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死刑執行人

「馬鹿じゃないのか?」


 私の話を聞いたユリウスの第一声だ。


 結局、オットーに会いに行った私はそこでもツケを払わされ、さらにもう一軒とたらいまわしにされた挙句、疲れ果てて宿に帰ってきたのだった。お財布の中を空っぽにして。


「も――――っ! 悔しいっ!!」


 髪をぐしゃぐしゃに掻き回して怒る私にユリウスは冷たい視線を寄越す。


「馬鹿正直に払う必要などなかっただろうに」

「でもっ、払わないと工房に回収に行くかもしれないじゃないっ」

「そのための金はザシャに預けてあったのだぞ」


 そんな話は聞いてないとユリウスに噛みつきたかったけれど、それに思い至らなかった自分に気付いて黙り込む。


「そろそろ機嫌を直せ。ジラルドの所に行くのだろう?」

「……うん」


 むすりと頷く私にユリウスは苦笑する。もっと叱られるかと思っていた私はゲンキンにもその苦い笑みにちょっと安堵する。


「だが、後で仕置くぞ」


 そんな不穏なことを綺麗な微笑で言い放つユリウスに、私は泣きたい気分になった。


「うぅー、泣きっ面に蜂ってこのこと?」

「自業自得だ」


 ラウロが呆れ顔で見下ろす。


「ラウロ、付き合わせてしまってすみませんでした」

「次は引き摺ってでも阻止する」


 いやいやいや。次なんて無いですもう騙されたりしません、と私は言い募ったが、ラウロは不信の目を止めてくれなかった。


「ユリウスはギルドで何を調べてきたの?」


 ジラルドの元へ行く道すがら、私はユリウスに尋ねる。てっきりギュンターとの面会に着いてくると思っていたのだが、ギルドを優先させたということは何か重要なことを調べていたのかもしれない。


「グーディメル商会についてだ。それについては大したことはわからなかったが、思わぬ収穫があった」

「へえ。何がわかったの?」

「イージドールのことだ」


 イージドールの実家近くで商売を営む者と縁続きの商会が、ギルドに所属していたのだという。


「イージドールは一度密かに実家に顔を出したようだ」

「えっ、そうなの?」

「ああ。だが父親が怒ってヤンクールのある家に引き渡したそうだ」


 ユリウスの話では、ヴィーラント陛下の事件に直接関係しているかわからないものの、イージドールは重要参考人であり、見つけたらすぐさま出頭させなければならないはずだった。だがイージドールの父親は警邏に引き渡すのは体面が悪いとヤンクールのある家にイージドールを引き渡し、さっさと養子の手続きを取ったのだという。


「ある家って?」

「医者の家だが……その家は代々死刑執行人をしているそうだ」


――死刑執行人


 恐ろし気な職名に私は小さく身震いする。


 ユリウスによれば死刑執行人は世襲制であるそうだ。というのも、執行する際に使用する道具が全て私財であるからだという。


 イージドールが養子に出された家ではギロチンを所有しており、貴族の死刑執行を請け負っていたが、男児に恵まれず世継ぎに頭を悩ませていたそうだ。


「お役人さんがするんだと思ってた……」

「役人はやりたがらないだろう。貴族の子息が多いからな」


 アカデミーを出た者がその任に着くというのも考えにくい話ではあった。


「その方はお医者様なの?」

「代々な。薬や医療器具は高額だから、最初は困窮して副業として引き受けたのだろうな。それが、なり手がないということを理由に世襲制になってしまったのだろう」

「そう……」


 イージドールが死刑執行人になるということは、思った以上に私を打ちのめした。こんなにも重たい気分になってしまうのは、イージドールがこれから為すことの重さもあるが、行き付く先はやはりゲロルトなのだと思う。


 だが、それをユリウスに言うのは憚られ、私はそれ以上何も言えなくなってしまった。











「やあ。よく来たね」


 ジラルドの家の前で私たちを出迎えたのはミケさんだった。


「ミケさん、あの――」

「まずは中に入ろうか」


 エドのことを聞こうとした私はミケさんに制されて中へと促される。


「よく来たな」


 家の中ではジラルドが目を細めて待っていた。


「ジラルドさん、またお会いできてうれしいです」


 私がそう挨拶すると、さらに目を細めたジラルドが戸棚から菓子を取り出して私に差し出して来る。


「ふふ、ありがとうございます」


 前も似たようなやり取りをしたことを思い出し、私は年甲斐もなくはにかむ。


「ジラルドさん、私の護衛をしてくれているラウロです」

「師から話は聞いている」


 ミケさんはエドによって捕らわれた私を助ける際に看護係に立候補したため、ラウロの火の加護についても知っていた。ジラルドにはそのあたりの経緯を説明してくれていたようだ。


