第11話
「えー、本日お店は休業日ですが、我々のお店をもっと様々な人に知ってもらうべく、チラシのポスティングを行いたいと思います」
日曜の朝、俺たち職員は店に集合していた。
「それと、今日は高橋くんにも参加してもらいます! 皆さん、先日のチラシ制作の時に会って、既にご存知かとは思いますが、改めて自己紹介をしていただきましょう。どうぞ!」
そう言って、俺は一歩後ろに下がった。
綿貫さんは「わー」とか気の抜けた声を出しながら、弱々しい拍手をしている。目半分開いてないけど、眠いの?
「あの、言いたいことは色々あるけど……、俺はお前に『プール行こうぜ』って誘われて来たんだよ」
なぜか俺の方を向く高橋。
「そうだっけか」
「そうだよ! なんだこの状況!」
「ほら、遊びの予定って結構流動的だったりするし? 許せよ」
「遊びなら許すわ! でもこれ仕事じゃん! 許すための前提条件崩れてるじゃねえか!」
お怒りのようである。今日はちゃんと一日の短期バイト扱いにしているというのに……。
「あと今何時だよ?」
「5時半」
「早えわ!」
「パン屋は朝早いんだよ!」
「今日パン関係ねえだろ!」
ぎゃあぎゃあ騒ぐ俺たちを見て、婆様は欠伸を一つ。
「元気だねえ……」
気力有り余ってるからね。
ポスティングは俺と高橋、婆様と綿貫さんという2-2の体制で行うことになった。
「婆様は綿貫さん乗せて大水台の住宅街を回ってください。俺たちは皆丘の方に行くっす」
「あんたら足あるのかい?」
確かに皆丘地区は徒歩や自転車で行くには少し遠い。しかし、今日は強力なアイテムがある。
「原付使います」
玄関に横付けされた二台の原付を指差す。
「にしても高橋、お前の原付125ccかよ」
「いいだろ」
そう言う高橋は自慢げである。俺のだってちっこくてかわいいし。
「配り終えたら連絡するよ」
婆様と眠たげな綿貫さんを乗せた車は店を発した。
「じゃ、俺らも行くか。ビンビンに乗り回そうぜ」
「お前は30キロ制限だけどな……」
別にいいじゃない。
皆丘地区は住宅一軒一軒の間隔が広く、機動力と根気が求められる場所だ。
俺たちは二手に分かれてチラシを配っていた。
「結構かかんなあ」
停めた原付にもたれ、ひとりごちる。時刻は8時。持ってきたチラシを全部配って帰ったら、9時は過ぎるだろう。
婆様の方はもう配り終わったと、だいぶ前に電話があった。
「やるかあ」
一つ息を吐いて気合を入れ直したところで、「ちょっといいかしら」と声をかけられた。
向き直ると、女性の二人組が立っている。
一人はスーツにでかいグラサンをかけた大人(と思われる)女性、もう一人はデニムコーデ、そしてやっぱりでかいグラサンをかけた少女。端的に言うと超不審である。
スーツを着た女性が俺に尋ねた。
「このあたりに美味しいパン屋さんがあるって聞いたのだけれど、ご存知ないかしら」
もしかしてウチだろうか? この街、ウチ以外じゃ駅まで行かないとパン屋ないし。
「そのチラシ、パン屋さんのやつでしょ?」
少女が座席に置いていたチラシの束を指す。
「……えーっと、違います」
嘘ついた。だってなんか怖いもん。
「いや、パン屋『水森庵』ってデカデカと書いてあるじゃん」
「あー! この辺じゃ金物屋をパン屋って呼ぶんですよ!」
「パンの写真載ってるし」
「地域特有の願掛けなんすよ。チラシにパンの写真を載せると、経営がパンっとうまくいく! っていう」
「……いや、地域性で押し切ろうとしてるけど、その嘘は無茶だって」
でしょうね。
観念してチラシを渡すと、二人は礼を言って去っていった。
案外悪い人たちではないのかもしれない。変だけど。




