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旅芸人一座

「アマネ先生! シュヴァルツさんたちの興行を見てみたいです!」


 好奇心いっぱいの目を輝かせてモニカが言う。


 ホーエンローエの館から戻った翌日、興業のためにルブロイスへ向かうというシュヴァルツが率いる旅芸人たちガニマール一座と合流した私たちは山に入った。


 ルブロイスに向かう山はノイマールグントの南側に広がる山脈の一部になっているが、森がほとんどなくて岩がぽつぽつと散らばる草地の方が圧倒的に多い。おかげで見晴らしが良く目に楽しい道程となった。


 昼までもう少しという頃にその広い草地で休憩に入った私たちは、昼食ついでにこうしてシュヴァルツたち一行と交流を深めているのだ。


「じゃ、特等席を用意しねえとな」


 パチリと片目を閉じるシュヴァルツは、そういう仕草が良く似合う青年だ。ユリウスやヴィムと同い年だという彼は、ユリウスに言わせると踏み込みすぎずちょうど良い距離を保つ如才ない人物であるらしい。


「音楽家さんの前で歌うなんて、緊張しちゃうわ」


 肩を竦めるのはアンナという少女だ。


「はは! だよね。でも、普段通りやるだけさ」


 快活に笑うのがリリィだ。アンナとリリィは一座に所属する歌手兼踊り子だという。二人とも一座ではアイドル的な存在で、各地にファンがいるらしい。


 彼女たちは1年ほど前に、ノイマールグントの北側の領地ヴェルリッツで興行していた時、自ら売り込んで来たそうで、家族の了承を得るならばという条件付きで一座の仲間入りを果たしたという。アンナが15歳、リリィが17歳と2歳違いだが、どちらかと言えばアンナの方が大人っぽいというか色っぽい。まあ、どちらも各地で人気だというのも頷けるほど美人さんであるのは間違いないのだけれど。


「アマネたちはルブロイスにどのくらい滞在するんだ?」

「到着してから6日目の朝に出発する予定です」

「ふーん。なら間に合うかな」


 シュヴァルツたちはルブロイス入りした後に興行の許可をもらうそうだ。そのため、早くても開催は4、5日後くらいになるのだという。


「アマネ先生も一緒に行きましょうね!」

「そうですね。出張レッスンもありますけど、合間に見に行きましょうか」


 テンブルグと同じようにルブロイスでも貴族たちを回る予定になっている。南側はダヴィデが回る予定で私たちが出発した後に王都から南下しているはずだが、ルブロイスまで行くのは日程的に厳しいと零していたため、私たちが回ることになったのだ。


 ちなみにこれもまゆりさんのお達しだ。彼女は音楽教室や演奏会の宣伝に余念がなく、チラシもどっさり持たされたし、各地の有力貴族について調べたまゆりノートも持たされている。更に言うと、テオからは各地の特産品についての調査シートを持たされたのだが、道の駅の参考にしたいのだろう。


「本当は全員で来たかったですけど」

「でもでもっ、クリストフさんが来たら、一緒にお風呂に入りたがって大変ですよ!」


 そういえばそんなこともあったなと思い出す。あの時はモニカはまだフルーテガルトに来てなかったはずだが、誰かに聞いたのか、それともクリストフ本人が言ったのか、いずれにしても教育的指導が必要だ。


「でも、温泉は……入れませんから……」


 ルブロイスの温泉は、すでに入れないことが決定していた。楽しみにしていた私はガックリと肩を落とす。


「ルブロイスの温泉? 確か、混浴だったよな」


 シュヴァルツの言う通り、ルブロイスの温泉は残念なことに混浴だった。まあ、想定していなかったわけではない。だが、混浴と言っても日本のように素っ裸で入るのではないし、私としては当然入る気満々だったのだが、男性陣全員に止められてしまったのだ。どうしても入るというならば部屋に監禁するとまで言われたので諦めるしかなかったのだった。


「あっ、何かいます!」


 唐突にモニカが遠くを指差す。つられて視線を向ければ、ちょこちょこと動く両手で抱えられそうなサイズの茶色い塊がいた。ウサギよりは少し大きいだろうか。モフモフがかわいいなと和みながら見ていると、ひゅんと何かが飛んでいく。


「え?」


 モフモフがパタリと倒れる。


「よっしゃ! 捕まえるぞ」


 シュヴァルツがそう言うと、周りにいた男たちがモフモフ目掛けて走って行く。


「あ、あの……今、一体何が……?」

「シュヴァルツはダーツの達人なのよ。今のは小石だけど」

「あの動物は『マルモ』だよ。芸を仕込むことができるんだ」


 戸惑う私にアンナとリリィが苦笑しながら教えてくれる。


「捕まえたぜ! ほらよ」


 旅芸人の男が抱えてきた動物を恐る恐る覗き込めば、特に血などは流れておらず、くたりと気絶している動物がいた。


「これって、マーモット……?」


 動物園で遠くからしか見たことがないからあまり詳しくはないけれど。そういえばゲーテがマーモットに芸を仕込む旅芸人の詩を書いており、ベートーヴェンがそれに曲を付けた『マーモット』という歌曲があった。マルモとマーモットは同じ動物なのかもしれない。


