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1章 5話

旅立ちの朝は来た。

デナダンに現れたという神格存在と戦う為に、マーティンの黄昏の子猫屋で装備を整える予定のミエルカ。

早朝から子猫屋に向かったミエルカだったが、そこには……。

楽しんで頂ければ幸いです。

 今日の目覚めは、まぁ、まずまずと言ったところだ。

 昨日はヨルムさんの奢りで美味いものをたらふく食わせてもらったし、久しぶりに屋根のある場所で寝られた。

 任務で出てる時は基本野宿だからな……。

 別に金がないから、という理由で宿に泊まらない訳じゃない。

 むしろ、金ならある。

 じゃあ何で泊まらないかって?

 だって……旅は、野宿だろ?

 そう相場が決まっているんだ!

 旅に出て、ずっと快適だなんて間違っているとは思わないかね?

 とまぁ、俺の脳内で繰り広げられる独り言はさておき、そろそろ起きないと出発時間に遅れる。

 その出発時間を決めたのも自分だけどな。

 ……。

 別に気になんかしてないし。

 単独行動が基本だから、何でも自分で決めてるだけだしっ!

 ぼっちじゃないしっ!


 ギシギシと軋む木製のベッドから身体を起こすと、辛うじて割れずに残っている鏡の前へと歩を進める。


 俺のねぐらは、お世辞にもいい場所とは呼べない。

 前にも言ったが、椅子は硬い木製だし、ベッドは今にも壊れそうな音をたててるし、扉は何かで括っておかないと勝手に開くし、家具や食器だってほとんど置いてない。

 でも、それでいいのだ。

 たまに帰ってきて、寝ることが出来る。それだけで十分。

 いつ死ぬか、どう死ぬか分からない俺なんかには、生活の質は関係ない。

 安心できる場所であれば、それでいい。


 昨日マーティンに用意してもらった服に再び袖を通すと、早朝の街へと繰り出す。

 ここティオルムの朝は、存外早い。

 炊事、洗濯をしている奥様方。

 走り回る子供達。

 そして、天へと祈りを捧げる人々。

 アフラス教では、早朝、正午、日没の時に天へと祈りを捧げる決まりだ。

 両膝を着いて、ブツブツと祈る。

 悪いとは言わない。

 信仰とは、かくあるべきだとも思う。

 でも、生憎俺は無神論者だ。

 祈る神がいないんでね。


 朝市を行っている中央広場を掻い潜り、黄昏の子猫屋を目指す。

 朝だというのにまだ薄暗い路地を歩く。

 この時期でも、早朝の日陰は少し肌寒いな。

 ユーグはこれから夏期を迎える。

 暑い季節か……。最近は1期が早くて困るな。

 ……年寄りみたいな言い方は控えよう。

 一応俺は20代だしな。


 カランコロンとベルが鳴る。

 カウンターの前には、大きなシルクハット。

 もとい、シルクハットを被った少年、マーティンの姿があった。


「お待ちしておりました。ミエルカさん。黄昏の子猫屋、いや、このマーティンが自信を持って準備させて頂いた品々でございます」


 マーティンはそう言うと、両手を大きく広げた。

 戦闘服に軽鎧、武器一式。

 バックパックには旅に必要ないつもの道具。

 完璧だ。


「何とか間に合いました。全ての装備は儀式済み。私の出来る最大限の付与を施してあります。もちろん、素材も一級品です」


 確かに。

 こんな都市で手に入るはずの無いものばかり。


「いつも助かるよ、マーティン。大事に使わせてもらう」

「大事にせずとも構いません。ただ、ミエルカさんのお役に立てばいいのです。今度こそ、お役に……」

「そんなに気張らなくていいのに。十分役に立っているさ。いつもね」


 俺は装備を手に取ると、慣れた手つきで装着していく。

 本当にいい物ばかりだな。装着感がほとんどない。

 付与にも相当気合を入れたようだな。

 マーティンの顔を見ると、目の下に薄ら隈が出来ている。

 ……うん?


「マーティン。その後ろの布は何だ?」


 マーティンの後ろに、布を被った大きな物がある。形状的には、檻?の様なものだ。


「ええ。実は、ミエルカさんにお願いがありまして……。デナダンに行かれるという事だったので、商品の輸送をお願いしたいのです」

「それは構わないが、何かデカくないか?」

「いえいえ、中身だけを運んで頂ければ構いませんので」


 マーティンはそう言うと、一気に布を取り払った。


「……マーティン。お前……」

「分かってます! ミエルカさんがこういうのを毛嫌いしているのは。ですが、今回の代金と引き換えと言うことで、どうかお受けして頂けませんか?」


 マーティンがゴクリと唾を飲んだのが分かった。

 檻の中身は、奴隷の女だった。

 大きな蒼い瞳。

 それと同色の髪。

 透けるような白い肌。

 見た目に釣り合わない、首にされた大きな枷。

 ……痩せているが、10代半ばか。

 ただの人……な訳がないか。


「……いいだろう。ただ、こいつの情報をよこせ。ただの人間な訳はないだろう?」


 俺がそう言うと、マーティンは大きく息を吐いた。


「よかった。怒ったミエルカさんは怖すぎです……」

「ならこんな仕事を頼むな」

「ミエルカさん以上に頼れる人なんていませんからね」

「それよりも、情報だ」

「っと、そうでしたね。この女性は、希少種。第二位、精霊種と人間のハーフです」


「なっ!! マ、マジかっ!?」

「マジです!」


 マーティンは誇らしげに胸を張った。


 第二位、というのは、この世界に存在する生物、または生物に準ずるモノに与えられた位だ。

 第一位は竜種。二位が精霊種。三位が長命種と続く。

 これはそのまま、生物としての強度、詰まるところ強さに比例する基準だ。

 二位、精霊種とのハーフとなると、人間とは比べるまでもないほどに強いはず。

 何故そんな子がここに……。

 あの、首枷か?


