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Fの呪い?

 翌朝、私たちはたくさんの人たちに見送られてルブロイスを出発した。


「ラウロのお母さんが涙ぐんてて、もらい泣きしちゃったよ」

「わかります! 私もお母さんと別れた時のことを想い出しちゃいました」


 相変わらず涙もろい私に同意してくれるのはモニカだけだ。でもたぶん男性陣もじーんとしていたと思う。何故なら出発後の馬車の中は、人が増えたというのにとても静かだったからだ。


「ガニマール一座の興行はどうだったのですか?」


 空気を変えるように私はモニカに問い掛ける。結局私は見ることが出来なかったが、モニカとキリルはヴィムと共に興行を見に行ったのだ。


「リリィさんとアンナさんが、『側にいることは』を歌ってくれたんですよ!」


『側にいることは』を国中に流行らせよう大作戦に賛同してくれたモニカが報告する。リリィとアンナの二人も名誉会員に決定だ。


「旅芸人たちが歌ってくれたら、本当に国中に流行るかもしれませんね」


 各地にファンがいる二人のことだから、きっとみんなが歌うようになってくれるはずだ。


「興行は大盛況だったのですか?」

「すごい人でしたよ! ルブロイスにあんなに人がいるなんてビックリしちゃいました!」


 モニカの話では、バールでの合同演奏会に来ていた顔ぶれも多かったそうだ。例の岩塩鉱山の男性たちも仲間たちを大勢連れて来ていたという。


「ボンはいないのかーなんて聞かれちゃいました」

「ふふっ、あの人たちは大きいですから、怖くなかったですか?」


 体を動かす仕事のせいなのか、岩塩鉱山で働く男性たちはみんな体つきがガッシリしていたのだ。


「話しかけられた時に、キリルは警戒してますーって感じだったのですが、お話ししてみると楽しい方たちでした」


 モニカは天真爛漫で誰とでもすぐに打ち解けることができるが、キリルはどちらかと言えば人見知りだ。ガタイのいい男性たちに囲まれる二人を思い浮かべると思わず笑みが零れる。


「興行でのシュヴァルツさんは何をしていたのです?」

「ダーツでした! すごいのですよ! 客席にあった的にひゅんひゅんって的中させて!」


 そういえばアンナがシュヴァルツはダーツが得意だと言っていたのを思い出す。


「シュヴァルツさんたち、フルーテガルトにも来るって言ってましたね!」


 見送りに来てくれたシュヴァルツたちとは、夏になる前にフルーテガルトで再会を約束しているのだ。彼らはリリィとアンナの故郷である北の街に行って冬を過ごし、エルヴィン陛下の婚礼の際に王都に向かうと言っていた。


「また彼らと共演出来たら良いですね」

「そうですね! 今度は私も演奏を頑張りますっ!」


 元気いっぱいに頷くモニカの隣には、一心不乱に筆を動かす男性が一人。


 そう。増えた人員とは、ジャンマリオ・リパモンティだ。


 彼はどういうわけだか私を気に入り、モデルになってほしいと言っていた。私は断ったのだが、何故かユリウスとアロイスがヴァノーネまで着いてくるように言ったのだ。


「わわっ、アマネ先生が泣いてますー!」

「えっ、ちょっとジャンマリオさん! 変な絵は描かないでください!」

「変じゃないよ。ほら」


 ボソボソとしゃべるジャンマリオが見せてくれた絵は、馬車の中からプニプニの手を振る涙にぬれた子どもだ。


「私はこんな子どもではありません!」

「そうかな? でもスポンサーは満足してるみたいだけど?」


 スポンサーとはなんぞ? と思い視線を巡らせると、満足げに頷くユリウスがいた。


「色付けが出来たら買い取る」

「えっ、ユリウス、辞めてよ!」


 私の制止の言葉を綺麗に無視するユリウスは、一体何を考えているのやら。


「でもジャンマリオさんは馬車の中で描いたんですよね?」

「うん。外から見たらこんな感じかなって」


 どうやらジャンマリオは見ながら描くタイプの画家ではなく、見てイメージを固めた後に想像を膨らませて描くタイプであるらしい。


「でも本当に似てますよ! ね、キリルもそう思いませんか? キリル?」


 モニカがスケッチブックをキリルに見せる。


「……ああ、そうだな」


 気のない返事をするキリルはルブロイスを出発してからずっと静かで、モニカも気にしているようだ。


 ドレスラー卿の後見については、昨晩のうちにキリルに伝えた。少し考えたいと言ったキリルだったが、モニカの様子を見る限り、キリルからは何も相談されていないのだろう。


 ドレスラー卿は後見の条件をいくつか挙げたのだが、中でも一番キリルを悩ませているのはルブロイスに滞在しなければならないということだろう。


「もともとルブロイスは保養地で静養に来る者も多いのです。そういう者たちを勇気づけるために、冬の間だけでもルブロイスに滞在して演奏してほしいのです」


 ドレスラー卿の言葉だ。私としてはよい話だと思う。


 キリルをデビューさせようと考えている私だが、ドレスラー卿の条件ならばフルーテガルトで行う演奏会に出演させることも可能だ。


 それに、フルーテガルトでは冬の間は特にキリルは練習以外にすることがないというのもある。ジゼルの代わりにフルーテガルトの女性を雇うことになっているから事務仕事もあまりないし、せいぜいが譜起こしだが、タブレットに入っているピアノ曲はほとんど譜起こし済みでもあった。


