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脱出と対決

 その夜、エドはアマネの部屋の前にいた。


 その日の昼過ぎに訪れたリオネル将軍は、この館で一泊した後にヤンクールに戻る予定だと聞いているが、アマネを気に入ったようだと聞いた。つまり、まだ終わったわけではないのだ。


 可能ならば早めに帰してやりたいとエドは扉を見つめながら思う。アマネのくるくると変わる表情は見ていて飽きないが、眉尻を下げた困り顔だけはエドが苦手とするものだった。どうにも罪悪感が湧いて良くないなとエドは独り言ちる。


 辺りはひっそりと静まっており物音一つしない。アマネは既に眠ってしまったようだ。エドがそう考えた時、小さな音が聞こえてきた。


(なんだ……? ピアノの音か……?)


 ポロン、ポロン、と旋律を奏でるでもなく無作為にぶつ切りの音が鳴っている。居間は既に灯りが落とされており誰もいないはずだった。


(まさか……な……)


 嫌な予感がしたエドは懐から鍵を取り出す。小さくノックをするが誰何の声はない。焦ったエドは施錠を解いて扉を開ける。


 部屋の中は特に変わった様子はない。寝台が少し盛り上がっているのが見えて近付いてみるとマヌケな寝顔が見えた。


 安堵するエドだったがピアノの音はまだ続いている。扉を施錠し直して今度は居間へと急ぐ。


 息せき切って居間の扉を開けると、出窓から入る月明かりがピアノを照らしていた。閉めてあったはずの蓋が開いており、うっすらと青い小石のようなものが鍵盤の上を舞うように飛び跳ねている。


(なんだアレは……?)


 ピアノに向かって一歩足を踏み出す。


 その瞬間、エドは背中に風圧を感じた。


「っ、しまった!」


 振り返ると開けてあったはずの扉が大きな岩で塞がれている。瞬時に窓から脱出しようと踵を返せば、今度は窓に岩が現れた。


「土の魔力か……まさか……、ぐっ」


 次の瞬間、エドは全身に灼熱を感じて膝を着く。


「火の……魔力……っ、いったい誰が……っ」


 唇を噛み締めるエドに答えをくれる者はいなかった。











 カチリ、とカギが掛かる音が聞こえ、私はうっすらと目を開けた。


 エドが見回りに来るかもしれないからとタヌキ寝入りの練習をさせられたのは昨晩だ。


「この計画はおねえさんのタヌキ寝入りの腕にかかってるんだよ!」


『だっしゅつけいかく』を伝えに来たアルフォードはそう力説し、私の寝顔を真似てみせた。あんなマヌケな顔をしているはずはないと思ったが、半信半疑でやってみればエドはすっかり騙されたようで罪悪感よりも脱力感を感じてしまう。あんなマヌケ面をユリウスに晒していたなんてガッカリ過ぎる。


「おねえさん、ぼんやりしてちゃだめだよ!」

「わかってるけど、とりあえず私がすることってないんだよね」


 もぞもぞと布団から抜け出す私は着替えもすでに終わっており、靴を履いて巾着リュックを背負えば準備完了だ。


「おねえさん、のんびりしすぎ!」

「そんなこと言ったって……」


 こそこそとアルフォードと言い合っていると、窓の方からカサリと音がする。


「来たよ! おねえさん、窓から離れないとダメだよ!」

「はいはい」


 よっこらせと移動すれば窓の外に蔦の間から顔を出したラウロが見えた。目が合うと別れたのは昨日だというのになんだか懐かしさが込み上げる。


 移動した私を目視したラウロは腕輪を蔦に押し付けた。


 赤銅色が鈍く光る。


 ボッ、と音がして、蔦が一気に灰になる。パリン、と割れる音と同時に窓ガラスが部屋の中に落ちてきた。


「急げ!」

「うん」


 大きい破片を踏まないように注意しながらラウロが伸ばした腕に飛び付く。この部屋が三階にあるのは承知しているけれど、ラウロがいるなら大丈夫だ。そんな根拠のない自信が私を動かす。


