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鉛占い

 大晦日の午後、私はユリウスへ手紙を書いていた。


 偽家庭教師が王都に出没しているらしいこととその対応、避難訓練をしたこと、新しい護衛が増えたこと。それから少し迷ったが、ドロフェイが来たことも書いた。万が一、誰かに読まれたとして、湖底探検をしたなんて誰も信じないだろうと思ったからだ。賭けのことももちろん書いた。


 アロイスの魔力については書かないでおいた。これは誰かに見られたらまずい内容だからだ。


 そして最後の一行に、日本語で<まってるね>と書いた。ユリウスには読めないだろうけれど、毎回最後の一行は日本語で何か書いている。暗号みたいでおもしろいと思ったし、ユリウスが帰って来てから解説したら楽しいだろうなと思ったのだ。ちなみに最初に送った手紙には<がんばれ>と書いた。


 ちなみにこの世界の郵便は、元は教会で始まったそうだ。各地に支所となるべき教会があるわけだから、ネットワーク化しやすかったのだろう。教会の飛脚は信頼を得るために市民の信書も運んだという。


 その後、郵便は民間の飛脚に変わっていく。これには初代のユニオンの活躍もあったそうだ。そして徐々に国際的な飛脚に発展していったという。


 アールダムでは今は郵便は国営化されていると聞いたが、このノイマールグントは絶対王政は名ばかりなので国営化には至っておらず、いくつかの商会が郵便事業を行っているそうだ。


 閑話休題。


 夕方になるとエルマーがヴェッセル商会を訪ねてきた。王都から一緒に帰って来たというエルマーの一番上の兄、クルトも一緒だ。


 クルトは手土産にジャムを持ってきてくれた。クルトが働いている王都の菓子店で人気の商品らしい。いちごとブルーベリーの2種類の味が2本ずつあったので、各1本を事務所に持って行くことにした。


 そしてエルマーは小さな鉛の粒をたくさん持ってきていた。なんでもノイマールグントの大晦日の習慣に鉛占いというのがあるそうだ。


 鉛占いは私がドイツにいた頃も大晦日にしているのを見たことがある。小さな鉛の粒をスプーンに乗せて蝋燭の火で炙る。鉛が溶けて液体になったら、予め準備しておいた水に鉛を落とす。鉛が固まったら水から取り出し、何の形なのかをその場にいる者たちで議論し、その形によって占いの結果がわかるというものだ。


 私設塾のレイモンも年越しはヴェッセル商会でするということで合流し、みんなで食事をした後、クルトとエルマー、そして、ラウロとエドワードも一緒に占いをする。


 パパさんは議論の結果「牛」ということになった。「牛」の場合は病が治るという占い結果だ。パパさんは病でも持っているのだろうか?


「へえ、引きこもり解消じゃねえのか? 良かったじゃねえか」

「レイモン君、最近の僕は結構アクティブだと思うんだよ。避難訓練で城にも行ったし」

「避難訓練だぁ? なんだそりゃ」


 レイモンが首を傾げ、エルマーも聞きたいと言うので私が説明すると、2人とも興味を持ったようだった。レイモンには次は絶対に呼べと念を押された。


 次にエルマーが鉛を溶かして水に入れる。随分とひょろ長い形になった。剣か杖かで議論が交わされ、結果、杖だろうということになった。


 次に占いをしたのはクルトだ。クルトの鉛は鳥みたいな形だった。


「杖」は勉強するとよいことがある、「鳥」は結婚が近いという占い結果だった。エルマーはちょっと不満そうだったが、クルトの占い結果には珍しく動揺していた。


「クルト兄、水くせェぜ。いい人がいなさるなら言ってくれりゃァいいのに」

「そう言われても心当たりがないよ」


 クルトはジャンともヴィムとも違って、おっとりした感じの青年だ。目が細くて普段から笑っているように見える。


 マリアの時は白熱した議論が交わされた。主に私のせいだ。


「こいつァ、おいらにゃ船にしか見えねェぜ」

「でも、ほら! 向きを変えると家みたいじゃない!」

「どっちでもいいから早く決めろ!」


 レイモンの一喝でマリアが決めることになり、私が負けた。私がごねたのには理由がある。だって「船」の占い結果は旅立ちなのだ。マリアが旅立つなんて寂しいよ……


「アマネさん、旅行に、行きたい」

「そっか! 旅行か! いいね!」

「娘たちと旅行……いいなあ。パパも連れて行ってくれるかい?」


 こんな小芝居が繰り広げられたわけだが、レイモンはパパさんの面倒を見なくてよくなるから大歓迎と言い、ラウロはものすごく嫌な顔をしていた。


 そんなラウロとエドワードはなかなかよい結果だった。ラウロは「剣」でエドワードは「鞘に入った豆」だ。ラウロの「剣」は「杖」にも見えたが、本人が「剣」だと主張した。まあエルマーと同じじゃつまらないしね。


