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アルプの冬眠

 カルステンさんに手紙を書いたところ、ベルノルトの改造を引き受けてもらえることになった。近々、フルーテガルトにいらっしゃるということで、私は大いに張り切っているところだ。


 お仕事は大丈夫なのかなと心配したが、カルステンさんはどうやらユリウスにも話があるらしく、休暇を取って来られるのだという。


 ベルノルトは他国の知己に五線譜を広めてくれると言ったが、容姿を変えても大丈夫なのか確認したところ、他国の知己はベルノルトの音楽のファンであるらしく、どうやら手紙でのやりとりだけで面識はないらしい。


 ジゼルに関しては驚いたことに歌がとてもうまかった。考えてみれば旅芸人だったのだから、当然なのかもしれないが、突然のライバル出現にマリアが燃えていた。


 ジゼルの歌声は艶があって音域はメゾソプラノなので、鍛えればビゼーのオペラ『カルメン』の主役を張れるのではないかと思う。


 ジゼルは私の下で働くことも吝かではないということで、めでたくアマリア音楽事務所の一員となった。


 そんなこんなで第二回全体ミーティングが行われ、役割分担が決まった。


 まゆりさんは経理や事務全般の他に、『道の駅』の責任者をやってもらうことになった。


 まゆりさんの仕事は膨大で、会員管理やレッスンのスケジュール調整でパソコンが欲しいと頭を抱えているほどだったので、『道の駅』まで手が回らないのではと心配したのだが、本人がぜひにと希望したのでお願いすることになったのだ。


 ちなみにレッスンを受ける生徒たちには会員カードを配布し、そのカードに記載された番号で名簿を管理することにしたそうだ。


 ジゼルは演奏会ではダンサーとして出演してもらうが、それ以外ではまゆりさんの手伝いと救貧院の講師を担当することになった。


 ダヴィデも救貧院の講師を担当する。さらに国内の遠方からも家庭教師の依頼が来ているため、そういった場所を時々回ってもらうことになったが、まずはピアノを覚えてもらわなければならない。クリストフが冬の間にジゼルも含めて鍛えるということになった。


 ベルノルトに関しては正式な従業員というわけではなく、期間限定の歩合制で雇い入れることになった。実はヴェッセル商会からピアノや他の楽器の注文を受けてもらえればありがたいという話があったのだ。そこでベルノルトが行った先で楽典や楽譜の注文を取り、販売の手数料として何割か支払う歩合制ということに決まった。


 期間限定なのはアマリア音楽事務所やヴェッセル商会の名前を使って適当なことができないようにするためだ。特に金銭関係は信用できないし、事務所の名前で誰かに無心でもされては困る。危機管理は重要だ。


 交通費などの必要経費の他に日当も付き、それに歩合制の報酬もつくのだから、売上次第では他の者よりも稼ぐこともできる。要は本人の頑張り次第なのだ。


 そして、ピアノ用練習曲の作曲もベルノルトが請け負ってくれた。これは執筆料を払わなければならないが、出版後の報酬は折版でにした。なぜなら出版には王宮を追放されたベルノルトの名前ではなく、アマリア音楽事務所の名前を使うからだ。


 テオはカスパルの下で劇作家見習いをするものの、カスパルも自分の作品を書く時間が必要だということで、事務所の見習いとして手が足りないところを都度手伝ってもらうことになった。


 ラウロは私が王都に行く時などは護衛をしてもらうが、それ以外は城の見回りをしてくれることになった。街には門兵などの兵士がいるが、街の外にあるエルヴェシュタイン城は回ってくれないのだ。


 マリアに関してはアマリア音楽事務所の専属歌手ではあるが、本人と話し合った結果、私設塾に通うことになった。アカデミーに進む女性はほとんどいないが、同じ年頃の街の子どもたちと仲良くなってほしいという私の希望でもある。


 アロイスとクリストフに関しては、当初の予定通りレッスンの講師、冬の間は渡り人の世界の音楽研究が主な業務だ。ダヴィデもそうだが三人とも演奏家でもあるので自分の練習もしなければならないが、その辺りは自分たちで時間のやりくりをしてもらうように言ってある。


