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従業員勧誘

 葬儀まであと1週間となった昼下がり、第2回女子会が開催された。


 前回のメンバーに加え、今回はマリアとミアも一緒だ。ミアには律さんから自主規制な発言が出たらマリアの耳を塞ぐように厳命してある。


「アマネ様、先日の演奏会ではお話しすることができなくて申し訳ございません。本当に素敵な演奏でしたわ」

「ありがとうございます。王族の方々と一緒でしたから仕方がありませんよ」


 シルヴィア嬢に会うのは前回の女子会以来だから、なんと2か月ぶりだ。


「ねえ、エルヴィン王子ってどんな感じの方なのぉ?」

「少し気の弱いところがおありですが、お優しい方ですわ」

「エルヴィン王子は命ずるよりも、命ぜられる方が似合う印象ですね」


 律さんは早くもハンターの血が騒いでいるようだ。ミアは準備万端という感じで両手をマリアの頭の横にキープしている。そして二コル、それはさすがに不敬なのでは?


「15歳で王にならなきゃいけないなんて大変よね。15歳って中3でしょう?」

「こっちは女性の結婚も早いですし」

「精神的に大人っていうよりぃ、体が大人っていう考え方なんじゃなあい? 男の人は向こうと似たような年齢で結婚する人もいるよぉ?」


 言われてみればそうかもしれない。楽団でも結婚している男性は20代後半以降の者が多い。一部を除いて女性が外で働くような社会ではないので、稼ぎを考えれば男性の結婚年齢が女性より高いのも頷ける。


「焦りはしないけど考えちゃうわよね。アマネちゃんはどうなの?」

「いやあ、まだこっちに来て半年ですよ? まず生活することを考えないと」

「アマネちゃんもまゆりんも、考えすぎだよぉ。恋は心で感じないとぉ」


 はい? まゆりさんも?


