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双子の懐中時計

「ルーンはまた迷子になったのかえ?」


 少女に声を掛けられた私は唐突に思い出す。


「あなた……アリエル?」


 私の目の前にいるのはルブロイスに向かう途中に出会った少女だ。


「知っているのか?」

「うん……でも、なんか変。私、さっきまですっかり忘れてた……」


 なぜなのかはわからない。だがアリエルと別れた直後、私の頭の中からすっぽりと記憶が抜け落ちたような気がする。


「何者だ」


 相手は幼い子どもだというのにユリウスは睨みつける。


「わらわはこの森に住んでおるのじゃ。しかし其方もまたなつかしい気配がするのう」

「懐かしい……?」


 そう言えば以前会った時に私も同じことを言われた。


「其方ら、ドロフェイを知っておろう」


 アリエルの口から出た名前に私たちは顔を見合わせる。


「アリエルはドロフェイを知ってるの?」

「そうじゃ。最初に会ったのは300年ほど前じゃったかのう」


 少女の言葉に私は戸惑いを隠せない。300年前ならばウルリーケさんがいた頃だろう。ドロフェイがその頃にいるのはわかる。だが目の前の少女がその頃のドロフェイに会っているなんて俄に信じられない。


「もう一度聞く。何者だ」


 更に視線を険しくしたユリウスがアリエルを詰問する。


「そう怒るでない。其方、水の加護をもっておろう? わらわの正体に気付きそうなものじゃがの」

「正体はわからんが、加護を持っているのはわかる。だが――」


 言葉を濁すユリウスは、今までに見たこともないほど警戒している様子だ。視線は少女に固定したまま、五感の全てを使って周囲の気配を探っているように見える。


「なに? どうしたの? アリエルに何かあるの?」


 なぜそんなにも警戒しているのかわからない私はユリウスの袖を引く。


「その子ども、おそらくはドロフェイよりも大きな加護を持っている」


 ユリウスの言葉に目を丸くしてアリエルを見つめると、少女は悪戯がバレた子どものように舌を出した。


「その男の言う通りじゃ。わらわは風の始祖じゃ」

「始祖?」

「其方らは風の使者に会うたことがあろう? 風がそう申しておる。その者から聞いたことがあるのではないか? 風は噂話が好きじゃからのう」


 ミケさんとはたくさん話をしたけれど、思い当たることと言えば。


「創世、神話?」


 この世界は四大元素を誰かが持ち込んで作ったものだという話だ。


「そうじゃ。わらわが風を持ち込んだのじゃ」


 ならばドロフェイはアリエルを知っていたのにミケさんと私の前ではとぼけたということになる。


「ドロフェイってば何のためにそんな真似をしたんだろう」

「アレの言うことを真に受けておったのか。ルーンは素直じゃのう」


 褒められているようで貶された私はアリエルを怒るわけにもいかずに口をとがらせるに留めた。


「だが何故その始祖がここにいる。それに何故アマネに付きまとうのだ」


 未だに警戒を解いていないユリウスがアリエルを詰問する。


「付きまとっているつもりはないがの。其方らがわらわの領域に勝手に入ってきたのじゃからのう。わらわがここにおるのは……」


 遠くを見るようにアリエルは目を細める。


「取り残されたからじゃ!」


 アリエルはそう言って地団太を踏んだ。


「ええっと……どういうこと?」

「わらわが連れて来たペットが行方知れずになったのじゃ! そやつを探しているうちに皆が帰ってしまったのじゃ!!」


 地団太を踏んだ割に大した理由ではなくて脱力する私だが、ユリウスは未だ警戒を解いていない様子だ。


「ね、ユリウス。アリエルはたぶん害意はないと思うよ?」

「そうじゃの。害意があれば最初にルーンに会うた時に痛めつけておるわ」


 物騒なことを言うアリエルだが、ユリウスが言った通りドロフェイ以上の加護を持っているのだとすれば、それこそ赤子の手をひねるように簡単なことだろう。


「……ならば元の場所に戻せ」


 不審を露わにするユリウスだが、先ほどよりは少しだけ気配が和らぐ。


「それは構わぬが、わらわの頼みごとを聞いてくれぬか?」

「頼みごとって? 私たちにできること?」

「それはわからぬ。じゃが、未だアヤツが見つからなくてのう……」


 肩を落とすアリエルは萎れた花のようで気の毒だ。


「アヤツってドロフェイのこと?」

「そうではない。わらわが探しておるのはペットじゃ」

「えっ、ペットってまだ見つかってないの!?」


 驚く私にアリエルは大きなため息を吐く。


「あやつがおっても元の世界に帰れぬことに変わりはないのじゃが、一人ではつまらぬしのう」


 アリエルがどれだけの年月をここで過ごしたのかは知らない。だが、始祖というからには千とか万の単位で年を重ねたのではないだろうか。


「だがそれほど昔から探しているのに見つからぬというなら、もう死んでいるのではないか?」

「ちょっとユリウス……」


 そんな可哀そうなことをいうユリウスを咎めると、アリエルは平然と言ってのけた。


「死んではおらぬ。とっても長生きな存在じゃからのう」

「アリエルと一緒に来たんだよね? そんな長生きだなんてペットっていったい……」


 戸惑う私にアリエルは自慢するように言い放つ。


「わらわのペットは竜じゃ。大きくてかっこいい白い竜なのじゃ」











 たった今、馬から落ちましたという状況のまま、私たちは元の場所に戻された。アリエルと話していた時間はそれほど長くなかったとはいえ、さすがに私でも気づく。アリエルがいるあの場所は、おそらくはこの世界の時間軸とは少し違うのだろう。