 さらに言えば、ルブロイスの出張所をキリルに任せてもいいという心積もりもある。もちろん本人の意思が第一ではあるが。


 カーテンが開けられた馬車の進行方向を眺めてそんなことを考えていると、視界に馬が入り込む。


「そろそろ休憩にしよう」


 外から声を掛けて来たのはギルベルト様だ。


 ギルベルト様は護衛さんたちと共に騎乗して馬車を先導していたのだ。もちろんディルク師匠も一緒だ。


「ディルク師匠! 休憩中に特訓をお願いします!」


 馬車を停めて休憩に入ると、私はディルク師匠に声を掛ける。


「アマネ殿、それでは休憩になりませんぞ」

「でも今朝は早かったので筋トレできてないのです……」


 早起きに失敗した上、髪を爆発させた私には筋トレする余裕などなかったのだ。だが3日坊主にはしたくない。


「では、休憩が終わったら馬に乗られてみてはどうですかな?」

「えっ、よろしいのですか?」


 実を言うと乗りたいなと思っていた私は大喜びだ。


「ギルベルト様も私と共に馬車にお乗りください」

「まったく、ディルクまで僕を年寄り扱いするのかい? まあいいさ。先は長いからね」


 ディルク師匠に言われてギルベルト様が肩を竦める。


「一人では駄目だ。俺も乗る」

「まあ、それはしょうがないかな。まだ私じゃ思った方向に動かせないし……」


 馬を操るのはとても難しいのだ。自転車みたいにうまくはいかない。


「では、ギルベルト様の馬は私が乗りましょうか。ギルベルト様、よろしいでしょうか?」

「構わないよ」


 頭上で交わされる会話に目を白黒させる。


「えっ、アロイスは馬に乗れるんですか?」


 ラウロが乗るだろうと予測していた私は初めて知る事実に面食らう。だって、私がエルヴェシュタイン城の前庭で練習している時にも、そんな話はしていなかったのだ。


「田舎町の出身ですからね。子どもの頃は馬の世話をして小遣いを稼いだものです」

「そうなんですか……でも子どもだったら乗せてもらえなかったのでは?」


 私の問いにアロイスは片目を瞑るのみだ。もしかすると、大人に内緒でこっそり乗っていたのかもしれない。


「そろそろ出発しようか」


 ギルベルト様の声で私たちは立ち上がる。


 ユリウスの手を借りて馬車に乗り上げると、視界がぐんと高くなって気持ちも上向く。


 見上げれば空は高くて秋になったのだなと実感する。この山には木が少ないから紅葉している様子は見られないが、草原は幾分か黄色がかって見える。


「よそ見をすると落ちるぞ」


 ユリウスに注意されて前を見ると馬が動き出す。先頭はギルベルト様の護衛さん、アロイスがその後に続き、私たちは最後尾だ。


「ねえ、そういえばルブロイスのフライ・ハイムはどんなだったの?」


 馬に揺られながら私は雑談を仕掛ける。ユリウスはローマンについて調べるためにフライ・ハイムに行ったが、私は行っていないのだ。


「テンブルグと似たようなものだ」

「フランクみたいな管理人がいるの? それとも王都みたいに渡り人が管理人?」

「渡り人ではないと言っていた。名前は確か……ファビアンだったな」

「ファビアンさんかあ……ヴァノーネにもフライ・ハイムはあるよね?」

「ああ。フィンがそう言っていたな」


 王都のフライ・ハイム管理人はフィン、テンブルグはフランク、そしてルブロイスがファビアンということは。


「ヴァノーネの管理人さんも、名前の頭文字がFだったりして」


 まさかねと笑う。いくらフライ・ハイムの頭文字がFだからって、管理人の名前にまでFがつくなんてそんな偶然そうそうあるはずがない。


「フランコ、フロリアーノ、フラヴィアーノ……他に何かあるかな?」

「フランチェスコ、フェルモ、フェデリーゴとかか?」

「うは~、いっぱいあるね!」


 珍しく冗談に乗っかるユリウスに私は上機嫌で浮かれた。


「ヴァノーネに着くのが楽しみー! うわあっ」

「こらっ、暴れるな!」


 両手を上げて歓声を上げた私はバランスを崩してユリウスに抱えられる。それに驚いた馬が方向転換した。


「アマネさん――」


 振り返ったアロイスの焦った顔が、視界の隅で回転した。


「わわ、ひゃあっ!」


 遠心力で私たちは馬から草地へ振り落とされてしまった。それほど衝撃を感じなかったのは、ユリウスが庇ってくれたおかげだ。


「ユリウスごめんっ! だ、大丈夫!?」

「ああ、問題ないが……」


 私の下敷きになったユリウスは周囲を見渡して呆然と呟く。


「ここはどこだ?」


 私たちの目の前には深い森が広がっていた。


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