「マルモは人懐こくてかわいいんだけど、鳴き声がすごいのよねぇ」


 アンナが気怠そうに微笑む。


「だから一撃で気絶させねえと恐ろしいことになるんだ」

「鳴き声ではなく悲鳴だ。仲間に危険を知らせるためだと言われている」


 シュヴァルツの狼藉に眉を顰めたラウロが訂正する。可愛らしく人懐こい動物は、この辺りに住む者にとっては馴染みがあるのだろう。ぐったりしている様子を見て気分が良いはずがない。


「お、あっちにも変なのがいるな。あれってヤギか?」


 ラウロの言葉をまったく気にしていない様子のシュヴァルツが動物園にいる子どもみたいにはしゃいで指を差す。


「わわっ、すごい! どこに足場が?」


 垂直に切り立つ崖に、立派な2本の角を持つ薄茶のヤギのような動物が立っている。


「イルベを捕まえるのは駄目だ!」


 珍しくラウロが声を荒げる。どうやらヤギのような動物は『イルベ』というらしい。


「ふーん、なんでだ?」


 シュヴァルツが問い掛けるとラウロは怖い顔で睨みつける。


「数が減っているからだ」

「んじゃ、我慢するしかねえな」


 こだわりはないのか、シュヴァルツはニカリとラウロに笑みを向けた。


「どうして数が減ってるんでしょう?」

「イルベは角に薬効があるらしいよ。乱獲されたんだろうね」


 私の疑問に答えたのはリリィだ。生きているイルベを見るのは初めてだが、角が売買されているのは見たことがあるという。


「ところで、先ほどのマルモはどうするんですか? 起きたら鳴くのでは?」

「まあな。檻に入れて毛布を巻き付けるしかねえな」


 シュヴァルツが手を開いてポンと檻を出す。たぶん魔力で作ったのだろう。


「あの手品、未だに仕掛けがわからないのよねぇ」

「絶対に教えてくれないんだもん」


 アンナが言うとリリィが可愛らしく口を尖らせる。どうやらシュヴァルツの魔力は手品ということになっているらしい。旅芸人であることを隠れ蓑に使うなんてよく考えたものだ。


「だいたいシュヴァルツは秘密主義すぎるんだよ」

「そうねぇ。本名も出身地も教えてくれないものねぇ」


 こそこそと話す少女たちにシュヴァルツは苦笑する。


「おいおい。そんなに俺のことが知りてえのか?」

「そういうわけじゃないよ。でも、なんかさぁ……」

「そういう時はみずくさいっていうのよ」


 年下のアンナがリリィに言葉を教えているのが微笑ましい。


「ふふ、ガニマール一座というからには、姓はガニマールではないのですか?」

「いや、それは前の座長の姓だな」

「ふうん。でも、名前くらい教えてあげても良いのでは?」


 私がそう言うと、何かを思いついたのかシュヴァルツがニヤリと笑う。


「実はな――――俺こそが世間を騒がす大悪党! 怪盗ノワールだ!!」


 ポーズを決めるシュヴァルツだが、アンナとリリィは呆れている様子だ。


「また、そのネタ?」

「もう飽きちゃったわよ」

「なんだよ。ノリが悪いな」


 二人の様子にシュヴァルツは大して気にした風でもなく言う。そんな彼らの様子を見て私とモニカは顔を見合わせる。


「怪盗ノワールって何でしょうね?」

「初めて聞きました!」


 モニカが少女たちに教えてくれとせがむ。


「最近ヤンクールを騒がせている怪盗だよ。金持ってる奴らからお宝を奪って貧しい者たちに分け与えてるんだって」

「最近って言っても、ここ1年は動きがないみたいなのよ」

「へえ、義賊みたいなものでしょうか」


 そういえばリシャールがそんな話をしていたことを思い出す。


「そんないいモンじゃないと思うけどね。だって、結局はコソ泥じゃん?」

「そうねぇ。でも、ちょっと危険な香りがしなぁい?」

「えー、アタシはもっと堅実なオトコがいいなあ。あの商人さんとか、カッコよくない?」

「私は青い目の人が素敵だと思うわぁ。ヴァイオリニストって言ってたわよねぇ」


 思わぬ方向に話が転がり、どうコメントしたものか戸惑っているとシュヴァルツが助け舟を出してくれる。


「ガキがませた話してんじゃねーよ。ほら、そろそろ出発の準備をしろ」

「はぁーい」

「私も手伝わないと!」


 モニカも含めた三人が馬車に走って行く。ヴィムがラウロを呼ぶ声が聞こえ、ラウロも小走りで行ってしまうと、俺たちも行くかとシュヴァルツが檻を持って歩き出す。


「あ、そうだ。アマネ」


 後に続いて歩いていると、途中で立ち止まったシュヴァルツが私を振り返る。綺麗なアースアイが陽光を反射してきらりと光る。


「ご褒美、期待してるぜ?」


 ニヤリと笑うシュヴァルツを見て、私はそっと視線を逸らしたのだった。


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