 役割分担の他に、冬支度についても話し合った。


 まゆりさんが言うには安価な薪ストーブがあるらしいので、それを北館に購入することにしたのだが、安価とはいえ人数分となると高額だ。燃料費も嵩むので冬の間だけでも2人1部屋にしてもらうことにした。


 もう一つミーティングで決まったのは、アマリア音楽事務所のロゴマークだ。


 私は全く考えていなかったのだが、ビラ作りで美術部時代を思い出したまゆりさんが張り切ってくれた。


 グランドピアノとヴァイオリンをくっつけたような形に桜の花がついたマーク。そして、ピアノの鍵盤の上には「Amaria」の文字と「アマリア音楽事務所」の日本語がロゴタイプとして入れられている。


 このロゴはレッスンで使用する教本などにスタンプすることになった。スタンプと言っても木版画みたいな感じだ。まゆりさんはそうすることも考えて作ってくれたらしく、白黒展開可能なデザインになっている。


 スタンプは意外なことにラウロが作ってくれた。ラウロは手先が器用であるらしい。ただし日本語は細かすぎるということで却下されてしまった。


 ちなみにロゴマークは生徒に配布する会員カードの裏面にも印刷した。まゆりさんはラミネート出来たらいいのに、とつぶやいていた。


 それから、事務所が手狭になったため、南1号館の2階の部屋も使うことになった。事務所のちょうど上にあたる部分が私の書斎、厨房の上にあたる部分が写譜や研究を行う作業部屋になった。ちなみに2階の2つの部屋は内部扉で繋がっている。


 色んな事が決まり、私はとても張り切っていた。この世界にたくさんの音楽を伝えるのだ!


「いよいよ来週からレッスンが始まりますね!」

「予約がたくさん入って良かったわ」

「アロイスやクリストフのおかげです。慈善演奏会の後に来ていた家庭教師の依頼主に手紙を送ってくれましたから」


 今期は冬が来るまでの1か月間だけの開校ということもあるだろう。すでに予約が埋まり、フルーテガルトの宿屋も久しぶりの上客に喜んでいると聞いた。


 ちなみに私のところへ来た家庭教師の依頼主にも手紙は出してある。ただ実際にレッスンをするのはアロイスとクリストフなので、それを明記したところ、渡り人との繋がりが目的だったらしい依頼をふるい落とす結果となった。


「クリストフは女性の生徒さんに手を出しては駄目ですよ? フルーテガルト全体の信用問題に繋がりますからね」

「ひどいな。ベルノルト殿に比べたら僕なんてかわいいものじゃないか」

「アマネさん、私も目を光らせておりますから、ご安心ください」


 アロイスの言葉を信用しないわけではないが、クリストフには前科があるので心配だ。ベルノルトが街中の女性陣に迷惑をかけたということもあり、いくら念押ししても足りないぐらいなのだ。


「マイスター、どうか信用してくれないかい? こんなに可愛らしい女性たちに囲まれて仕事をするというのに、おかしな真似をするはずないじゃないか」


 クリストフのこういうところが信用ならないというのに、わかってないなと女性陣はため息しか出ない。


「レッスンには俺も同席しますよ。遠隔地で教える時の参考になりますから」

「ダヴィデが一緒なら少しは安心できるわ」

「うーん、最悪の事態は避けられそうですけど、ダヴィデも気軽に声を掛けちゃだめですよ?」


 ダヴィデの場合は声を掛けるだけなのでまだマシではあるが、釘は指しておく。


「アマネさん、ピアノ協奏曲の楽譜は完成しましたか?」

「ええ。昨日終わったところです」

「ではパート譜を手分けして作りますね。ヴァイオリン協奏曲の方はできておりますので」


 道化師が来る前に作業していたピアノ協奏曲は、昨日ようやく総譜が完成した。劇場には各パートごとに1部ずつ送り、必要な部数を自分たちで写譜してもらうように手配してある。