「もう、りっちゃん、言わないでっていったのに」

「え? え? まゆりさんにも良い人が?」

「うふふー、フィン君だっけ?」


 え―――っ! フィンとまゆりさん?まあ似合わなくはないけれど、まゆりさんって職場恋愛しないタイプだと勝手に思っていた。


「勘違いしないで。私も困ってるのよ。同じ職場でしょう? やりづらいったらないわ」

「ああ、うん。わかります」

「でもぉ、職場じゃなかったらどこで知り合うのよぉ。王子様は待ってても来ないんだよ? こっちからガンガン行くくらいじゃないとぉ」


 職場というものに属したことがないから、ドラマとかのイメージしかないのだが、そういうものなんだろうか? だが、そういうことならば早く話した方がいいだろう。


「まゆりさん、私の仕事を手伝う気はありませんか?」


 私は例の話を持ち掛ける。幸いまゆりさんは興味を持ってくれたようだ。


「やってみたいわ。でも、どこでお仕事をしたらいいのかしら? ここ?」

「すみません、まだそこまで決めてないんです。決まってからお話ししたら良かったんですけど、フィンに取られちゃうって思って、焦っちゃいました」

「フルーテガルトじゃないのぉ? ヴィム君、もうすぐフルーテガルトに帰るかもって言ってたしぃ」

「そう……。新しい土地もいいわね」


 あ、そうなると律さんとヴィムは遠距離恋愛になっちゃうのか……。どっちにしても早く決めてあげないといけないな。


「王族の方々が無理をおっしゃいましたからね。あの展開には驚きましたけれど、悪いお話しではないと思いますわ」

「写譜が絡むお話ですか? ならば、私もぜひ聞きたいですね」


 いずれ協奏曲の楽譜ができたら、写譜を二コルに頼むつもりでいるので、今のうちに話しておく。


「じゃあ、まだこっちにいるの?」

「一度はフルーテガルトに戻るつもりなんですけど……」

「私は、エルマーと、離れるの、嫌!」


 そうなんだよね。レオンと離れ離れになったばかりだし、マリアだって寂しいもんね。


「うふふー、マリアちゃん、か・わ・い・い♪」

「律さん、マリアさんに手を出してはだめですよ!」


 ミアがひっしとマリアを守っている。律さんは悪い人ではないが、マリアの教育にはよろしくない発言が多いから仕方がない。


「しかしアカデミーが始まりましたから、あまりこちらには来られないのでは?」


 二コルの言うことはきっと正しい。ケヴィンやユリウスもそう言っていた。


「マリアさんは、フルーテガルトに行かれた方がよろしいと思いますわ。慈善演奏会で話題になりましたもの。しばらく貴族たちの好奇の目にさらされてしまいますわよ」

「え、そうなんですか?」

「ええ。素晴らしい歌声でしたもの。それにユリウスやあのヴァイオリンの方とも一緒にいることが多いでしょう? ご令嬢たちの嫉妬は怖いですわよ?」


 そういう問題があるのか。そういえばユリウスもご令嬢たちに人気があるんだった。アロイスはあの演奏が原因だよね、やっぱり。


「最近、お客様にもマリアさんのことをよく聞かれるのです。時には悪意を感じることもありますわ」


 ミアが心配そうに言う。そうだったんだ……知らなかった……。悪意ってやっぱり救貧院出身のことだったりするのだろうか。


「ああいう輩は黙れと言っても黙らないのですから受け流すしかありませんよ。出自は代えられないのですから」


 二コルは相変わらずはっきり言う。これでもマリアを可愛がってくれているようなのだが、私はちょっと心配になってマリアを見る。


「私は、負けない。歌を、がんばる、です」


 目が合うとマリアは力強く頷いた。


「わたくしどももなるべくマリアさんを庇っているのですが、練習の声がどうしても聞こえてしまいますでしょう? マリアさんを連れてこいとおっしゃるお客様もいるものですから……困ってしまいますわ」


 この世界の壁って薄いもんね。一応、タペストリーで壁を覆ったり、防音っぽいこともしているのだが、どうしても階下に聞こえてしまうのだ。


「やはりしばらくフルーテガルトに行かれた方がよろしいですわよ」

「マリアは、嫌―――っ」

「あ、マリア……」

「アマネ様、わたくしが参りますわ」


 部屋から飛び出してしまったマリアをミアが追ってくれた。うーん、レオンがいなくなって不安定なマリアを元気づけようと思って女子会をしたのだが、うまくいかなくて落ち込んでしまう。


「アマネちゃんもまゆりんもフルーテガルトかぁ。私も行こうかなぁ」

「え、律さんお店は?」

「うん……私も年貢の納め時かなあって」


 え、それってもしかして……


「うふふー、ヴィム君がね、一緒に来ないかって」

「…………」


 普通こんな話が女子会でなされれば、大いに沸くはずなのだが、私たちは無言だった。なんだこの空気。誰か何かコメントして! そしてこんな時頼れるのはやはり二コルだった。


「あの殿方に律さんを飼い馴らせるとは思いませんが」


 二コルの一言が全員の心境を代弁していた。私たちは無言で頷くばかりだ。


「大丈夫だよぉ。私が飼い慣らす方だもん」


 まあね。そうだよね。でもヴィムがそこまで真剣に考えていたとは驚きだ。


「皆さんがフルーテガルトに行かれると寂しくなりますわね」

「シルヴィア様、まだ決まったわけじゃないですよ」

「シルヴィア様もいずれヤンクールへ行ってしまうではありませんか。そういえば、今、ご婚約者様がいらしていると耳にしましたが?」


 そうなの? シルヴィア嬢のご婚約者様ってヤンクールの人だよね? 女子会やってる場合じゃないのでは?


