全体会議
「男6人で暮らすなんて、ありえないよ!」
ダン! とクリストフの拳がテーブルに打ち付けられる。
アロイスとクリストフが王都を引き上げて戻ってきた翌日、アマリア音楽事務所の第1回全体会議が行われていた。
場所は南1号館の居間、参加者はアマリア音楽事務所に所属するメンバー全員。私、まゆりさん、マリア、アロイス、クリストフ、テオの6人だ。
カスパルはユリウスがヴィムに連れてくるように命じていたようで、アロイスたちと共にフルーテガルト入りを果たしたが、彼に関しては音楽事務所で雇うのではなく、ユリウスが個人的に援助するそうなので今日の会議には参加していない。
会議の一番目の議題は、冬の事務所をどうするかということだった。エルヴェシュタイン城までは、東門から坂道を上って10分ほどだ。ヴェッセル商会からだと徒歩で30分かかる。雪が積もれば馬車は無理だし城はなんだか寒々しいのだ。
私は街の中に家を借りてそこを事務所にして、男性陣とレイモンにも住んでもらおうと考えていたのだが、待ったをかけたのがクリストフだった。
「マイスター、ダヴィデも来るんだよ? 一軒家に事務所も置くんだろう? 男6人となれば相当広くないといけないよ」
クリストフは王都から引き上げる際に、ダヴィデに会ったそうだ。今は王都で職探しをしているらしく、彼にも手伝ってもらったらどうだろうという話になり、手紙を書いたところ色よい返事が来たのだ。
ただダヴィデを除いた男性陣4人は、今のところユリウスの私設塾にレイモンと共に寄宿している。男性陣の住居問題は早めに解決しなければならない。
レイモンが文句を言ってきたわけではないが、私設塾には寝泊まりできる部屋は3つしかないのだ。今は夜中も構わず書き物をするカスパルが1人で1室を使い、他は2人で1部屋を使っているらしい。
組み合わせはレイモンとクリストフ、アロイスとテオであるらしい。これはアロイスがクリストフの人格矯正プログラムを、私がフルーテガルトの女性たちがクリストフの餌食にならないようレイモンに頼み込んだ結果だ。
「困りましたね。1人で部屋を借りてもらっても良いのですが、クリストフは心配です」
「マイスター、僕を信用してくれないのかい?」
「お前は今までの行いを振り返るべきだと思うが?」
アロイスの追い打ちを受け、クリストフが頭を抱える。
「北館を使ったらよか!」
「北館は騎士が寝泊まりするために作られましたから、寄宿舎としての役割も十分果たせますが……」
北館は同じような部屋がずらっと並んでおり、共同のシャワールームや厨房もある。寝台や簡易テーブルというような備え付きの家具もある。
「…………僕はそれでいいよ。いや、良い考えじゃないか。ぜひそうしよう!」
クリストフが少し考えた後に賛成する。どうしてもレイモンと暮らすのが嫌らしい。城で暮らすとなればさすがにレイモンも一緒にとは言えない。私設塾まで遠いからだ。
「私たちの通勤は大変ですけれど……」
「費用的にもその方が助かるわ。アマネちゃん、頑張って歩きましょう」
「雪が降ったら男たちで除雪しますよ。5人もいるのですから、問題ありません」
そういうことならば、問題はクリストフを野放しにしてしまうという点だけだ。城に住むなら家賃はただなのだ。
「鍵は私が預かりましょう。クリストフが帰ってこなければ締め出しますし、部屋も隣にしますから女性を連れ込んだとしても締め出しますよ」
アロイスが請け負ってくれたことで、ようやく私も納得した。
「では次の議題に移ります。即位式で使う楽曲の準備と指揮について王宮から依頼がありました」
私はユリウスからもらった資料を見ながらアロイスとクリストフに問いかける。
「使用する曲が多いのですが、他にも作曲家と指揮者がいるのですよね?」
「そうですね。何名かいると思いますよ」
「ヴィーラント陛下の時は、7、8名だったかな」
アロイスとクリストフは、ヴィーラント陛下の即位式では宮廷楽師として参加していたようだ。様子が全くわからなかったので非常に助かる。
「入退場時の音楽という依頼なのですが、どういったものがよいのかわからなくて……」
「渡り人の世界の音楽を使用するのは難しいですか? この国の曲ではないものを期待されている方も多いでしょう」
元の世界の音楽を使う場合でも、作曲と同等の報酬にはなる。
「宗教関係は難しいですね。合唱が多いでしょう? 人名が入ったりしていますから」
アロイスに聞かれ、以前テレビで見た戴冠式の様子を思い出してみる。入退場時の音楽と言っても運動会の開会式などで使用される行進曲とは違って、曲に合わせて手足を動かすタイプのものではない。
タブレットに入っている楽曲のプレイリストを思い浮かべる。バッハの『管弦楽組曲』はどうだろうか? バッハの時代ならば楽器に不安がないし、入場を序曲かガヴォットにして、退場をエールにするとか……。
「検討してみます。それと指揮者が2人必要なので、クリストフにお願いしたいのですが」
「ああ、大聖堂の外と中だね。外なら構わないよ。中は貴族がいるだろうから遠慮したいけれど」
住処と違ってすんなり了承がもらえてホッとする。協奏曲の指揮を頼んだ時は断られたので心配していたのだ。
「今月中に一度王都に行くので、すみませんが助言をいただいてもよいですか?」
「問題ありませんよ」
「すみません……じゃなくて、ありがとうございます。それから、ヴィーラント陛下の即位式で使った曲の楽譜を手に入れましたので、五線譜化をお願いします」
「承知しました」
ユリウスに謝罪ではなく礼を言えと言われたことを思い出し、慌てて訂正する。アロイスは少し目を細めて了承してくれた。
「次の議題ですが、通学型レッスンの開校について、テオががんばってくれた件ですね。テオから説明してもらっても?」
テオを見ると得意げにニコニコ笑っている。かわいいな、この子!