「写譜ば覚えたいけん、僕も手伝いたか」

「ええ、テオもお願いしますね」

「みんなで手分けすればあっという間に終わりますね」

「あっちゅう間に終わったら覚えられんばい……」


 ダヴィデの言葉に活躍の場が減ったとしょんぼりするテオだが、実はテオは音楽的素養があまりなく、それをとても気にしているらしい。


「焦ることはないですよ。テオは戯曲も『道の駅』も頑張ってくれていますから、ちゃんと助かっていますよ。ね、まゆりさん」

「ええ、本当に。フルーテガルトの特産品も調べてくれたじゃない」


 フルーテガルトは楽器作りが盛んな街だが、楽器だけというわけではない。それを調べてくれたのがテオだった。


「ばってん『道の駅』は11月には間に合わんかった」

「元々、落ち着いてから始めるつもりでしたから、気にすることないですよ」

「そうね。でも協奏曲の演奏会には間に合わせるわよ。稼ぎ時だもの」


『道の駅』ではフルーテガルトの街で商売をしている人たちから出展を募るので、さすがに数週間では間に合わないのだ。ちなみに『道の駅』では販売を行わないので、出店ではなく出展となる。


「冬は出展先を集めるばい!」

「ヴィムにも声をかけてくださいね。ヴィムの家はお菓子を売ってますから」


 テオが張り切ったところでその日は解散となった。






 ◆






「アルフォードが冬眠すると寂しくなっちゃうね」

「僕も起きていたいんだけど、寝ないときっとクランプスに怒られちゃうんだよ」


 最近は寝ている時間が多いアルフォードだが、夜は少しだけ起きて私の話に付き合ってくれる。だが、それもあと少しなのだろう。だんだん起きている時間が短くなっていることに私は気が付いていた。


「アルプってみんな冬眠するの?」

「うん。でも時期はみんな違うんだよー」

「ふうん。アルフォードは冬なんだ?」

「そうだよー。大丈夫!パワーアップして帰ってくるからねー」


 パワーアップってなんぞ?と、ちらっと思ったけれど、そんなことをしなくてもいいからそばにいてほしくて仕方がない。


「この部屋で眠るんじゃダメなのかな?」

「眠る時はスヴァルミューラに行かないといけないんだ」

「それってどこにあるの? 私も行ける?」

「人間は行けないんだよ」


 悲しそうに言うアルフォードの背を撫でる。このぬくもりがしばらく感じられなくなってしまうなんて寂しい。


「春になったら戻ってくるよね?」

「うん。暖かくなったら戻ってくるよ」


 ユリウスも冬はスラウゼンで会えなくなってしまうのに、アルフォードまでいなくなるなんて、冬が来るのが憂鬱だ。


「おねえさん、道化師のことは大丈夫? 僕、心配だよ」

「道化師も冬眠してくれるといいんだけどね」

「退屈って言ってたんでしょ? きっと、あいつ、また来るよ」

「もう目の前に現れるなって約束させればよかったね」


 後からならいくらでも思いつくのに、あの時は突然で大したことができなかった。でもあの時の道化師はそんなに怖いと思わなかったなとも思う。


「おねえさん、お願いがあるんだ」


 そう言うとアルフォードはくるりと一回転してみせた。着地した時には小さな石のようなものを、器用に2つの前足で挟んでいた。


「これを預かってくれる?」

「預かるだけでいいの?」

「うん。ずっと持っててね。肌身離さずだよ?」


 1センチくらいのおはじきみたいに平べったい石だ。ちょうどアルフォードの毛並みみたいに銀色で、表面はつるんと滑らかだ。


「お風呂に入る時も?」

「そうだよ。いつでもどこでも絶対に持ってて。無くしちゃ駄目だよ?」

「わかった」


 アルフォードが珍しく真剣に言うのだから、と了承する。しかし、お風呂に入る時はどうしよう。首から下げられるロケットみたいなものがあるといいのだが……。あとでユリウスに聞いてみようと頭の隅にメモしておく。


「おねえさん、おにいさんと仲良くしてね」

「うん。どうしたの? 急に」

「僕、おねえさんが大好きだけど、おにいさんのことも嫌いじゃないんだ」


 ユリウスとアルフォードはケンカばっかりしてたけど、そんなのとっくに知ってる。だってアルフォードはユリウスに自分を呼ぶ方法を教えてあげたのだから。


 アルフォードの姿が空にとけるように消えたのは、その数日後だった。


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