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テンブルグの思惑

「警戒心が無いにも程があるぞ」


 怖い顔のラウロが私を見下ろす。


「エドは謝罪もしなかった。そう簡単に許すべきではない」


 言い募るラウロを私はキッと見返す。


「確かに謝罪を口にはしなかったけど、心の中で謝ってるってラウロだってわかってたでしょう?」


 珍しく口答えする私にラウロは驚いて目を見開く。


「……殊勝な態度などその場限りのことかもしれない」

「謝罪だってその場限りで言えます」


 睨み合う私とラウロを横目に、モニカはオロオロして周りを見渡し、ユリウスは大きくため息を吐く。


 洞窟を出て馬車まで戻った私たちは、寄るところがあるというエドと別れて再びテンブルグへと向かっていた。なんとなく別れがたかった私はこのまま一緒に行こうと言いたかったけれど、困り切った表情で私たちを見るモニカを見て口を噤むしかなかったのだ。


「情けが深いことが悪いとは言わない。だがお前は事務所の皆を守らねばならん。それはわかるな?」


 ユリウスが子どもを宥めるような口調で話しかける。


「うん……でも、エドだって事務所の仲間だよ」


 少なくとも私はそう思っているけれど、そんな諭すように言われたら自分が駄々を捏ねる子どもみたいに思えてきた。


「エドはお前を騙した」

「わかってるよ。でもそんなのエドを憎む理由にならないよ。だって迂闊だった私が悪いんだもの」

「迂闊だとわかっているならそれを改めろと言っている」


 ユリウスの言うことはよくわかるのだ。でも人を疑いながら過ごすよりも騙された時に自分が悪かったと思った方が私は楽だ。


「お前の言うことがわからないわけではない。だが、キリルとアロイスがルブロイスに向かっていることを言ったのは良くなかったと俺は思う」


 確かにユリウスの言う通りかもしれない。エドがキリルやアロイスに危害を加えるなんてことはないと思っているし、いずれどこかから聞こえていく話だろうとも考えていたけれど、わざわざ言うようなことではなかったかもしれない。