 大丈夫かと駆け寄る皆をどうにか誤魔化し、私たちはふたたび馬上の人となった。


「ルブロイスの白い竜か……ケヴィンがいたらよかったのにね」


 アリエルの話を聞いた私は、白い竜の伝説を思い出した。


 以前ヘレナの友人から聞いた話は、竜は湖の主で周辺に住む獣たちに恐れられているというものだった。ある条件を持つ娘がこの湖の畔に訪れると姿を現わすと言われていたが、条件が何なのかはわかっていなかったはずだ。


 その話を聞いた後、アカデミーで文学を学んだケヴィンに詳細を知らないかと尋ねたところ、竜がいる湖はルブロイスではないかと言われたのだ。


「ケヴィンは今頃スラウゼンに向かってるよね?」


 背後のユリウスに問い掛ける。ルブロイスを発つときに見送りに来ていたケヴィンは、たくさん注文をもらったからとホクホク顔だった。確か午後には船でスラウゼンに向かうと言っていたような気がする。


「楽器を納品するために再びルブロイスには行くだろう。だが……」

「私たちはテンブルグ側から帰るもんね」


 ヴァノーネからの帰りはルブロイスには寄らないのだ。


「でも、もしかすると白い竜はテンブルグ側にいるんじゃないかなって思うんだよ」


 何千年か何万年か知らないが、アリエルがどれだけ探しても見つからないというならば、ルブロイス付近にはいないのではないかと思う。


「お前、本当に白い竜を探すつもりなのか?」


 苦いものを飲み込んだような表情でユリウスが私を見る。


「うーん、見つけられる気はしないけど、見つけられたらいいなって思ってるよ?」


 アリエルにはもし見つけたら連絡すると言ってある。連絡方法も教えてもらったのだ。


「時計も預かっちゃったし」


 連絡手段として渡されたのは懐中時計だった。なんだかアルフォードみたいだななんて私は考えたのだが、鍵穴は付いていない。


「アリエルは双子時計って言ってたよね?」

「フルーテガルトにあるのが片割れのようだな」


 アリエルが住んでいる森は、ドロフェイが作ったものであるらしい。もしかすると、ドロフェイお得意のおかしな空間なのかもしれないが、それはともかくとして、アリエルは住処のお礼にとドロフェイに双子時計の片割れを渡したそうだ。


「しかし驚いたな。300年以上前に懐中時計を作った者がいたとは」

「世には出なかったみたいだけどね」


 アリエルから渡された懐中時計は、なんとルブロイスの双子の時計職人が作ったものだという。ルブロイスの街の西側にある時計台を作った職人だろう。


 アリエルの話では、時計職人だった双子は二人でそれぞれ一つずつ懐中時計を作ったという。だがそれを世に発表する前に片方が事故で亡くなってしまい、残されたもう一人が懐中時計を世に出すことを拒み、封印しようとしていたそうだ。山を彷徨うその職人を見つけたアリエルは、いらぬのならくれと言って懐中時計を譲り受けたらしい。


「不思議な縁だよね」

「そうか?」

「だって、そうやって作られた時計がアリエルに渡って、アリエルからドロフェイに渡ってフルーテガルトにあるんだよ?」


 更にもう一つが私に託されたのだ。不思議な縁を感じないではいられない。


「フルーテガルトにある時計には魔術が施されていたが、あれについては知らぬようだったな」


 フルーテガルトの懐中時計には、裏蓋に4種類の魔力の結晶が埋め込まれていた。だが、私が預かった時計には特にそういった仕掛けは無い。


「あれってドロフェイがしたんじゃない?」

「そうだろうが……聞いてもはぐらかされるだろうな」


 まあ、確かに。思わせぶりなことを言って煙に巻くのがドロフェイで、ちゃんと教えてくれるのはどちらかと言えばミケさんだ。


「帰りにテンブルグに寄る時、ミケさんにも会えるかな?」

「あまり時間は無いが、エドのことも気になるからな」


 ユリウスはジラルドの所にも顔を出したいのだという。


「アマネさん、もう少し行くと街が見えてくるそうですよ」


 私たちよりも前で、ギルベルト様の護衛さんと並んで馬を駆っていたアロイスがスピードを落として横に並ぶ。


「街ってヴァノーネの王都? 早くないですか?」

「先はまだ長いですが、高さがありますからね。この崖の向こう側に出れば見えるそうです」

「あ! あれって――」


 アロイスが指差す崖の切れ目は、まだヴァノーネの街らしきものは見えないが、はるか彼方に広がる青い線が見えた。


「海! ユリウス、海だよ!」

「わかったから暴れるな!」


 またしても落ちそうになった私をユリウスが支える。


「アマネさんは馬車の方が良さそうですね」


 アロイスにまでそんなことを言われてしまった私は、小さくなって謝るしかなかった。


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