1章 2話
冒険者ギルドを後にしたミエルカ。
装備やら何やらを揃えるために街に出る。
活気のある街道を逸れると、いかにも怪しい路地へと出た。
その奥が行きつけの店。
「黄昏の子猫屋」
楽しんで頂けると幸いです。
西陽とまではいかないが、容赦のない日差しが照りつけてくる。
ここのところいい天気が続いたせいか、湿度は低く、カラッとした陽気だ。
日暮れまではまだ少し時間があるか……。
つまり、ヨルムさんとの約束までも時間があると言うことだ。
俺は必要な装備やら道具を買い足す為にそのまま街に出ることにした。
……あと、このボロボロの格好もなんとかしなきゃな。
さっきから周りの視線が痛いし。
まぁそれは、いつもの事なんだけど。
俺の所属する冒険者ギルドのあるこの都市。
名前をティオルムという。
広大なユーラステス大陸のほぼ中央に位置し、人口は10万そこそこ。
人口と同じく、栄え方もそこそこだ。
だがこの都市は歴史が深く、千年以上昔から存在していたらしい。
街並みも美しく整えられ、緑も多く、水源も豊富だ。
そのくせに栄えてないなぁという印象だが、それには理由がある。
……宗教だ。
このティオルムはアフラス教という宗教の総本山。言わば聖地に指定されている。
アフラス教の教義の柱は、質素倹約。隣人愛。
聖人アフラス様は地味目な神様という事だ。
まぁ、慈悲深く、心が広いという解釈も出来なくはないけど。
その為、必要以上の繁栄はしないお約束。
争い事も好まない宗教だ。
そんな都市によく冒険者ギルドが?なんて思うだろうが、それはそれ。これはこれ。
世の中は怪物やら魔物やらで満ち溢れてる。
何やら遠い地では、魔王なる者がその猛威を振るっているとか。
また別の地では竜王が出現し、都市が一つ滅んだとか。
何にせよ、都市に生きる人達の生命を守り、安全に暮らしていく為には必要だという事だ。
設立に際して、多少の反発はあったようだが。
それ故、都市内での争いは固く禁じられている。熱心な教徒に何されるか分からないし、今では暴れる者もほとんどいない。
それがここの掟。
荒くれ者だろうが、これだけはなるべく守る。
赤茶けた煉瓦造りの街道を歩いていく。
夕飯前という事もあり、人通りは結構多い。
道の両脇には所狭しと店が軒を連ね、行き交う人々を呼び込んでいる。
この程よい活気も嫌いじゃない。
あちこちからいい匂いも漂ってきている。
正直腹は減っている。
でも、ここはぐっと我慢だ。
折角なら美味しいものをヨルムさんに奢ってもらわないとな。
俺はスルスルと人混みを抜けると、狭い路地を右へと曲がる。
そこはいかにも、といったような怪しげな路地。
だがその道の奥に俺の行きつけの店がある。
名前は、黄昏の子猫屋。
まぁ、怪しい名前だわな。
何を売っているのかも見当がつかないから、一般の客はまず来ない。
商売をする気があるのかは分からないが、都合がいいのは確かだ。
それに何より、腕は確かだ。
俺が年季の入った木製の押戸を開けると、カランコロンと乾いたベルが鳴った。
この音は、結構気に入っている。
「よくいらっしゃいました! 何をお探しですか? 飲料水から奴隷まで、ここでは何でも揃いますよ!」
カウンターの前にいる小柄な男性、いや、男の子が軽快に挨拶してくる。
「やぁ、マーティン。何かいい服はないかな?」
「あれれぇ? ミエルカさんじゃないですかっ! いつお戻りに?」
「ついさっき、と言っても問題ないくらいさっきさ」
ここ、黄昏の子猫屋の主人。マーティン。
どこからどう見てもただの男の子だが、黒のタキシードに大きなシルクハット。
見た目は完全に普通じゃない。と思う。
のらりくらりと掴みどころがなく、何を考えているかなんて全く分からない。
でも、信頼に足る人物だと俺は思ってる。
マーティンは俺の格好を見ると、シルクハットのつばをそっと撫でた。
付き合いがそこそこ長いから分かるが、これはマーティンが真剣な時に出る癖のようだ。
「ミエルカさん。私が用意した防具はどうしました?」
「……あー。すまない。見ての通り駄目にしてしまった」
「……そうですか。あのレベルの防具でも全く役には立ちませんか……。ならば……」
マーティンはごにょごにょと独り言を呟いている。
こうなるとなかなか戻って来なくなる。
それは後でやってくれ!
「ちょっと待てマーティン! これからヨルムさんと食事なんだ。それに、恐らく明日にはまたここを発つ」
マーティンは俺の声で我に帰ると、再びハットのつばを撫でた。
「明日には発つ。……分かりました。揃えられるだけのものを揃えておきます。出発の前にお立ち寄りください。次こそはお役に立ってみせます」
「いやいや、いいんだって! 別にマーティンを責めてないから! それより、ほらっ! 服を何とかして欲しいんだけど?」
俺がおどおどしながらそう言うと、マーティンは一つ手を叩いた。
「ミエルカさんはいつもそんな格好じゃないですか?」
「別に好きでこの格好してる訳じゃないから! 首を傾げるな!」
俺が両手をバタつかせながらオーバーにリアクションすると、マーティンはケラケラと笑った。
「冗談ですよぅ! ヨルムさんと食事と言っていましたね? それならば最上級仕立てのタキシードを用意しないと!」
「タキシードはいいって! 前もそれ着たら、ヨルムさんにバカにされたし……」
「男の正装はタキシードですよ! 今なら5個まで特性を付与しましょう!」
「だからいいって! ほんとに勘弁してー!」
あれやこれやと一悶着も二悶着もあったが、何とかまともな服を調達する事に成功した。
俺が優柔不断なのがいけないんだけど……。
「飲料水から奴隷まで、何でも揃う黄昏の子猫屋を、どうぞご贔屓に」
俺は深々とお辞儀をするマーティンに見送られながら、黄昏の子猫屋を後にする。
カランコロンと、乾いたベルの音が心地よく鳴り響いていた。
読んでいただきありがとうございました。
まだ新連載の2話目になります。
もう1作書かせて頂いている「これでも食らって死んでくれ。」 よりも1話のボリュームを減らして、読みやすくしているつもりです。
ボリュームがあった方がいい、等々、ご要望があれば検討させて頂きます。
これからもどうぞ呉服屋をご贔屓に。
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@_gofukuya_
呉服屋。