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王都での日程説明とアイリッシュハープ

 七月に入ってすぐ、私たちは王都に発つことになった。


「デニスさん……癒しが……癒しが足りないよー……」

「アマネさん、くれぐれも、くれぐれも慎みのある行動を忘れないでくださいませ」


 私の癒し、デニスはそうそう店を空けられないと今回はフルーテガルトで留守番役だ。何やら心配されているようだが、悲しみのあまり耳に入ってこない。


「アマネ様、泣いてはいけませんわ。淑女の涙はここぞという時に取っておかなければなりませんわ」

「シルヴィア様ーっ」


 今回はシルヴィア嬢とその護衛の方々も一緒だ。私たちが王都に行くなら自分も帰ると言うシルヴィアが「ご一緒しませんか」と誘ってきてユリウスが話に乗っかったのだ。


「シルヴィア嬢と一緒ならば襲撃の心配がない」


 とはユリウスの弁である。


 同乗こそしていないものの、侯爵家の紋章付きの豪華な馬車、そして周りを囲む護衛たち。これを襲えば大騒ぎになること間違いない。


 デニスとの涙の別れを済ませると、ザシャが声をかけてくる。


「火事の犯人も見つかってねえんだから、十分気を付けろよ」

「わかってる。ザシャも頑張ってね」

「任せろっての。お前が帰ってくるころには出来上がってるかもな」


 心強いザシャの言葉に私も安心する。設計図が無くなってしまってからというもの、普段の強気な発言もなく、ザシャは取り付かれたようにピアノづくりに専念していたのだ。


「おいらも後から行くが、それまでヴィム兄の面倒をみてやってくんねェ」

「いやあ、私の方がお世話になるんだけどね」


 エルマーはアカデミーの合否結果が出る頃に、王都に来るのだという。試験の出来は上々で本人も自信があるようだ。


「ミヤハラ……僕も…………あとで……行くから」

「うん。マルコが来るの、楽しみにしてるね」


 マルコは前回の王都行きでアカデミーの研究者と繋がりができたと喜んでいた。金管楽器の改善のために、ある程度仕事を済ませてから王都入りするという。


「アマネちゃん、パパもやっぱり一緒に行こうか? 一人じゃまだ怖いでしょう? やっぱりパパの添い寝が必要だと思うんだよ?」

「パパさん……誤解を生む発言はやめましょうね」


 ラースやヴィムに私の現状を話す前から、パパさんにはバレていた。まあ一ヶ月も気配を隠しながら私の様子を見守っていたのだから、気が付いても不思議はない。しかし添い寝発言はNGだ。


「後で教育的指導が必要だな」


 レイモンに目配せすると、こめかみをひくひくさせて凄んでいた。


「レイモンさん、みんなのこと、よろしくお願いしますね」

「おう。お前も気を付けろよ」


 みんなとの別れを済ませて馬車に乗り込むと、ヴィムがアルフォードに絡まれていた。


「ヴィムー、王都にかわいい子がいるといいねー。もう数年で魔法が使えるようになっちゃうんだからがんばらないとねー」

「るせェよ! 大きなお世話だっての!」


 もしかしてヴィムも魔力持ちなんだろうか? 今回も持参した電子機器をチラリと見て考える。魔力持ちが二人もいるなら心強い。


「アマネ、ここに座れ。うるさくて話もできん。王都での日程を説明するぞ」


 ぽんぽんとユリウスの隣を示され、そちらに移動する。本日の眉間予報は曇りのち晴れるといいな。所により落雷の恐れがあるでしょう。


「楽譜と見本用の楽典はすでに王宮に送ってある。おそらく無いとは思うが、問題があれば早めに連絡を寄越すように伝えてある。楽典は今日の夕方には納品される予定だ」

「わかった。楽器は? 改善したものってどうなったんだっけ?」

「他の荷と一緒にすでに支部に運んである。演奏者の方はどうだ? 資料は目を通したか?」

「うん。技術的には問題ないと思う。すごく丁寧に書かれてて助かったよ」


 マルセルが作ってくれた資料はとてもわかりやすくて役に立った。得意な曲なども書かれていた。私はこちらの曲はそれほどよくわからないが、マルセルは難易度も一つ一つ書いていてくれたのだ。