「誰にでも警戒心を持てと言っているのではないぞ。少し気を付けるだけで良いのだ」

「うん……」


 ユリウスに諭されて自分も悪かったのだと思い至れば後は反省して謝るしかない。


「ラウロも……ごめんなさい」


 憮然とするラウロに頭を下げると、小さくため息を吐いたラウロが指先で私の頭を小突いた。


「モニカも。心配させてしまいましたね」

「いいえ……私もアマネ先生のお気持ちはわかりますから」


 馬車の中の空気を悪くしてしまったなと反省してモニカにも声を掛ければ、モニカは首を横に振った。


「エドさんは私たちに優しかったですから。コッペリアもエドさんがフランツ役を引き受けてくれて助かりましたし」


 もしかするとエドがいなくてもコッペリアは上手くいったかもしれない。けれど、エドがいたからこそジゼルがやる気を見せたという面もあった。


「知ってますか? 街の女の子たちはエドさんのファンが多いんです」


 栗色の髪が多いノイマールグントの女の子たちにとって、金髪碧眼は憧れであるようだ。


「あー……王子様ですからね……」


 寝たふりを決め込むユリウスをチラリと見ながら言葉を濁していると、ふわっとペンダントが浮かび上がった。


「わわっ! アルフォード!!」

「おねえさん、ひさしぶりー」


 くるりと宙返りをしながら銀色の猫が馬車に降り立つ。


「あれ? おねえさんがちょっとふかふかになった!?」


 膝の上に抱き上げればそんな失礼なことを言われてしまった。


「毎日筋トレしてるのに……」


 ふかふかよりムキムキを目指しているのだが、効果は全くないらしい。


「ラウロのお父さんのご飯がおいしかったから仕方がないの!」

「ふーん。あれれ? アロイスおにいさんがいない?」


 私が剥れると、アルフォードは大して興味がないという風に周囲を見回した。


「キリルもですよ。ルブロイスに行ってるんです」


 アルフォードの頭をモニカが撫でて教える。


「アルフォード、テンブルグの街の様子はどうだ?」


 寝たふりをしていたはずのユリウスも私たちの騒がしさに諦めた様子でアルフォードに問い掛けた。


「ヤンクールの件は伝わっているのか?」

「うん。ちょっと前はさわがしかったけど、今はそうでもないよー」


 テンブルグの街はバルトロメウス様が善政を敷いており、民は大きな不満を感じることもないらしく、ヤンクールの暴動に触発されるようなこともなかったようだ。


「中等学校は? マリアたちは大丈夫?」

「うん。最初はさわぐ子や泣く子もいたけどねー」


 アルフォードの話ではヤンクールに親戚がいる子もいるらしく、そういった子たちは不安から涙を流す子もいたそうだ。だが先生方や学友たちの様子から少しずつ落ち着きを取り戻していったのだという。


「でもねー、学校でドロフェイを見かけたんだよ」

「えっ、ドロフェイ? それって……」

「うん。ルルに会いに来たんだと思う」


 アルフォードの報告に私は顔色を変えた。ルルは私と同じように不思議な音を聞く少女だ。ドロフェイにそれが知られれば、ジーグルーンの候補と見なされてしまう可能性があるのだ。


「ルルは? 何か言ってた?」

「聞いたんだけど、知らないって」


 アルフォードはしゅんと俯いた。ルルはアルフォードと仲良くしてくれていたし、ルルがジーグルーンであることに最初に気が付いたのもアルフォードだ。不思議な音のことを他人に知られてはいけないとルルは考えているようだったが、アルフォードになら相談してもよさそうなものだ。


「ね、ルルに会いに行けるかな?」


 私はユリウスの顔色を伺う。ルブロイスには3日ほど滞在する予定だが、ヴィル様に頼まれたバルトロメウス様への信書もあるし、エドのことも気になるからミケさんにも会いたい。可能であればギュンターにも会っておきたいし、ザシャにキリルとアロイスのことも頼んでおきたいのだが、あまり時間的余裕はないかもしれない。


「何事も無ければどうにかなると思うが」

「何事も無ければ、な」


 ユリウスとラウロが目配せをする。


「すべてのスケジュールがこなせるかはお前の慎重さに掛かっていると思え」


 ユリウスの鋭い視線に私はコクコクと頷くしかなかった。











 翌日、テンブルグに着いた私たちはカッサンドラ先生のところで勉強したいというモニカを送り届け、その足で領主の館へと向かった。先触れを出さなくて良いのだろうかとユリウスに聞いたのだが、親書を預かっているのだから早い方がいいと言われたのだ。


「アマネ殿に親書を預けるとは、ヴァノーネは相当立て込んでいるようですね」


 約1か月ぶりにお会いしたバルトロメウス様は難しい表情で信書を開く。私たちの前で読み始めたバルトロメウス様だったが、読み終わる頃には更に難しいお顔になっていた。


「ヴァノーネの王は相当動揺しておられるようですね」


 重いため息を吐いたバルトロメウス様はヤンクールの情勢を話し始める。


 それによればヤンクールでは貴族たちが国外へ逃げ始めているそうだ。暴動は無秩序に各地に広がっていったようだが、結局は権力に対する不満をぶちまけているに過ぎない。次の政権となる平民を中心に作られた議会にとっても、暴動が長引くことは自分たちの首を絞めることに繋がりかねず、ようやく暴動を鎮静化しようと動き始めたという。


「ですが、そう簡単に治まるものではありません。議会は誰もかれもが主張をするばかりでまとめる者がおらぬと聞いております」

「代表となるような方はいらっしゃらないのでしょうか?」

「一人に権力が集中することを避けたいのですよ。王政がそういうものでしたからね」


 だがそれではバルトロメウス様が言ったように意見がまとまらないだろう。


「ヴァノーネの王はどうされるおつもりなのでしょう? まさか戦を起こすなんてお考えではありませんよね?」


 政治のことに口を挟むなど私がすべきことではないと承知していたが、つい心配になって聞いてしまう。ヤンクールもヴァノーネもノイマールグントに隣接している。そしてやはりシルヴィア嬢とルブロイスの二人が心配なのだ。