「剣」は争いに勝つ、「鞘に入った豆」は主に幸運をもたらす、という結果だった。


「主ってアマネの旦那のことじゃねェのかい?」

「そうかなあ。でもエドの占い結果なのに私がラッキーって、なんか変じゃない? エド、もう一回やって良いですよ?」

「いや、これでいい」


 エドもラウロと同じであまり表情が変わらないし口数も多くはないが、占い結果には満足気だった。


「ラウロは誰に勝つんでしょう? 争いって穏やかじゃないですね」

「アンタの周りが穏やかじゃないってことじゃないのか?」

「そんな縁起でもないこと言わないでください」


 せっかくエドワードの占い結果が良かったというのに、本当に勘弁して頂きたい。ドロフェイはまあ仕方がないとしても、ゲロルトは一生ヤンクールにいてほしい。


「レイモンさんは?」

「俺のは花だろ、これ」

「花の占い結果は……苦労もあるが成果が実る……おおっ、なんかいい結果ですよ」

「ま、俺の普段の行いがいいからだな」


 そして私はと言えば、とても微妙な結果となった。


「これ、リンゴだよな」

「リンゴの結果ってェと、裏切られるが誤解が解ける……良いのか悪いのかはっきりしねェなァ」

「こういうのは、良いことだけ信じればいいんだよ!」


 でも誤解が解けるって、私が誤解されるってことだろうか? だとしたらあまり良いことにはならないな……


「アマネさん、これ、双葉だよ」

「うーん、そうも見えなくないかな?」

「双葉の占い結果ってェと……新しいことを始めると成功する。いいじゃねェか」

「そっちにしとけ。お前の面倒ごとに巻き込まれるのは勘弁してほしいっての」


 マリアのおかげで私の占い結果は良いものになった。レイモンに嫌な顔をされてしまったが、巻き込んでいる自覚があるので文句は言えない。


 鉛占いが終わると、年越し前後に広場で花火が上がると言うので見に行くことにした。当然、寒いのでたくさん着込んでいる。


「城から見るってェのも粋なんじゃァねェかい?」

「そうだろうけど……」


 高いところが苦手な私としては遠慮したい。北館のみんなは城から見ると言っていたので、もう少しすれば本館に移動するかもしれない。


「クリストフが女を連れ込んでねえか見に行こうぜ」

「レイモンさん、さすがにそれはないと思うんですけど……」

「いいや、あいつのことだから、休みの間に宿屋街の娼婦を連れ込んでる可能性がある」


 私としては玄人さんに手を出す分には別にいいのだが、それよりも冬の間はアロイスと2人部屋だから、さすがに連れ込んだりはしないと思う。


「俺は城に入ったことがないから、行ってみたいな」


 クルトがそう言ったことで、城に行くことが決定した。まあ、上まで登らなくても南1号館からでも見えるし、私はそこで見ればいいかと考え直す。


「東門にパスタを差し入れようか」


 午前中にまゆりさんと律さんに教えてもらって手打ちパスタを作ったのだ。昼はフェットチーネにバジルソースを和えて食べたがおいしかった。残った生地はファルファッレにしたので、それを持って行くことにする。