「五日後に宮廷歌手を集めてもらうことになっている」

「わかった。すぐに決めた方がいいのかな?」

「いや、侍従長の話ではあまり期待できないそうだ。宮廷歌手でなくてもよいとも言っていた。聞いた結果によっては再考しなければならないが、本番までの時間を考えれば七月中には決めた方がいいだろう。合唱は聖歌隊と劇場の合唱隊を使う」

「劇場って、オペラを見に行ったところ?」

「そうだ。練習も劇場を使う」


 ユリウスの説明によれば、オペラの上演は月初の一週間だけで、それも夜だけだという。劇場の演奏者や合唱隊は、昼間は別の仕事をしている者もいるようで、練習も上演期間以外の夜に行われているらしい。


「劇場は来週以降ならば使ってもいいそうだ。八月は上演もないと言っていた。ただし、合唱の練習は大聖堂で行う。劇場の合唱隊は昼間は仕事がある者もいるが、八月からなら全員揃うように調整が可能だと聞いてる」


 空調がないからなのか、暑い時期に上演しても客が入らないらしい。合唱練習が大聖堂なのは、聖歌隊が自由に外を出歩けるわけではないからだろう。


「王都に着いたら宮廷楽師以外の演奏者に出す手紙を準備するように。楽譜の修正が入れば書く時間がなくなるからな。事前に準備しておけ。他に問題になりそうなことはあるか?」

「ハープ奏者を増やしたいんだけど、楽器が足りないんだよ。ヴィルヘルム先生に相談したんだけど、四台だと音量が足りなさそうなんだよね。六台まで増やしたかったんだけど、火事で予備の枠がダメになっちゃったから」

「ふむ…………楽器は演奏者の持参でもいいのか?」


 ハープは調を最初からずらして用意するつもりだったため、できれば同じものを六台準備したかった。だが弦の張り直しをさせてもらえるなら持参したものでも問題ない。


「楽器を見てからになるけれど、弦の張り直しをさせてもらえるなら持ち込んでもらってもいいと思ってる」

「そうか……支部に演奏者の売り込みが来ているとマルセルから報告があった」

「売り込み? どういうこと?」

「どこかで葬儀の話を聞きつけたのだろう。演奏させてくれという者が何人か来ているらしい。その中に珍しいハープを持っている者がいたと報告が上がっていたが……」


 珍しくユリウスの歯切れが悪いので首を傾げてしまう。


「やはりやめた方がいいな。到着後に支部に在庫がないか確認しよう」

「え、なんで? 珍しいんでしょ? 見てみたいし、使えるならそれを使ったらいいんじゃないの?」

「背後に誰がいるかわからんからな」


 なるほど。そういうことか。それにしてもユリウスなら最初から選択肢に入れなさそうなものなのに、よほど興味が引かれるようなハープなのではないだろうか。


「俺の失言だった。忘れてくれ」

「えー、でもどんなハープなんだろう? 見てみたいなー」

「…………レバーで調が変えられるそうだ」

「アイリッシュハープ!?」

「知ってるのか?」


 アイリッシュハープはアイルランドの楽器で、上部についたレバーで調を変えることができる。ヴェッセル商会の工房にはなかったので、この世界にはないものだと思っていた。


「マルセルの話ではアールダムのものらしい」

「アールダム? だったらユニオンが関わってるはずないよね? 確かユニオンはアールダムと取引する許可がもらえてないって聞いたよ?」

「そうだが…………ヤンクールやヴァノーネ経由で手に入れることができないわけではない。調べてみなければ確かなことは言えん」


 残念。どちらのハープにしろ、私は仕組みがよくわからず、ザシャに頼めなかったのだ。


「参加させるかどうかはともかくとして、見るだけでも見たいなあ。ユリウスだって見たいでしょ?」

「…………いずれにしても支部でマルセルに話を聞いてからだ」


 これは期待していいかもしれない。ヴェッセル商会もアールダムとの取引許可はまだ下りていないとケヴィンは言っていた。一目見て自分たちで作れるかどうかの判断はしたいはずだ。


