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演奏者たちの調査結果

 翌日からさっそくマリアのレッスンを始めることにした。


 楽譜の読み方から始めたいところだったが、もうすぐ合唱練習も始まるのであまり猶予がない。


 私は居間にあるチェンバロを使って発声練習から始めることにした。ケヴィンやラース、エルマーも居間でお茶を飲みながらその様子を見ている、


「楽譜も見てね。最初はわからないかもしれないけど、耳だけじゃなく目も使って音の高低をイメージしようね」


 マリアは音程が少し不安定なので、本当は楽器をやったほうがいいのだが、とにかく時間との勝負なのだ。


「歌う時はね、喉の奥を開くっていうか下げるっていうか……んーと、あくび! あくびする時みたいに『あー』やってみて『あー』」、

「あー」

「そう。いい感じ。じゃあ私の後に続いて歌ってね」


 音程もそうだが、声の小ささもどうにかしなければならない。マリアは体が小さいが、それでも救貧院から来た五人の中では一番大きかったのだ。それもマリアを選んだ理由のひとつだったりする。


「ちょっと休憩にしようか。マリア、ミアがお茶を入れてくれるって」


 練習を始めて半刻程経った頃、ケヴィンが声をかけてきた。


「アマネちゃん、明日の合奏の出来次第では、来週から毎日劇場に行くかもしれないでしょう?」

「うん。そのつもりなんだけど……マリアのレッスンも進めないといけないし、明日行ってみてから決めようと思ってる」

「そのことなんだけど、エルマーがマリアのレッスンを引き受けてくれるって言ってて。歌は難しいけど、楽譜の読み方とチェンバロぐらいなら大丈夫って言ってるんだけど、どうかな?」


 それはぜひお願いしたいところだ。劇場に連れていっても、最初のうちはマリアは見ているだけになるだろう。


 いずれにしても、一日いっぱい歌ばかり練習するわけにもいかない。楽器と違って自分の体を鳴らすのだ。ましてやまだ体が出来ていない子どもだ。劇場での練習は午後だけなので、午前中は私が歌を、午後はエルマーに楽譜やチェンバロを教えてもらうことにした。


「それとギルベルト様が今日の午後にいらっしゃるそうだよ。二コルも一緒だって」

「ギルベルト様が? なんだろう? 私に用事があるんだよね?」

「兄さんが演奏者たちの背後をアーレルスマイアー家で調べてもらってたから、そのことじゃないかな? 二コルは頼まれていた写譜を持ってくるって言ってたけど?」


 葬儀の曲とは別に、二コルにはピアノ練習曲の清書をお願いしてあった。私は自分で清書すると言ったのだが、ユリウスに却下されてしまったのだ。そんなに読みにくいだろうかと地味に傷ついたが、未来のピアノ人口に関わるとまで言われてしまえば仕方がない。


「でもマリアがエルマーに慣れてくれて良かったよ。僕も劇場に行くし、その間はミアに頼もうかって思ってたんだけど」

「うん。エルマーの人柄もあるだろうけど、マリアはもともと物怖じしない子なんじゃないかな?」


 昨日、律さんに向かっていった様子を思い出す。せっかくできたおにいちゃんを取られまいと頑張ったのだろうけれど。


「僕はちょっと寂しいけど、もう一人の妹も手がかかるからしょうがないよね」

「う、ご迷惑をおかけします…………」


 というか、私は年上だと何度言えば。


 そんなこんなで時間が過ぎ、午後になるとギルベルト様と二コルが連れ立って訪ねてきた。


 居間ではエルマーがマリアに楽譜の読み方を教えていたので、商談ルームを借りて話をする。


 今日の二コルは前回の玉ねぎヘアではなくポニーテールだ。


「二コル、楽譜早かったね。今回も綺麗にしてもらってありがとうね」

「実は私の仕事用の椅子が壊れてしまいまして」


 どうして椅子の話になるのかわからずちょっと戸惑うが、話を合わせておく。


「そうなんだ? 気に入ってたの?」

「はい。とても。ですが、代わりの椅子を手に入れましたので問題ありません」

「代わりの椅子?」

「ええ。なんでもどうしても私を抱きたいとギルベルト様がおっしゃるので、静かで動かない椅子になってくださるなら、抱っこさせてあげましょうと申し上げましたところ、快く膝を貸してくださいました。」


 どうしてそうなった。それにしてもギルベルト様、そんな直接的な物言いでは……まあ二コルだし、はっきり言わないと伝わらないのはよくわかるけれども。


「えーと、二コル、もしかしてこの写譜って……」

「はい。前の椅子とは比べ物にはなりませんが、新しい椅子の座り心地もそこそこでしたので、仕事がはかどりました」


 手渡された楽譜はいつも通り美しい。歪みの一つも許さないと言わんばかりだ。


 それにしても、そこそこですか……。せっかく椅子をしたというのにその言われ様。ギルベルト様をそっと見るといつも通りキラキラ笑顔だ。


「僕としてはマッサージチェアになりたかったんだけどね」


 二コルがギルベルト様と反対の方に勢いよく首を振る。パシッとポニーテールがギルベルト様の顔を打った。


「ギルベルト様、椅子がマッサージをしては写譜が出来ないではございませんか。そのような椅子は不要でございます」


 虫けらでも見るような目付きで二コルが言う。ギルベルト様の表情がみるみるうちに恍惚としたものになり、喉がコクリと鳴った。


 待って! 自主規制!! ギルベルト様、そのお顔はダメです!