「マーティン。こいつはどうなる?」

「さぁ、知りません。売った後の事は商売には関係ありませんからね。見世物にするのか、それとも更に転売するか、はたまた性的な玩具になるか」

「……別に口を出すつもりは無い。だが、こういう依頼はこれが最後だ……」

「わっ、分かりました。それでは、よろしくお願いしますね、ミエルカさん」


 俺は檻へと歩み寄る。


「お前、名前は? 言葉は分かるか?」


 蒼い瞳が、真っ直ぐに俺を見つめた。

 遠巻きでは分からなかった。

 血色が悪すぎる。

 よく見ると、唇も水分が足りずに割れている。

 瞳にも、曇りが見える。

 髪はボサボサ。

 所々不自然に切られている様にも見えた。

 それと、異臭。

 胸糞の悪くなる、鼻を突く、男の……。

 それでも。

 それでも、乾いた唇で笑みを作った。


「……レ……レミーヌと申します……ご主人様……」


 掠れた声。

 媚びた笑み。

 全てを諦めた瞳。


 ……畜生。

 何故、人間はこんな事が出来る。

 こんな酷いことを。

 それでも俺は、俺は……。


「屈め」


 俺はそうレミーヌに告げると、右腕で檻を薙ぎ払った。

 無数の赤い表示。

 -1という表示が宙を舞う。

 次の瞬間、檻は粉々に砕け、光の粒子となって降り注ぎ、消えた。


「全てを諦めて、ただ生きている、生かされている。死ぬことも、自分の身に起きることを拒むことも出来ない。同情する訳じゃない。だが、生きたいのなら、生きていたいと望むのなら、自分の脚で立て。そして、俺の手を取れ。誰の為でもなく、自分の為に。そうすれば、俺がお前を守ってやる」

「ちょっと! ミエルカさん!!」

「黙れ、マーティン。俺は今、レミーヌという一人の少女と話をしている。死にたいのか?」


 俺はマーティンを睨みつける。

 マーティンはその場に尻餅をつき、首を横に全力で振った。


「レミーヌ。お前が決めることだ」


 レミーヌはゆっくりと動き出す。

 どう見ても、必要な栄養が足りていない。

 それにあの脚。腱が切られているな。


 力ない手が宙を泳ぐ。

 必死に俺の手を掴もうとしている。

 それでも、届かない。

 俺が差し出した手をもっと下げてやれば、届くだろう。でも、それでは意味がない。

 お前の生きる意志を、見せてみろ。


 地面に顔を押し当て、床を掻き、俺へと這い寄る。

 俺の裾を掴み、起き上がろうと。

 失敗する度に身体を床に強く打ち付けた。

 何度も。

 何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。

 それでも諦めない。

 もうその瞳には、曇りはなかった。


 もう届く。

 伸ばせば手に触れられる。

 レミーヌは俺の差し出した腕にしがみつくと、全く力の入らないであろう脚で立とうとしていた。


 この感じ、動かないだけでなく、感覚すらももはや無いか。


 だが、レミーヌは立った。

 今にも倒れそうなほど、両の脚が震えている。

 見たまま、棒のような脚だ。

 白く、冷たい手が、俺の差し出した手を掴んだ。


「……い、生きて……いたい……。自由に……」

「……綺麗な瞳だ。いいだろう。約束だ」


 俺はレミーヌを左腕で抱き上げると、右手で首枷を掴んだ。


「なら、これももう必要ないな」


 力を込めると、首枷は檻の時と同様に、赤いダメージ表示と共に光となって消え、降り注いだ。

 祝福する様に。


「全く。ミエルカさんはめちゃくちゃなんですから。でも、こうしてくれると信じていましたよ」

「お前……。まさかこうなると期待して……」

「まさか。飲料水から奴隷まで。何でも手に入る黄昏の子猫屋を、これからもご贔屓に」


 マーティンはそう言うと、深々とお辞儀をした。


 俺はきっと、いつかこの日のことを思い出すのだろう。

 これは運命的な出会いだったのだと。

 そんな確信にも似た妙な予感が、心を支配していた事は言うまでもない。


読んでいただきありがとうございました。

序盤でまだまだ分からない事だらけでしょうが、それを含めて楽しんで頂ける作品になればと思います。


これからも、どうぞ呉服屋をご贔屓に。


Twitterのフォロー、ブクマ、評価、感想、レビュー等々、励みになるのでよろしくお願いします。

_gofukuya_


「これでも食らって死んでくれ。」の方もよろしくお願いします。

呉服屋。

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