「話を戻すぞ。ラースとヴィムはどちらかが必ずお前に着くようにしておくが、ミアにも話して問題ないか? 事情を知る女性がいた方がいいだろう?」

「うん。迷惑かけちゃうけど……」


 術かどうかはわからないが、未だに私は一人で動くことが出来ずにいる。アルフォードもいてくれるし、ラースやヴィムにも話をしたのでそれほど不便はないのだが、湯浴みや着替えはアルフォードに頼りきりなのだ。


「ぼくはぜんっぜん構わないけどね! むしろ役得だよ!」

「…………アルフォードって、本当に男の子でも女の子でもないんだよね?」

「そうだよー。だからおねえさん、ぼくを頼ってね!」


 根拠が本人の主張だけだったので怪しむ気持ちがないわけではなかったが、どっちにしても見た目は猫だし、ラースやヴィムに目隠ししてついていてもらうよりは私も気が楽だったのだ。


「今後はミアに任せるように」

「えー、おにいさん、おーぼーだよ! おにいさんが頑張ってくれないから触れないんだもん。見るくらいいいじゃん!」

「うるさい。口を閉じなければ王宮に置いてくるぞ」


 ユリウスの言葉にアルフォードがヴィムの上着に潜り込む。


「いやだーっ! 道化師怖いーーーっ」

「おいっ、俺を巻き込むな!」


 アルフォードはヴィムにすっかり懐いているようだ。


 ヴィムにアルフォードを紹介した時は唖然としていた。事と次第を説明すると、私の髪がぐしゃぐしゃになったくだりで、ヴィムは顔を真っ赤にした後、お前も仲間だったんだなと憐みの目を向けられた。何のことだかさっぱりわからないが、ムカッとしたのでデニスさんに言い付けておいた。


「続けるぞ。ミアは子どもがいるから泊まり込みはできない。可能な限りお前の方でミアの予定に合わせるように」

「わかった」


 仕事関連の話がひとまず終わったようで、ユリウスが他に何かあるかと聞いてきた。


「まゆりさんに会えるかな? 渡り人の針子さんにも会ってみたいんだけど」

「葬儀用の衣装を頼まなければならないから、針子は早めに支部に呼ぶ予定だ。フライ・ハイムは今回は無理だ。あそこは見通しが悪い」

「うーん、残念。まゆりさんを支部に招待するのはダメかな?」


 針子さんを呼ぶならまゆりさんを呼んだっていいのではと思って聞いてみる。実は今回はまゆりさんにプレゼントがあるのだ。それはユリウスも知っているのだが。


「誰がそれを知らせに行くのだ? 俺は当分の間は忙しいし、他の者はやれないぞ」

「そっか……会員制だもんね…………」


 よい考えだと思ったのだが、ユリウスが忙しいのは知っているので無理は言えない。


「時間が出来たら伝えに行ってやる」


 無意識のうちに眉がハの字になってしまっていたようで、ユリウスが嫌そうに言った。


「ほんと? ありがとう!」

「おねえさん! そこでぎゅー、ちゅーを忘れちゃだめだよ!」

「そっか!」


 いつまでたっても慣れない私にアルフォードがハグのタイミングを教えてくれる。

 私がハグしやすいようにユリウスが体を傾けてくれたので、遠慮なく飛びついて頬にキスする。ユリウスもキスを返してくれた。


 向かい側に座るヴィムが赤くなって驚いていたのは気付かなかった。


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