざ私が携帯の使い方を一週間みっちり教えてやって、ようやく通話とメールできるようになったのに、肝心の携帯を携帯してないし!」
「あー、そういう人いるわ」
夕菜は腕を組んで首を縦に振る。
「でしょう!?」
二人の支持を得たとみて勢いづく雪音に、明里と夕菜は言った。
「でも気になることは、本人に直接訊いたほうがいいですよ」
「文句も本人に直接言ったほうがいいんじゃん?」
「急に突き放すのやめて!」
三人のパワーバランスが何となく定まりつつあることに、雪音は危機感を覚えるのだった。