「鍛えるから安心するといい」

「えっと……実は――」

「ラウロだ。よろしく頼む」


 私がラウロの加護の取得に反対していることを説明しようとすると、ラウロがそれを遮った。


「ふふ、ラウロ君のことはジラルドに任せようね」


 ミケさんが私の手を引く。


「でも――」

「大丈夫さ。僕がちゃあんと説明してあるから」


 それなら大丈夫かなと私は促されるがままに前と同じ椅子に座る。


「テンブルグへの道中でエドワード君に会ったようだね」

「はい。それも……?」

「うん。風が教えてくれたよ」


 ミケさんに対して秘密を持つのはとても難しいことなのかもしれない。


「ふふ、なんでもわかるわけではないよ。近くなら音を伝えてくれたりもするけれど、基本的に風は言葉を持たないからね」

「じゃあどうやって教えてもらうんですか?」

「うーん、説明しにくいのだけれど、通り過がりに見た光景を見せてくれる感じかな?」


 ミケさんが空に手を伸ばす。もしかすると風の妖精のような存在がそこにいるのだろうかと私は目を凝らしてみたが、影も形も全く見えなかった。


「便利そうですね。でも、たくさんの情報が集まりすぎて、私だったら頭がパンクしちゃうかも」


 いわゆる目が足りないってやつだ。ワイプがいくつもあって、目で追いきれない感じかなと想像してみる。


「全部を見せてくれるわけではないよ。エドワード君は風の加護を持っているから教えてくれたのだろうね。後は僕が気に入っている相手についても教えてくれたりするよ。ふふ、おせっかいだよね」


 ということは、ドロフェイのことなんかは教えてくれるのかもしれない。だって、最初にミケさんと会った時にも風がドロフェイの来訪を教えてくれたと言っていたし。


「でも、隠されてしまうとわからないものなのさ」

「隠されるというと?」

「土の加護を持つ者は隠し事が上手だよ。土で覆って気配を隠してしまうからね」


 なるほど。オーブリーの土人形のようなものだろうかと私は頭の片隅で考える。ドロフェイはオーブリーに会ったことは無かったけれど、ユリウスはあるはずだ。なのにユリウスはオーブリーが加護を持っていることには気づいていなかったのだから、オーブリーは上手く隠していたということになる。


「ドロフェイもそういうのは上手なんだよね」


 ミケさんは拗ねたように口をとがらせる。


「エドワード君を僕が連れ帰った日の夜にね、ドロフェイが来たらしいのだけれど、僕には顔を見せずに帰ってしまったのさ」

「そうだったんですか……」

「エドワード君が教えてくれたわけだけれど、わざわざ隠れて来るなんて、僕の介入を許しませんって明確に拒絶されたみたいで悲しいよね」


 視線を落とすミケさんに、私は何と声を掛けたものか困ってしまった。


「あの……エドのことなんですけど……」


 困った私は話のついでに当初の目的を果たすことにする。


「エドはあの山で何をしていたんですか?」

「それは風の役割だから詳しいことは教えられないな」

「そうですか……でも、あの時のエドは様子がちょっと変でした」


 自分の役割を果たさなければならないと言ったエドは、何かを想い詰めているような様子だった。


「ふうん。ドロフェイに何か言われたのかもしれないね」

「ミケさんには思い当たる節が無いということですか?」

「そりゃあちょっとは叱ったり脅かしたりはしたけれど、エドワード君は反省している様子だったし君のことを心配してもいたから、お説教はほどほどにしておいたんだよ」


 手当もしてあげたんだよ、と肩を竦めるミケさんはいつも通りのミケさんだ。


「でも、ドロフェイは何を言ったのでしょう?」

「さあ、僕にはわからないけれど……ドロフェイは君のことが余程大事なんだろうね。僕は叱られてしまったよ」

「ミケさんがドロフェイに叱られたんですか?」


 意外な話に目を瞬く。


「エドワード君のことはテンブルグに彼が来る前からドロフェイに聞いていたのだけれどね、それを知っていながら迎えに行かなかった僕が悪いって」


 そういえば、陛下の即位式で王宮に滞在した時はエドが一緒で、あの時はドロフェイが陛下と共に部屋に訪れたりしていたから面識はあるはずだ。


「僕の役割の関係もあって、ここを長く離れられないということもあったのだけれど。でもジラルドを行かせることもできたと指摘されてしまったよ」


 ミケさんが言う役割とはあの山で見た氷のドームに関係しているのかもしれないとチラリと思う。


「わかっていたのだけれどね。ジラルドが便利すぎるのがいけない」


 ジトリと恨みがましくジラルドを流し見るミケさんを見て、私はなんだかジラルドが不憫に思えたのだった。


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