「まかせんしゃい! こん資料に書いてあるばい」
そう言ってテオは手書きの資料を皆に配る。テオは字がきれいで読みやすい。人数分作るのは大変だっただろうが、字を書くのが好きらしく、あまり苦にしていないようだった。
資料の1枚目は必要な備品リストと書かれている。
「ピアノは2台とも搬入済みばい。ばってん家具が無か」
「家具は倉庫に閉まってあるんじゃないかい?」
クリストフの言葉にアロイス以外の全員が驚く。
「倉庫、ですか……? 城のどこかにあるんでしょうか?」
「地下にあるはずですよ」
アロイスが言う。そういえばこの2人は宮廷楽師だった。宴の際にエルヴェシュタイン城を訪れたことがあったようだ。フルーテガルトの街を物珍し気に見ていたので、初めて来たのかと思っていたが、街の中をうろついたことが無かっただけのようだ。
「知りませんでした。じゃあ会議の後に見に行ってみましょう」
「資料が無駄になったばい……」
「そんなことありませんよ。これを見ながら倉庫から探せますから」
しょんぼりするテオを励ます。いや本当に。これがあると選別作業も楽になるはずだ。
「それじゃあ気ば取り直して、次は宣伝ばい!」
2枚目の資料には宣伝用のビラの下書きみたいなものが描かれていた。テオは字は綺麗だが、絵はあまり得意ではないらしい。
マリアが珍しくくすくすと笑っている。つられたようにまゆりさんも口を手で覆った。
「ふふふっ、私が描いてもいいわよ?」
絵の中には大きな文字で『誰か描いて!』という文字が書き込まれている。
「まゆりさん、絵が得意なんですか?」
「美術部だったのよ」
「私も、お手伝い、するです」
「そうね。たくさん描かなきゃいけないもの。私が下絵を描いて、マリアちゃんが色を塗ってくれたら助かるわ」
「それなら僕も加勢するばい!」
ビラについてはまゆりさんとマリア、テオの3人が担当することになった。
「私も手伝いますが、今回はお会いした相手に渡す程度にしますから、10枚もあれば十分です」
「わかったわ」
後から出来上がった分は、ヴェッセル商会の支部に置いてもらうように頼むことにする。足りなくなるようであれば印刷に回すことも検討する。
「じゃあ3枚目ばい!」
3枚目は役割分担とスケジュールと書かれていた。役割分担の宣伝のところが空いていたが、そこにビラを担当する3人の名前を書くようにテオが促す。
次にあるのが講師だ。
「僕がピアノ、アロイスがヴァイオリンでいいんじゃないかい?」
「それで問題ないが、俺もピアノをさらっておいた方がいいだろう。売れ行きは好調なのですよね?」
「そのようですね」
アロイスはクリストフには一人称が変わるようだ。意外に思ってちらりと見るけれど、本人は全く気が付いていないので無意識であるらしい。
レッスンはピアノがメインになるが、希望者があれば他の楽器も対応したいと考えている。ただ、アロイスが予想するように、おそらくはピアノを希望する生徒が多いだろう。
「レッスンについては私とクリストフが一度見て、優良な演奏者がいたらアマネさんに見てもらうということにしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「助かりますけれど、いいんでしょうか?」
正直な話をすれば、教えるよりも楽譜づくりに時間を割きたい。協奏曲の演奏会に即位式の入退場の音楽も加わるとかなり厳しい。
一応、郵便は冬も送れるようだが、遅延は覚悟した方がいいとユリウスに言われている。逆算して考えると12月までにはパート譜の写譜を終えて配布できるようにしておかないと厳しい。
「アマネさんは楽譜の方を進められた方がよいでしょう。写譜は私もクリストフも手伝います」
「テオにも写譜を覚えてもらってはどうだい? 選曲の後は僕も手が空くし」
「僕はよかですよ」
私の楽譜は二コルが称した通り読みにくいらしいので、写譜が任せられるととても助かる。
