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拉致事件の顛末

「アマネ、ここに座れ」


 怖い顔をしたユリウスが自分の膝を叩く。


「私、ちっちゃい子じゃないんだよ……」


 さすがにこの年でお膝抱っこは世間様に申し訳ないと思った私は口を尖らせる。


 そろりとユリウスの膝に横向きに腰かける。この流れはお説教コースかなと諦めた私が謝罪を口にしようとすると、ぎゅうと抱き込まれた。


「どうしたの?」


 はあ、と大きなため息が聞こえて首を傾げれば鼻を摘ままれる。


「どうしたのではない。まったくお前は……何故そうも狙われるのだ?」


 それは私も知りたい。元の世界では巻き込まれ体質ではなかったはずなのだが。


「でも、今回はわかっていたんでしょう?」


 私は聞かされていなかったけれど、ユリウスはそろそろリシャールが動き出すだろうと予測して手を打っていたとラウロに聞いた。


「わかっていたとして、心配しないはずがないだろう」

「……うん、ごめん」


 今回の件について私はあまり悪くなかったと思うが、心配をかけてしまったのだからと謝罪すれば額にユリウスの唇が落とされた。


 なんだかすごく久しぶりな気がする。離れていたのは一晩だけだというのに、ユリウスの温もりが懐かしく感じられ、鼻の奥がつんとする。


「リシャールさん、ちょっと可哀そうだったね」


 いちゃいちゃタイムの後、他の男の名を口にする私にユリウスの鋭い視線が刺さる。


「十分すぎるほど賠償金は置いてきた。後は勝手に直すだろうから問題ない」


 エドを庇って土の壁を出現させたリシャールは、ラウロを指差して言ったのだ。


「屋敷を丸焦げにする気か!? 早うその火を消せ!!」


 暗くて見えなかったけれど、ラウロとエドの対決現場は血こそ流れていないものの酷い有様であることは十分察せられた。加えて私がいた部屋の窓も、居間も推して知るべしだ。


「賠償金はこちらで持つ。修理の手配はそちらでするように」


 悲嘆にくれるリシャールの前に颯爽と現れたユリウスは、それだけ言うと小切手を切り取って押し付けた。


「でも、ユリウスってばいつからあそこにいたの?」

「午前からいたぞ。お前の演奏も聞いた」

「えっ、調律の音が聴こえたけど、もしかしてユリウスが?」

「そうだ」


 ならばさっさと助けてくれればよかったのにと私は口を尖らせる。


「ラウロとエドは決着を付けるべきだっただろう?」

「……あれで良かったのかな?」


 ラウロにとっては良いことだったと思う。スッキリした顔をしていたし、護衛を辞めるという話も彼の中では決着がついたらしく、あの話はなかったことにしてくれと言っていた。だが、エドにとってはどうだったのか、私にはわからない。


 あの対決の後、どこからともなくドロフェイとミケさんが現れたのだが、ミケさんは大層ご立腹だった。


「女の子を縛るために魔力を使うなんて、エドワード君には教育的指導が必要だね」


 そう言ってミケさんはエドを縛り上げて連れて行ってしまった。男を縛るのは問題ないらしい。一緒に来たはずのドロフェイは置いてけぼりを食らったわけだけど、肩を竦めるだけで特にコメントはなかった。


「そういえば、ドロフェイもミケさんもいつからあの場にいたのかわかんないんだよね」

「ドロフェイはオーブリーを足止めしていた。ミケリーノについては……看護係と言っていたが……」


 ユリウスの話ではミケさんは看護係に立候補したらしいのだが、風の加護にそういった力があるのかなと思って聞けば目を逸らされてしまった。


「みんなの活躍が聞きたい!」


 ラウロの活躍は見ていたけれど他の人たちが何をしていたのかよくわかっていないのだ。


「ピアノの音は? どんな仕掛けだったの?」

「あれはアロイスの魔力の結晶を使ったのだ。ピアノの修理を装って俺が仕掛けておいた」


 アロイスは夜になってから居間の窓に近づき、仕掛けてあった魔力の結晶を動かしてピアノの蓋を開けたそうだ。


「薄く伸ばして蓋の裏側に仕掛けたのだが、気付かなかったか?」

「午後に演奏した時は、そんな仕掛けがあったなんて全然気が付かなかったよ」


 鍵盤の蓋を開けた後、アロイスはいくつかの小さな結晶を鍵盤の上で舞わせたのだという。音を不審に思ったエドが居間に顔を出すと、アロイスは私の部屋の外に移動して魔力の結晶をクッション替わりにしてくれたそうだ。


「あんなに大きいのも作れちゃうんだね」

「クッションにするだけならば、多くの魔力が必要というわけではないと言っていた」


 ジラルドのところで学ぶうちに身につけたのかと思ったら、なんとドロフェイがやり方のコツを伝授したらしい。ドロフェイがアロイスに指導するなんてちょっと想像できない。


「シュヴァルツさんだっけ? あの人はどんなことをしたの?」

「土の加護持ちであることは聞いているな? あの男はアロイスと共に潜み、エドが居間に入ったタイミングで扉と窓を封鎖したのだ」


 シュヴァルツは土の加護を持っているが、土を扱うよりも石や鉱物を扱う方が得意なのだという。それに加え、彼は魔法陣を使うそうだ。前もってユリウスが仕掛けた魔法陣を窓の外から作動させたのだという。


