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護衛の王子様

 傍らの男性の手を取る女性。

 楽しげに、誇らしげに、妖艶に、指を絡めて。

 女性の唇が弧を描く…………


「おいっ! アマネ!」


 ラウロの大きな声に顔を上げる。ラウロは険しい表情で入り口に立っていたが、私と目が合うと大股で歩み寄ってきた。


 私はタブレットの画面をオフにする。


「何かあったのか?」

「いえ、帰りましょうか。大掃除で疲れましたし」


 今日は今年最後の事務所の営業日だ。今年も残すところあと3日。年始は3日間休むことにしてある。と言っても、私は協奏曲の練習に来るのだが。


 ラウロと2人で坂道を下る。雪が少し積もっていて滑らないように慎重に歩く。本格的に積もったら、そりで滑り降りてもいいかもしれないと思ったが、途中で少しカーブしているので木に激突するだろうとラウロに言われた。


「年末年始はラースに代わってもらいますか?」

「問題ないと言ったはずだが?」


 年末年始の練習にもラウロはずっと付き合ってもらうことになる。申し訳なかったので進言してみたのだが、じろりと睨まれてしまった。


 東門を抜けて広場まで来ると、街の人々が忙しなく行き交っていた。年末なのでみんな忙しいのだろう。


「さっき、様子がおかしかったが」

「なんでもありませんよ」


 ヴェッセル商会がある上流階級向けの商店街に進んでいると、ラウロが急に立ち止まった。見上げると何かに驚いている様子だ。視線を辿るとヴェッセル商会の入り口に1頭の白い馬が繋がれている。


「お客様でしょうか?」

「なぜ、ここに……」

「ラウロのお知り合いの馬ですか?」


 ラウロの様子がどうにもおかしくて聞いてみるが、ラウロは無言のまま私の腕を引いて店に入った。


「おかえりなさいませ。アマネさん、お手紙ですよ」

「ただいま帰りました。ふふ、ユリウスからですね。結構マメですよね」


 デニスに呼び止められて手紙を受け取る。前に届いた手紙は10日ほど前だった。すぐに返事を書いたけれど、届いているだろうか?


「そういえばデニスさん、お客様がいらしてるんですか?」

「ええ。大旦那様にですよ」


 それは珍しい。ヒキニートのパパさんを訪ねてくる人は限られている。大体は街で宿屋や商会などを営んでいた者で、今は隠居中の身という人ばかりのはずだが、その中に馬を使うような人はいなかったと記憶している。


「マリア、ただいま! ……マリア? 何かあったの?」


 私設塾で大掃除に参加していたマリアだったが、どうにも様子がおかしい。ラウロもヘンだしマリアもヘン。一体なんなのだろう?


「……アマネさん……王子様が」

「はい? 王子様?」


 熱に浮かされたようにマリアが言う。王子様っていったい何? どういうこと?


 私が問いかけようとした時、王子様が現れた。


「アマネちゃん、おかえり。前に言っていた護衛の件、早速来てくれたんだよ」

「パパさん、護衛ってもうですか?」


 護衛の話をしたのは3日前だ。アールダムからどのくらいかかるのか知らないが、3日のうちに見つけて連れて来るのはさすがに無理だろう。


「タイミングが良かったみたいだねぇ」


 パパさんによると、実家の商会にアールダムの商人が滞在していたらしい。その商人の護衛だったのが件の王子様だ。その商人は非常に横柄な人物だったらしく、護衛に対しても罵詈雑言の数々を浴びせる始末。見かねたパパさんの兄上が引き抜こうと思っていたそうだ。


 だがパパさんの実家にはすでに護衛が何人かいて足りていたらしい。そこにタイミングよくパパさんから連絡が来たということのようだ。


「エドワードだ。エドでいい。よろしく頼む」


 そう言って頭を下げたその人物は、白皙の美青年だった。傷むことなど許さないと言わんばかりに艶々の金髪、エメラルドみたいな目は本物の宝石かなと思うほどに美しい。まさしく絵本の中から出てきたような王子様だ。


「はあ。ミヤハラです……」


 なんというか、この人に守られていいの? という感じだ。別に頼りないとかそういう意味ではなく、なんだろう……そう、恐れ多い感じだ。


 気になるところがあるとすれば、目付きだろうか。王子様らしからぬ覇気を感じさせる鋭い目付き。もしかすると相当腕が立つのではないだろうか?


 その王子様はラウロを見て顔を綻ばせた。うわ、キラキラしてる……


「ラウロ、久しいな」

「なぜここに?」


 おやー? お知り合い? まあラウロは表に繋がれた馬を見て驚いていたから、予想できたことではあるが、エドワードはアールダムの出身でラウロは確かルブロイスで働いていたはずだ。どこに接点があったのだろう?


「ラウロの話をしていたところだったんだよ。ルブロイスで働いていたって。そうしたらエドワード君が知り合いかもしれないって。やっぱり知り合いだったみたいだね」

「ああ。前の主人がラウロが前にいた商会とも取引をしていたから顔見知りだ」

「へえ、すごい偶然ですね。ね、ラウロ」

「……ああ」


 あまり喜ばしくなさそうな様子のラウロが気にかかる。偶然に驚いているのだろうか?