「レッスン室や予約の管理は私とマリアちゃんでやるわ」
「すみ……ありがとうございます。お願いしますね」
謝り癖ってなかなか治らないものだ。まゆりさんが隣でくすりと笑った。
「スケジュールは家具次第ですが、11月開校を目指したいですね」
「楽器も教本もあるのですから、最悪家具がなくても問題ないでしょう」
「12月になると難しいからね。僕もそれでいいと思う」
アロイスとクリストフが賛成してくれて、レッスンは11月開始を目指して動くことになった。
「では次の議題です。協奏曲の演奏会の件ですね。オーケストラの演奏者探しをしないといけません」
ホールの家具は倉庫を漁ればあるかもしれないので置いておく。楽譜や楽曲に関しても即位式と同じ流れになるので割愛するとして、オーケストラの演奏者探しは早めに動かなければならない。
「宮廷楽師は難しいでしょうね。即位式もありますし、場所も遠いですから」
「そうですね。王都に行った時に聞いてみますが、期待はできないでしょうね」
宮廷楽師は国の行事に使われるためにいる。協奏曲の演奏会は王族の依頼とはいえ国の行事ではない。その上、アロイスが言う通り会場が王都から半日と遠い。借りるのは難しいだろう。
「ダヴィデはともかく、他の演奏者たちを集めるとして、報酬はどうされるのですか?」
「週単位で短期契約にしようと考えています」
「ならば劇場の演奏者たちに声をかけてみてはどうです? 月初と月末はオペラの上演や練習で難しいでしょうが、それ以外は来てもらえると思いますよ」
アロイスは宮廷楽師を辞めた後、家庭教師の他に劇場とも契約するつもりがあったらしく、劇場の演奏者たちの動向についても詳しかった。
「それが可能ならば一気に解決しそうですね」
「ええ。問題は指揮者ですね。アマネさんのピアノ協奏曲の指揮者はどうされますか?」
「前にも言った通り、僕は遠慮するよ」
安心したのも束の間で、アロイスの言う通り肝心の指揮者はまだ決まっていない。クリストフは貴族の前で指揮をするのがやはり嫌なようで、釘を刺されてしまった。
「劇場の指揮者は難しいでしょうか?」
「断りはしないでしょうが、せっかくフルーテガルトで行うのですから、王都の指揮者では盛り上がりに欠けますね」
「……最悪、師ヴィルヘルムにお願いします。言い出しっぺなので協力してもらいましょう」
ユリウスはこれ以上引っ掻き回されたくないと言っていたし、その気持ちは私も十分わかるが背に腹は代えられない。誰も居なければ最終的にはお出ましいただくしかないと考えていた。
「それが良いでしょうね。ドロフェイが……道化師が来る可能性もありますから」
「道化師……来るんでしょうか……?」
「不安ならば手を握って差し上げますよ。ご希望とあらばユリウス殿のやり方を真似るのも大歓迎です」
アロイスが茶化すように言う。ヴィルヘルミーネ王女の慈善演奏会のことを言っているのだろう。クリストフがなにやらニヤニヤしているが無視しておく。
「結構です。議題は以上ですね。質問などありますか?」
「短期雇用の演奏者たちが寝泊まりするところも必要よね?」
「それも北館を使ったらよか」
確かにその方が手っ取り早いのだが。
「できればフルーテガルトの街に宿泊してほしかったのですが……」
「寝泊まりだけできるようにしておいて、飲食は街に降りてもらえばいいのでは?」
「街にお金を落としてもらうにはその方がいいわよね。でも遠くない?」
城から商店街まで徒歩で20分~30分ほどだ。
「ねえアマネちゃん、もう一つの計画も進めてみたらどう?」
「うーん……どうしましょうね」
「もう一つの計画ってなん? 何か楽しかこと?」
テオが興味津々というように目をキラキラさせて見ている。
初めから欲張りすぎるのもどうかなと思って、来期以降に回そうとしていた事業があるのだ。
「私は、知ってます」
マリアがそう言って紙にデカデカと文字を書いた。
『みちのえき』
異世界に道の駅、作っちゃおうみたいな?