「目を閉じていろ」


 その声にぎゅっと目をつぶると全身に風を感じる。落ちている、という感覚に身が竦んだが腹に回ったラウロの手に力が籠るのを感じたら、少しだけ恐怖が治まった。


 ぽよんと身が沈むのを感じておそるおそる目を開くと、安堵の表情を浮かべたアロイスがそこにいた。


「アマネさん、無事で良かった……」

「うんっ、アロイスも」


 どうにも胸が詰まるけれど、ガラガラと何かが崩れるような大きな音が聞こえて肩が跳ねる。


「急ぐぞ!」


 ラウロの肩に担がれると同時に、金色の影が屋敷から飛び出して来るのが見えた。


「やってくれたな」


 エドだ! そう思った時には、私は荷物のようにアロイスに手渡されていた。


「ラウロっ」

「先に行け」

「嫌っ!」


 また離れ離れになるなんて絶対に嫌だ!


 そう叫ぶのに、私を横抱きにしたアロイスは走り出してしまう。


「やだっ! 下ろして!!」

「ダメです。聞きわけて下さい」

「お願いっ、アロイス! 後でお仕置きしてもいいから!」


 咄嗟に飛び出た言葉だったが、アロイスのスピードが少し落ちた。イケると思った私は更に煽る。


「ご、ご褒美もつけるから!」


 ついにアロイスの足が止まる。チョロい! でも早まったかも!?


