第12話
チラシを配り終えて一週間が経った。高橋が応援に来た日の後にも、俺と婆様で結構な範囲に配ったつもりだが、その効果はまだ感じられていない。
「お客さん、来ませんね……」
閉店30分前、俺は綿貫さんとレジに立ち、お客さんを待っていた。
「文面に『OPEN!』の文字をねじ込んで、フレッシュ感を演出したんだけどなあ」
「あれ詐欺くさいですよね……」
オープンしているのは事実だから大丈夫、と信じてる。
「ぼちぼち閉める準備しようか」
閉店の準備にかかろうとしたところで、ドアベルの音が鳴った。
「ここが噂のパン屋さんかー」
入って来たのは、でかいサングラスをかけた大人の女性と少女の二人組。チラシ配ってた時に会った人たちじゃん。
「あら、先日はどうも」
大人の女性の方に挨拶された。「どうも」と応えておく。
「お知り合いなんですか?」
綿貫さんは半歩だけ俺に寄って、ひそひそ声でそう尋ねる。
「チラシ配ってた時に、ちょっと。そうか、きちゃったか……」
「え、怖い人たちなんですか?」
「いやー、そうでもなさそうなんだけど、魔が差すという可能性も……」
「つまり?」
「食い逃げか……」
「すごい聞こえてるわよ」
気づくと、件の二人はレジ前にいた。やっべ。
綿貫さんは「ど、どうしましょう」と言ってあわあわしているし、ここは先輩である俺がフォローするしかない!
「これはその……、なんかちょっと、二人ともお腹空いてそうだなあって」
そう言うと、二人分の責めるような目線と沈黙が返って来た。
まあ、俺も内心あわあわしていたのよ。
気まずい空気が場を包んだところで、再びドアベルが店内に響く。
「二人とも……、何やってんの?」
雪音だった。
「えっ、雪音、このお二方とお知り合い?」
「知り合いっていうか……」
なぜか歯切れの悪い雪音。
「貴子さん、もう隠す必要ないんじゃないですか? 雪音の友達ってことですし」
「まあ、そうね」
二人組は何やら話し合っている。
ちょっとして話がまとまったのか、二人はこちらを向いて、やたらでかいサングラスを(なぜか)勢いよく外した。
「あー! TrhTHの夕菜ちゃん!」
綿貫さんが驚きの声を上げる。
「驚いた? 髪型普段と変えてるし、わからなかったでしょ」
何と少女は、あのThrTHメンバーの千崎 夕菜だったのだ。
そして大人の女性の方は……、誰だろう……?
「……え、私のこと知らないの!? ThrTHの超敏腕マネージャー、杉谷 貴子! テレビで特集されたこともあるのに!」
レジ台に手をついて、身を乗り出すマネージャーさん。
「ウチ、ラジオしかないもので……。綿貫さん、ご存知?」
「えっと、その、私はライブDVDとか歌番組中心で楽しんでいたので、ごめんなさい」
「謝るのやめて」
それにしてもマネージャーも有名人とは、トップアイドル恐るべしである。
「うん? ということは……」
俺は一つの真実に気づく。
「さっき、マネージャーさんまでキメ顔でグラサン外していたのは、自分が知られていると思ってたからなんですね!」
「雪音、この子悪意なくうざいわ!」
「貴子さん、落ち着いて! さっきのは普通にハズかった!」
「雪音にもらったパンがちょーうまくてさ」
「私もパンの美味しさに感動して、ここで働かせてもらってるんですよ!」
なんかワーワーやっている雪音とマネージャーさんには無関心な感じで、綿貫さんと千崎さんは意気投合している。
閉店前だというのに、店は今日一番の賑わいを見せていた。
誰もパン買ってないけど……。