「なんか一気に加護持ちの知り合いが増えちゃったね」


 指折り数えてみれば知人の中に加護持ちが7人もいる。


「他は2人ずつだけど、火の加護持ちはゲロルト一人だよね」

「聞いてないのか? ラウロが立候補するらしいぞ」

「えっ、聞いてないよ!?」


 ラウロがエドとの対決で使った火の魔力はアーベルからもらった腕輪によるものだったが、ラウロは火の加護を得たいと希望しているらしい。


「でも……加護を得るなんて、簡単に決めて良いことじゃないよね……」

「まあ、そうだな。だが、簡単に決めたわけではないだろう。アレは俺やアロイスのことを見てきたのだから」


 そうは言っても私は心配だ。だって、なんだか私が魔力の道に引き摺り込んでしまったような気がするのだ。


 後で説得しなくちゃ、と決意する私にユリウスが問い掛ける。


「お前の方はどうだったのだ?」

「あれ? ユリウスは演奏を聞いていたんだよね?」

「聞いてはいたが、話は聞いていない」


 屋敷内に身を潜めていたユリウスは、誰かが訪ねて来たことはわかっていたものの、ラマディエ侯爵とリオネル将軍の姿は見ることができなかったそうだ。


「リオネル将軍はあの館にまだいたのか……」

「うん。ラマディエ侯爵は帰ったみたいだけど」

「ならば、窓から見ていたのはリオネル将軍だろうな」


 私は気が付かなかったのだが、ラウロとエドの戦いを窓から伺い見ていた者がいたらしい。まあ、あれだけ派手な音を出していたのだから仕方がないが、もしかするとリシャールが魔力を使ったところも見られたかもしれない。


「案ずることはない。ヤンクールにはノイマールグントのような徴兵制度はない」


 そういえばヤンクールには王立の軍学校があると聞いた。リオネル将軍の伝説っぽい話もそこで生まれたものだった。


「ラマディエ侯爵は確か王と市民の意見の調整役をしていると聞いた」

「オーブリー君もそんな感じのことを言ってたよ。中立なんだって」


 板挟みになっているとも言っていた。


「だが、あの館の持ち主はホーエンローエだ。ラマディエ侯爵とホーエンローエが繋がっているということになるな」

「そうだったの?」


 考えてみれば国境近くとはいえあそこはノイマールグントだ。そう簡単に他国の者が立派な屋敷を建てられるはずがない。


「ホーエンローエは子どもをグーディメル商会に嫁がせたってゲロルトが言ってたよね。グーディメル商会はラマディエ侯爵の協力者だってオーブリー君が言っていたから、繋がりがあってもおかしくないよね」

「それはアルフォードからも聞いている。だが、ホーエンローエが中立のラマディエ侯爵に手を貸す理由はないはずだ。そこが腑に落ちんな」


 ユリウスが言うには、グーディメル商会がラマディエ侯爵の協力者ではなくヤンクールの王と繋がりがあるならば、まだ理屈が通るという。


「ホーエンローエは小領地に囲まれた大領地だ。ヤンクールの王と組んでノイマールグントの王位を狙うということならあり得ぬ話ではない」

「そんな大それたことを考えちゃうの?」


 物騒すぎる話に顔を顰める。もし、ホーエンローエがノイマールグントの国主になったらどうなるのだろう? エルヴィン陛下ももちろん心配だが、民の生活が変わったりするのだろうか?


「ホーエンローエが治めるリュッケンには今も農奴がいる」


 王領地やテンブルグなどの大領地では職業選択の自由が認められている。だが、リュッケン領では未だに自由に仕事を選べないのだという。


「リュッケン領は領主の直営農場が九割を超える」


 農民に限らずその土地に暮らす者から賦役や税を徴収するのはどこでもやっていることだが、王領地やテンブルグ、ルブロイスなどは九割方は領民保有地になっているそうだ。そのため、賦役も税も少なく支配関係が緩いし、民による土地の売買や譲渡が可能なのだという。土地に縛られることがないから職業を自由に選べるわけだ。


「じゃあ、もしホーエンローエが王になったら……」


 ノイマールグント全体がリュッケン領のようになる可能性が高いということだろう。


「案ずることは無い。そうならぬようアーレルスマイアー侯爵が目を光らせている」

「うん。エルヴィン陛下もいるもんね」


 それに、リシャールに聞いたヤンクールの情勢を考えれば、万が一ホーエンローエが王になったとしても簡単に民をないがしろには出来ないはずだ。


「ああ、そっか。だからホーエンローエがラマディエ侯爵の味方をするのはおかしいんだね」

「そういうことだ。ヤンクールの民に肩入れしておきながら、自国の民をないがしろには出来ないからな」


 だが、そうだとすれば、ホーエンローエは何故ラマディエ侯爵に協力しているグーディメル商会と手を結んでいるのだろう。


 ゲロルトはホーエンローエがグーディメル商会に妾腹の娘を嫁に出したと言っていた。グーディメル商会とラマディエ侯爵の繋がりは知っているのだろうか。


 もっと詳しく話を聞いておけばよかったと、私は後悔した。



申し訳ございません。一旦更新をストップいたします。

詳細については2019.03.07の活動報告に掲載しております。

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