「まずはヤンクール王家を援助するよう声明を出し、各国に協力を仰ぐおつもりのようです」

「なるほど。テンブルグも名を連ねてほしいということですね」


 ユリウスがバルトロメウス様に確認するかのように尋ねる。するとバルトロメウス様は興味深そうにユリウスを向き直った。


「ユリウス殿はどのようにお考えだろう? 協力する国はあるだろうか?」

「現時点ではアールダム、バーニッシュの両国は無理でしょう。ルシャや海の北側にある国はもしかすると乗るかもしれません」

「ノイマールグントは?」

「ルシャが名を連ねればあるいは。ですが可能性としては低いと考えます」

「なるほど。ヴィルヘルミーネ王女をお助けする算段はすでについているということか」


 バルトロメウス様は頷いて目を閉じた。部屋を静寂が満たす。私は固唾を飲んでバルトロメウス様を見ていた。


「エルヴィン陛下がそうであれば、テンブルグがしゃしゃり出るわけにはいきますまい」


 しばらくするとバルトロメウス様は顔を上げた。


「でもパトリツィア様は……」

「今のところは諦めてもらうしかありません」

「そんな……っ」


 ヴィル様とのご結婚を見合わせる、とバルトロメウス様は苦渋に満ちた表情でそう言った。


「バルトロメウス様」


 ユリウスが静かな声で呼びかける。


「ヴァノーネが軍を動かした場合、テンブルグはどうされますか?」

「国境に兵を送ることになるだろう」

「ヴァノーネの兵が逃げ込んで来たら?」


 ユリウスの質問にバルトロメウス様はさもありなんと苦笑する。


「その時は受け入れるしかありませんな。ヤンクールの兵は一歩たりとも足を踏み入れさせるつもりはありませんが」

「えっと……どういうことでしょう?」


 何の話なのかさっぱりわからず私はユリウスとバルトロメウス様の顔を交互に見る。


「バルトロメウス様はエルヴィン陛下のご意思に沿うが、ヴァノーネを見捨てるつもりはないということだ」


 ユリウスが私に向き直って解説する。


「ヴァノーネの兵の逃げ足は速いですからな。いや、逃げ足だけでなく、あの国の軍などない方がマシというほど弱い上にやる気がない。王がどんなに勇ましかろうと、あれでは勝てない」


 バルトロメウス様がくつくつと笑う。


「逃げ込んできた兵を受け入れて恩を売っておけば、またパトリツィアの件も動き出すこともあるかもしれません」


 つまり今回の件でご結婚は延期にするけれど、中止と決めたわけではないのだとバルトロメウス様はおっしゃった。


「よかった……お祝いの演奏をしたということもありますが、ヴィルジーリオ様もパトリツィア様もご婚約を喜んでいらっしゃるようでしたので、僭越ながらお幸せを願っておりました」

「ありがたいことです。パトリツィアも喜びましょう、ですが――」


 バルトロメウス様は一旦言葉を切って私を見る。


「事と次第によってはエルヴィン陛下のご結婚も延期となる可能性がありますね」


 その表情には僅かに憂いが浮かんでいる。確かにヤンクールの騒動がノイマールグントに影響を及ぼすことがあれば、お祝いどころの話ではなくなる。


「ヤンクールは今後どうなるでしょうか?」


 ユリウスがバルトロメウス様に尋ねる。


「まとめる者が出てくれば、ヤンクールが再び国外へ兵を送ることは十分考えられる」


 それはギルベルト様も言っていたことだ。


「ヤンクールの民が諸外国へ目を向けぬよう、今は静観するのが正しい。ですが子を持つ者としてヴァノーネの王のお気持ちも十分に理解できます」


 バルトロメウス様には小さなお子様がいらっしゃるのだという。


「声明がヤンクールの民を煽ることにならなければよいのですが」


 バルトロメウス様は遠くを見るように視線を彷徨わせた。


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