「ダヴィデとテオも、きっと食べたい」

「そうだね。北館にも差し入れしようね」


 すぐに食べるとは限らないからパスタとソースを別にして大判の布で包む。2カ所への差し入れだから、結構な量になってしまった。


「貸せ。俺が持つ」

「でもラウロは護衛だから、手を空けておいた方が良いでしょう?」

「俺とエルマーが持つよ」


 クルトがそう言ってくれて、エルマーと2人で1つずつ持ってくれた。ラウロは不満そうだったけど、護衛が手を空けておいた方が良いのは本当だから仕方がない。


 東門は宴会場と化していた。


「おう、お前らも一杯やってくか? 暖まるぜー」


 顔を赤くした兵士たちに誘われたが花火が始まりそうだったので断って先を急ぐ。


「たぶんみんな4階のベランダから見てると思うよ。私は事務所から見るから、エルマーたちは城から見るといいよ」

「なんでェ。アマネの旦那は行かねェのかい?」

「高いところが苦手なんだよ。マリアも行っておいで」


 城に着くと4階あたりで灯りが動いているのが見えた。ちょうど上に移動したのだろう。


「エドも行ってきてください。マリアに付いていてほしいんです」


 そう促すと、エドワードは頷いてマリアたちに着いて行った。隣のラウロの気が少し緩むのが伝わってきた。


「ラウロはエドが苦手なんですか?」

「そういうわけではないが……腕が立つから緊張はする」


 ふうん。まあエドは少し近寄りがたい雰囲気があるというか、目の前にいると無意識に畏怖してしまう感じがあるのでわからなくはない。


「あれ? ヴァイオリン……アロイスの音……? まだ練習してるのかな」

「おい、先に行くな」


 ラウロが手を引いて私の前を歩く。この曲、パガニーニだ。


 レッスン室の扉の前でラウロを止めて聞き入る。左手ピツィカートを完ぺきにマスターしている。それに、この音……。


 ざわり、と鳥肌が立つ。


 ザシャに改良してもらったヴァイオリンをアロイスが初めて演奏した時の感覚だ。


 すごい、深い音色……


 いつもの柔らかい音とは違って、別人が演奏しているのではないかと思うような音だ。それに、なんだか迷路で迷っているような、なんだろう、ぐるぐるする……。


 思わず胸に手を当てるとユリウスからもらったロケットがカツンと指先に当たって我に返った。


「おい、大丈夫か?」

「……大丈夫です」

「終わったようだが、入るか?」


 一瞬どうしようかなと迷ったが頷いて扉を叩く。どうぞ、というアロイスの声が聞こえた。


「アマネさんも花火を見にいらしたんですか?」

「も、ということは、もしかして、まゆりさん達も来てます?」

「ええ。皆で本館に上がっていきましたよ」


 みんな考えることは同じらしい。私は少し安堵した。前みたいに話せなくなったらどうしようかと思ったのだが、今回は大丈夫なようだ。


「アロイスは行かないのですか?」

「寒いですからね。でも貴女がいらっしゃるならご一緒しますが?」

「いえ、私は高いところが苦手なのです」


 そう言うとアロイスは少し驚いていた。


「貴女にも苦手なものがあるのですね」

「たくさんありますよ。絵を描くのも詩を書くのも苦手ですし、食べるのもあまり得意ではありませんね」

「ふ……ゲロルトの所で抱き上げた時は軽くて驚きましたよ。座りませんか?」


 当時のことを思い出したのか、アロイスが少し笑みを見せた。なんだかこうして笑っているところを見るのは久しぶりな気がする。


 暖炉の前のソファに移動して向かい合って話をする。


「エドはどうですか?」

「まだ2日目ですからわかりませんけど、特に問題はないと思います。ただラウロもそうですけど、もう少し気さくだと私も気が抜けるのですが」

「気は抜くな」


 ラウロを見て茶化すように言えば、怒ったように言われてしまった。


「はは……ですがラウロはよい護衛だと思いますよ」

「ええ。それは認めます。見つけた自分を褒めたいですね。エドもラウロの知り合いと聞いて期待しているのです」

「彼は腕が立ちそうですね。細身ですが眼光が鋭いし、俊敏そうです」


 アロイスが言う通りエドは少し細身だ。普通にしていれば王子様だが、護衛をしている時の目を見ればただ者ではないというのが伝わってくる。それほど鋭くて迫力がある目なのだ。


「あ、始まりましたね」


 パン、パンと軽い音と歓声が遠くから聞こえてきた。


「2階から見ませんか? そのぐらいの高さなら平気ですよね?」

「そうですね。書斎も2階ですし」


 そう思って2階に移動したのだが……。


「ラウロっ、やっぱり無理! あああ、行かないで!」

「フ……アンタ、自分の書斎は平気だろうに」

「だって、こっち側って下が崖なんですよ?」


 レッスン室もそうだが南1号館の南側の部屋の外は崖で、その下にはエルヴェ湖が広がっているのだ。


 2階も格子状の窓が付いている。外が見え辛かったのであまり意識していなかったのだが、花火をもっとよく見たいと窓を開けた途端、腰に震えが走り膝から力が抜け落ちたのだった。


「すみません。それほどまでに苦手だとは知らず……嫌でなければ私の手に捕まってください」

「アロイス……ありがとうございますっ!」


 離れたところでニヤニヤ笑っているラウロを余所に、私は差し出された腕にしがみついたのだった。


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