 ていうか、ポニーテールはそのためなの? いや、似合ってるし可愛いんだけど、二コルも何かに目覚めてしまったというのか?


 困り果てた私は一切合切を無視することに決めた。


「ええと、ギルベルト様? 今日は私に用があると伺っておりますが」

「そうだったね。二コル、ごめんね。アマネ殿と話があるから」

「ええ。問題ありません。私はヴェッセル商会に昨日来たばかりの少女とお話ししたいのです。『妹』というものに興味があるのです。案内をお願いできますか?」


 二コルには弟がいたはずだが、私と同じように姉妹に憧れがあるのかもしれない。エルマーもいるし、二コルならばマリアを傷つけることはないだろうと考え、ミアに案内を頼んだ。


 それにしてもギルベルト様の表情が戻って良かった。キラキラしいのは通常運転の証拠だ。多少目がチカチカしようとも文句は言うまい。


「ユリウスに頼まれていた件だよ。これを見てくれるかい?」


 二コルが出て行くと、ギルベルト様が数枚の書類を手渡してきた。それには例のホクロを持つ演奏者たちの調査結果が詳細に記されている。


 オーボエのクリストフは、33歳独身で宮廷楽師。見た目通り女性にモテるらしく、それはまあ私の関知するところではないのだが、ある貴族の奥様に手を出して訴訟問題になっているようだ。今までのツケがが回ってきたのか、他の女性との関係も取り沙汰されており、旗色が悪いらしい。このままいくと多額の賠償金を支払わなければならないようだ。


 ハープのイザークは、24歳独身。ヴァノーネの貴族であるリパモンティ子爵家の三男の家庭教師をしていたようだ。その三男は放蕩息子であったらしく、家を出ていってしまい、イザークも職を失うことになった。


 第二ヴァイオリンのライナーは、33歳で10年前に妻とは死別、子どもはいない。ライナーも宮廷楽師だ。評判自体は悪くないし演奏技術も高いのだが、賭け事が好きでだいぶ借金があるようだ。宮廷楽師としての給料のほとんどを賭け事に費やしているらしい。


 チェロのフェリクスは、32歳で妻子あり。宮廷楽師の一人で素行には特に問題が無いが、ユニオンと癒着しているとされている貿易部門の官僚と遠縁であるらしい。子どもは8歳の男児で、音楽の英才教育を施しているらしい。


 ルイーゼに関してはユリウスが調べて問題ないということだったので、調べていないということだった。


 こうしてみると、ルイーゼとイザーク以外は全員何らかの問題を抱えているように見える。特にクリストフとライナーは金銭関係の問題であるため、ユニオンとの繋がりがある可能性が高い。


「個人的な意見ではあるけれど、フェリクスは問題ないと思うよ。遠縁と言ってもほとんど付き合いもないみたいだし。あとはイザークは全ての裏が取れているわけではないんだ。ヴァノーネは遠いからね。ただ家庭教師をしていたリパモンティ家は実在している。三男が家を出て行ったというのも本当らしいよ」


 それにしても、訴訟になっているクリストフの件はともかく、他は良く調べたものだと感心する。さすがアーレルスマイアー侯爵家だ。


「ギルベルト様、ありがとうございます。とても助かります」

「ユリウスには父上が連絡するそうだよ」

「そうですか。マリアのこともありますし、侯爵にもお礼を申し上げたいのですが……」

「構わないよ。父上も僕も陛下の葬儀は成功してほしいからね。アマネ殿は身の安全の確保ができるまでは大人しくしていた方がいい」


 シルヴィア嬢とは女子会以来会っていない。まだ二週間くらいしか経っていないはずなのに、随分会っていないような気がするのは、フルーテガルトで毎日会っていたせいだろうか。


「シルヴィア嬢はお元気でいらっしゃいますか?」

「ヴィルヘルミーネ様と一緒に花嫁修業に毎日勤しんでいるようだよ」


 マリアも来たことだし、みんなでまた女子会を開催したいけれど、王妃と一緒ならば忙しいかもしれない。


「ユリウスが帰ってきたらまた遊びに来るといい。シルヴィアもアマネ殿に会いたがっていたからね」

「ぜひ、伺わせていただきます」


 そんな遣り取りの後、ギルベルト様と二コルは帰っていった。


「アマネちゃんは誰が怪しいと思う?」


 ケヴィンが聞いてくるが、資料を見る限りは誰もが怪しいように見えてしまう。


「ユリウスはイザークに気を付けろって言ってたけど、裏が取れてないだけで、特に問題はなさそうなんだよね」

「うん。ただヴァノーネではユニオンも取引しているからね。リパモンティ家と口裏を合わせることも出来ると思うんだ」


 ギルベルト様と違ってケヴィンは商人だ。貴族の視点と違う方向から見れば、イザークもまだ白という訳にはいかないようだ。


「アマネちゃん、ギルベルト様も言ってたけど、十分気を付けるんだよ。明日は僕も劇場に行くけど、練習中は横で見ていることしかできないから」

「うん。ユリウスにも散々言われたもの。明日はアルフォードも連れていくけど、自分でも気を付けるよ」


 誰がユニオンと繋がっているのかは判然としないままだが、それぞれ問題を抱えていることが分かれば自然と警戒心も湧いてきた。


 自分の不注意で私が傷つくのは自分のせいだと割り切れるが、私に何かあったらマリアだって困るのだ。気を引き締めなければと強く思った。


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