 そんな思いが頭を過りつつも振り返れば、ラウロとエドが対峙しているのが見えた。いつの間にか結構な距離が出来ていたが、月灯りが視界を助けてくれる。


「ここで見るだけです。近寄らないとお約束ください」


 その言葉に頷けば、アロイスは私をその場に下ろした。


「ご褒美ってのは俺ももらえるのかね?」


 ふいにくつくつと笑う声が聞こえる。私はその内容よりも音や気配を全く感じなかったことに驚く。


「誰?」

「シュヴァルツだ。姫君におかれましてはご無事で何よりです」


 芝居がかったお辞儀をするその男は不思議な目を持っている。


「後で説明します」


 視線でアロイスに問い掛ければ、気まずそうに逸らされてしまった。


 ゴウ、という風の音が聞こえ、対峙する二人に目を向ければエドの手が淡く光っているのが見えた。蔦がひゅんひゅんと闇を裂きながらラウロに襲い掛かる。


 ラウロがぐるぐる巻きにされちゃう! と知らず拳に力が入る。ラウロは難無く身を翻すものの、蔦は次々とラウロに襲い掛かる。


 ピシリ、と肌を裂く嫌な音が聞こえ、ついにラウロの体に蔦が巻き付く。


 思わずぎゅっと目を瞑った時、ドンッ という大きな音と共に頬を焦がすような熱を感じた。


 ラウロを見て目を疑う。


「燃えてる……っ」


 ラウロの全身を火が覆っている。蔦は燃えてしまったのか跡形もない。凝視する私はラウロの腕らしき場所に鈍く光るものを見つける。


「や、火傷しちゃうっ」

「問題ありませんよ。そうならないようにドロフェイと特訓していましたから」

「特訓? ラウロが?」

「ええ。ドロフェイによれば風は火に弱いそうです。ほら、見てください」


 アロイスが指さす方を見れば、苦しそうに顔を歪めたエドが膝を着いていた。


 ラウロが一歩ずつエドに近づく。


 エドが近付くなと言うように手のひらをラウロに翳す。すると、ラウロを覆う炎が一層大きくなった。


「あーあ、風を吹き付けたら余計に燃えちまうだろうに」


 隣から暢気な声が聞こえる。


 少しずつラウロとエドの距離が縮まっていき、やがて手が届くほどになる。ラウロがエドに手を伸ばす。エドは苦しげな表情のまま、身動きもせずにラウロを見ている。


「もう、やめえ!」


 悲鳴のようなリシャールの声が聞こえると同時に、エドの前に大きな土の壁が現れた。











 その頃、ドロフェイは困惑していた。


「ハーベルミューラの君ですね」


 目の前でニコニコと笑顔を振りまく青年は、ドロフェイの予想よりも若干若い。


「すみません。ジーグルーンを無断で連れ出してしまって」

「許しがたい蛮行だ」


 睥睨するドロフェイにオーブリーは憶することなく笑う。


「申し訳ありません。ですが、加護持ちと僕がいて危険な目に合わせるはずなどありましょうか」

「キミはことの重大さがわかっていないようだ。引き継ぎは為されなかったのかい?」


 不機嫌を隠そうともしないドロフェイの言葉にオーブリーは首を傾げる。


「引き継がれていますが……何か問題でも?」


 オーブリーの様子にドロフェイはため息を吐きたくなった。


「ジーグルーンについてはそれ相応の報いを受けてもらうけれど、まずは忘れ物を渡そうか」


 ドロフェイが空を掴んで掌を開くと、そこには小さな水晶が埋め込まれた指輪があった。


「それは……?」

「キミが引き取りに来るはずだったのだけど、やはり引き継がれてないようだ、ね」


 心当たりがない様子のオーブリーを見てドロフェイは歯噛みする。自分を巻き込んでおいてのこの体たらくだ。オーブリーに言っても仕方がないことではあったが、今日でお役御免だと考えていたドロフェイの算段が狂ってしまう。


「強引すぎる方法を取った影響なのだろう、ね」


 ドロフェイとてその可能性を考えなかったわけではない。最初にその話を聞いた時、どこかに歪みが出るだろうとドロフェイは反対したのだ。


「僕が聞いているのは、これをクラウネミューラの泉に捧げるということだけだ」

「そうですか……ですが、僕は泉を見つけられないかもしれません」


 視線を落とすオーブリーに、ドロフェイはついにため息を落とす。


「僕に言われても困るのだけど」


 使者にはそれぞれ守るべきものがある。だが、他の干渉を防ぐためなのか、守るべきものについての情報はそれぞれの使者にしか引き継がれないのだ。


「わかっております。ですが、僕には魔力が足りていない気がするのです。あなたのおっしゃる通り、引ぎ継ぎが不十分だったせいかもしれません」


 確かにオーブリーは他の使者に比べて若い。引ぎ継ぎが十分に為されていないことももちろん影響があるのだろうが、ここ数百年でこの世界の魔力持ちが質量ともに減少していることも無関係ではないだろうとドロフェイは考える。


「引き継いだ情報の中に力を満たす方法はないのかい?」


 そういう方法が他の使者にあるのかは知らないが、水に関して言えば魔力の底上げをする裏技のような方法がある。それこそがドロフェイがゲロルトと共にいた理由でもあった。


「無いわけではありません。水は感情ですよね。ですが、土の場合は……」

「ふうん。命に関係していると?」

「ええ。あまり人道的な方法ではありません」


 オーブリーの言葉にドロフェイは眉を顰める。


「土が人道的だったことなどないと思うけれど?」

「人にとってはそうとも言えるでしょう。ですが、多くのために少しを犠牲にすることは常ではありませんか。結局、ジーグルーンもそういったものでしょう?」


 ドロフェイには耳の痛い話ではあった。オーブリーの言うことはある意味正しい。自分たち使者の役割は、多かれ少なかれそういった面があるのだ。賭けに負け続けているのはドロフェイにしてみれば最大限の譲歩なのだ。


「キミの言う通りだ。僕は人道的ではないから、キミを助けるつもりはないよ」


 機嫌を損ねたドロフェイは突き放すように言い、指輪を弾いた。


「……お帰りですか?」

「外の騒ぎも治まったようだから、ね」


 飛ばされた指輪を難無く掴んだオーブリーにドロフェイは人の悪い笑みを向ける。オーブリーがその注意力の半分も自分に向けていないことに、ドロフェイはとっくに気付いていた。ジーグルーンを守るために彼らが暴れまわっていることを思い出せば、ドロフェイの下降した機嫌が少しばかり上向く。


「クライマックスを書くのはキミの役割だ。僕は観客に徹して劇的なエンディングを期待するだけさ」


 そう言いつつも芝居じみたお辞儀をするドロフェイを、オーブリーは物憂げに見つめるだけだった。


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