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冬の暖かい場所

作者: 華也(カヤ)

寒い中、そんな出会いもあるよねって話

『冬の暖かい場所』



著・華也(カヤ)



季節は冬。たぶん、私にとっての冬は3回目だった。

眠たそうな目で、窓の外を覗く。

見えないはずの空気ですら、冷たさを帯び、空も日が落ちて更に気温を下げていた。道行く人は、分厚く温かそうなコートを着て、マフラーをして、手袋をつけている人が多いように見えた。

そんな格好をしてさえも、身体を揺すったり、ガタガタと震えさせている。

今年の夏は、死んでしまうのではないかというくらい暑かった。酷暑と言うらしい。

そして、暖冬だと、たまたまついていたテレビの番組の人が言っていたのを、ベッドの上で丸くなりながら聞き耳を立てていた。

それだというのに、急に気温が一桁になり、ストーブや暖房などが一気に必要になった。

私は暑いのは耐えられるけど、寒いのはもう苦手中の苦手。

空気の入れ替えと言い、窓を開けた瞬間の、外の冷気が、身体の芯から冷やすほどの、もはや凶器に近しいと思った。

絶対にこんな季節は極力外に出たくない。暖房が効いている部屋のベッドでゴロゴロしていたい。

ポツ…。ポツ…。

屋根に一定のリズムで何かが落ちる音がする。これは雨の水が落ちている音だ。

また窓から外を覗く。やっぱりだ。

雨が降ってきていた。

冬で寒く、冷たい風に、更に冷たい雨。

もう想像するだけで嫌になるフルコースだ。

何か思い出すようなシチュエーション。

冬、風、雨。最悪な状態。

きっと外に居たら、凍え死んでしまうかもしれないと思う。

本来であればそうなっていたかもしれない。でも、そうはならなかった。


───────


気配がした。知っている気配が。

玄関の外から。知っている気配が。ずっと待っていた人の気配だ。

ベッドから降りて、いそいそと玄関に向かう。

部屋のベッドの上は暖かかったが、玄関は寒い。フローリングが冷たい。足の裏があっという間に冷えてしまった。

ガチャっと鍵を回して解錠する音とともに、玄関のドアが開く。

帰ってきた帰ってきたと睡魔からの細めた目から、まん丸の黒い瞳に変わり、少しだけ首を上に向けて、玄関から入ってきた人の顔を見る。

「ただいま」

「さむっ」と言い、身体を強張らせながらも、向ける言葉はどこか暖かい。

私はお帰りと言う意味を込めた声を発する。

「にゃー」と


───────


寒い。なんでこんなに寒いんだろう。

そして、なんで私はここに居るのだろう?

答えが見つからない。

気付いたら、物心ついた時から、私だけしかいなかった。

アパートの外にあるプロパンガスが並んでいる間、隙間が私の居場所だった。

親や兄弟はいるのかさえわからない。

気付いたら、私だけだった。

ご飯はどうすればいいのか?この凍てつく冬の寒さをどう堪えるのか、全くわからなかった。

心の何処かで、きっと生まれて間も無く訪れた冬。そして、これが最初で最後の冬になるだろうと。この冬を越せないだろうとそう思った。

時々、プロパンガスの間から出て、アパート周辺をウロウロする。

時々、ご飯をくれる人がいる。ありがたい。でも、私を引き取ろうとはしない。

部屋に匿うことさえしてくれない。

ご飯をあげて、頭を撫でる。ただの自己満足のための行為。

それも最初だけだった。

次第にアパートの住人は私に餌をやらなくなった。当たり前だ。

糞だってするし、生きるために、餌にありつくために鳴きもする。

それが最早通じなくなってきていた。

私は捨てられたのか、それとも親がいたが、恐い大人達が連れて行ってしまったのだろうか?そうだった場合は、私は唯一の生き残りになる。

でも、どっちにしろこの世に生を受けたものの、なんにも意味の無い人生のようだ。

私はあと数週間もすれば、カチカチに冷たくなった"物"に成り下がり、アパート周辺で見つかるのだろうと悟った。

ご飯も、もう与えてもらえない。

空腹であまり動けない。

私はせめてもの力で、プロパンガスの隙間から動くことなく鳴き続けた。

鳴いて鳴いて泣いて。

何も現状なんて変わりはしない。

寒く凍えそうな冬の気温と風の中、泣き続けた。誰にも届かない。誰も立ち止まらない。人通りも多少はあるだろうに、誰も止まらない。

そして、ついには雨が降ってきた。

私の居場所には雨をしのぐ屋根がない。

この冷たい雨に、鳴き声すらかき消されてしまう。

冷たい。寒い。お腹空いた。鳴いた。死にたくない。泣いた。

雨は強さを増す。

目を開ける体力さえ、鳴く力に注いでいた。

最後の力で鳴き続けていると、雨の音に混じって足音が聞こえた。こちらに向かってきてるように聞こえる。

私は必死に鳴いた。

「んー、猫か。野良か?」

それが、私とご主人との出会いだった。


───────


冬の雨。思わず昔のことを思い出していた。

ご主人に拾われてから、あっという間に2年が過ぎた。

"ネコ"

私に与えられた名前。

なんのひねりもない、適当にも程がある名前。でも、私は拾われた日から、出会った日から、名無しの猫から、ネコという名前の猫になった。

ご主人がベッドに座りながら、テレビを見ている。私はいつも、ご主人の膝の上に乗り、体を預けている。

構って欲しい時は、自分の顔をご主人の手にこすりつけたり、お腹を見せたりして、触ってくれと意思表示をする。

めんどくさい時には触ってくれないが、大抵は触ってくれる。

ご主人の頭の撫で方、体の触り方はとても優しく好きだ。

出会った頃は、ボサボサの毛並みも、ご主人が与えてくれたご飯を食べて、体を温かいシャワーで洗ってくれて、本来のフサフサな毛並みに戻った。

雨風が凌げて、ご飯が食べられて、一緒に居てくれる人がいて、それはなんと幸せなことなんだろうと思った。

トイレの場所も教えてもらった。

最初は所構わずにして怒られたけど、今はちゃんと覚えてその上でしか用を足さないから怒られる事もなくなった。

ご主人は朝から夕方まで仕事で家にいない。

勿論やる事もなく、グータラと寝るだけ。

ご主人が帰ってくるまで暇なのだ。

帰ってきた後もグータラするのは変わりないが、膝の上に乗って一緒にテレビを見たり、ご主人の食べているものを分けてもらったり、なんて事のない日常を送っている。


───────


猫というものは、寒さに弱い。

私は生まれて間もなかった。

きっと、季節をまたぐ事なく、寒い冬しか知らずに死んだだろう。

でも、ご主人に拾われて、今は暖かい冬を過ごしている。

心も体も暖かい。

この部屋が、ご主人の傍らが、今の私の居場所なのだから。




END

読んでほっこりしていただければ幸いです

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― 新着の感想 ―
[良い点] 猫という設定がいいなと思いました。 あたたかい気持ちになれて、とてもいいです。 [気になる点] 特にないです。 [一言] 素敵なお話でした。 短い文章だからこそ、このお話の良さが引き出され…
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