「葬儀に参列されるためにいらしたんですの。今は王宮に滞在しておられますのよ」

「ええー、シルヴィアちゃん、そこは夜這いしないとぉ。寝衣の出番だよぉ」

「そ、そんな、はしたないことは……」


 頬を染めるシルヴィア嬢は相変わらず可愛らしい。恥ずかしがる女の子ってなんでこんなに可愛いんだろうね?


「シルヴィア様のご婚約者様はどんな方なんですか?」

「あの……、その……、包容力と言うんでしょうか……? 素直に頼りたくなるようなお方ですの」

「きゃあああ」


 律さんの時とは大違いの盛り上がりだ。女子会はこうでなくちゃ。


「わ、わたくしのことはよろしいのです。二コルはどうなんですの? お兄様はご迷惑をおかけしておりませんこと?」

「先日、バラの花をいただきましたが、ギルベルト様はそれでぶってほしいとおっしゃいまして」


 うわあ、ギルベルト様は相変わらずなのか。しかしマリアがいなくて不幸中の幸いだ。しかし続きを聞くのが恐ろしい気がするのだが、意外なことにまゆりさんが聞いた。


「…………二コル、ぶったの?」

「そんなご褒美を差し上げるはずがありません」


 ほっとする一同だが、それってご褒美なの?


「二コルちゃんってばお茶目さん。でもたまには飴もあげなきゃだめだよぉ?」


 いやあ、それもどうだろう? ギルベルト様の破廉恥っぷりが増すだけではないだろうか。


「ところでアマネさん、ピアノの注文はどのような感じですか?」

「すっごく順調。フルーテガルトの工房が大忙しって聞いてる」

「では次に曲集を出すのも早そうですね」


 とりあえず追加分は葬儀までには写譜に回せそうなのだが、さらに出せと言われそうで戦々恐々としているところだったりする。なにしろ協奏曲もあるのだ。


「アマネ様、慈善演奏会のヴァイオリンの曲は出版されませんの?」

「要望が多いので早めに出したいのですが、手が回っていないのです」

「シルヴィアちゃんったらぁ、婚約者様に演奏をプレゼントしたいんでしょ?」


 アロイスが演奏した曲の楽譜は、実を言うと男性からの問い合わせが多かったりする。楽譜を出版したら、私の目論見通りヴァイオリン演奏のプロポーズがノイマールグントで流行するかもしれない。


「あの演奏はアマネさんの指示だと伺いましたが」

「指示ってわけじゃないんだけどね、私もアロイスさんも緊張してたから、冗談で言ったんだよ、会場中の女性を虜にしましょうって。そうしたらアロイスさんも仰せの通りに、なんて乗っちゃって」

「ああいう類の男を従わせるとは、アマネさんを師匠と呼ばせていただきたいですね」


 止めて! そんなんじゃないよ!


「演奏会の朝に支部にいた人だよねぇ? あの人、律のお店に来てたよぉ」

「え、そうなんですか?」


 もしや弟子入り希望? 勘弁してほしい。


「アマネちゃんの話を聞いてあげてほしいって、言ってたよぉ」


 それは初耳だ。アロイスはカスパルのところにも連れて行ってくれたし、すごく心配をかけてしまっていたようだ。


「心配事? 悩みがあるなら聞くわよ?」

「いえ、大したことじゃないんです。さっきの話も関係あるんですけど、葬儀の後、どうしようかなって。先が見えなくて不安だったんですけど、もう大丈夫です。まだちゃんと決めてはいないですけど、焦りや不安はなくなりましたから」

「解決したならいいんだけどぉ、悩んだ時は話してね。アマネちゃんも、まゆりんも、そういうの話さないタイプでしょう? でもぉ、話すと楽になったりするからぁ。なんなら夜の営みの相談にも乗っちゃうよ?」


 相変わらずの律さん節だが、もしかすると渡り人3人の中で一番しっかりしているのは律さんかもしれない。


『愛情や友情は、喜びを二倍にして悲しみを半分にしてくれる』


 カスパルが言ったというその言葉を私は噛み締めた。


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