「年末の忙しい時期にすまない」

「いいえ。従業員の詰め所を使いますよね? ラウロ、案内してあげてください。私は部屋に戻りますから。これからのことは夜に話しましょう」


 そう言って私は自室へと足を向ける。早くユリウスからの手紙を読みたいし、フルーテガルトの子どもたちが音楽を学べるように計画も立てたいのだ。


 テーブルの上に巾着リュックから取り出したタブレットとネタ帳を置く。少し考えてから、私はユリウスからの手紙を開封した。


 スラウゼンはすでに積雪が1メートルほどあるらしい。山道を登るのが大変だと手紙には書いてある。毎日伐採場所まで歩いて道を作っておくようだ。


「へえ、マルコ、すごいなあ」


 9月にスラウゼン入りしたマルコは、すでにルテナ鉄の加工方法をマスターし、今は寝てばかりの毎日だそうだ。そして、マルコは春になったらアールダムに渡るのだという。


 一方、ザシャはピアノの製造方法を職人たちに教えているらしい。フルーテガルトでも教えているはずだが、どうやらこちらに来ているのは腕の良い者たちで、下っ端ばかりまかされたザシャは毎日怒鳴りながら自分の技の全てを教え込むつもりで奮闘しているようだ。


「ふふっ、ザシャらしいな」


 ユリウスは見本として運び込んであったピアノでクロイツェルの練習を始めているようだ。何度かさらったと書いてあるので、春までには弾きこなせるようになるだろう。


 ユニオンのことも書いてあった。支部の周りをうろついていた者たちはやはりユニオンの者だったようだ。ただし穏健派と過激派の両方がいたらしい。


 穏健派はどうやらヴェッセル商会と接触してギルド復帰をしたいと考えている者たちであるらしく、ユリウスはギルド側に対応を頼んだようだ。


 過激派に関しては何か罪を犯しているわけではないため、こちらからは手を出しにくいそうだ。ギルベルト様を通じてアーレルスマイアー侯爵家の護衛たちに時々様子を見に行ってもらうように頼んだと書かれていた。


 それからバウムガルト伯爵のことも書かれていた。バウムガルト伯爵は衰弱が酷いらしく、アンネリーゼ嬢も落ち込む一方であるようだ。リーンハルト様もスラウゼンに滞在してアンネリーゼ嬢を励ましているそうだ。


「冬の寒さは心を落ち込ませやすいから気を付けるようにって、ユリウスは心配性だなあ」


 何度も何度もその手紙を読み返す。


「会いたいな」


 思わず本音が零れると、胸元で揺れるロケットが熱くなったような気がした。






 ◆






 翌日はエルマーが王都から帰って来た。


 久しぶりに会えるのだから、マリアも喜ぶだろうと思ったのだが、照れくさいのか伺うようにエルマーを見るばかりで、側に寄ろうとはしなかった。


 そんな2人を誘って私は城へ向かうことにした。外は雪が積もっていて曇り空だったが、降ってはいないし風も穏やかだ。エドワードも案内しなければならなかったので、ラウロも一緒に5人で城へ向かった。


「マリアに嫌われちまったみてェだな」

「たぶん久しぶりだから、照れてるだけだよ」

「そういうモンかねェ」


 エルマーを宥めながら並んで歩く。マリアはラウロやエドと並んで歩いている。


「アカデミーはどう? 勉強は大変?」

「そりゃァな。けどフルーテガルト出身の先達がいて、随分と面倒見てもらってるんでェ」

「へえ。元々知り合いだったの?」

「おうよ。レオンと同い年でなァ、アレクシスってんだ」


 あれ? どこかで聞いたことがあるような……? ああ、レオンが知り合いだと言っていた人だ。


「コーヒーショップにいた人かも」

「ヴェッセル商会の近くにある店だろう? おいらも時々連れて行ってもらってンだ。本は高ェからあそこで回し読みするんでェ」


 レオンもそんなこと言ってたなと思い返す。あの時はレオンがマリアには苦くて飲めない、と脅していた。


「エルマーはコーヒー好きなんだ?」

「ああ、あの苦みが堪らねェなァ。そういやァ、最近流行ってる本があるんだが、アマネの旦那も読んでみるかい?」

「本? 高いんじゃないの?」

「おいらが写本したから問題ねェよ」


 本というからには結構な文字数があると思うが、写本してまで読みたい本なのかと興味を引かれる。


「ちょっと読んでみたいかも」

「なら後で持って行ってやらァ」


 エルマーが請け負ったところで東門に着いた。


「おや、今日は休みじゃねえのか?」


 東門で門兵に声を掛けられたので、見回りなどで顔を合わせることおがあるだろうとエドワードを紹介しておく。


「随分と色男だな。エルヴィン王子より王子っぽいじゃねえか」


 門番はエドワードをしげしげと眺めて言う。


「エルヴィン様ってもう王様なんじゃないんですか?」

「細けえことは気にすんな!」


 門兵は豪快に笑ってエドワードの肩をバンバン叩いた。当のエドワードは困惑気味だが、フルーテガルトの人たちは結構気さくなのだ。


「ラウロが先輩になんのかー」

「エドの方が年上なんですよ。それに元から知り合いだったらしくて、ラウロが先輩って感じにはならないみたいです」

「へえ、そりゃあ残念だったなあ、ラウロ」

「アンタたち楽しんでないか?」


 ラウロが剥れている。珍しいと言えば珍しいが、門兵たちの前ではラウロは割と素直な感情を見せているような気がする。


 そんなラウロをエドワードが興味深そうに見ているのが印象的だった。


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