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それぞれの事情

「アマネ様は僕が見ていますから、エドさんは休んでください」


 べっこう飴の目を持つ青年が、扉を開いてエドに退室を促す。


「あの……」

「アマネ様、リシャールさんは少し手が離せないので、僕とお話ししましょうか」


 エドが無言で出て行くと、その青年は私が座るソファの真向かいに納まった。


「ええと……」

「何でも聞いてください」


 とろんとした甘そうな目に調子を狂わされるが、私は気になって仕方がないことから聞くことにする。


「あなたは……オーブリー君でしょう?」


 質問というよりも確認だった。彼の目の色はオーブリーと同じだったし、髪の色も髪形も同じだ。


「ふふ、わかりますか?」

「いつの間にそんなに大きくなっちゃったんです?」


 悪戯が成功したようにオーブリーは笑う。ここに来るまではアルフォードと同じ10歳くらいに見えたのに、今は私よりも大きくて二十歳前後に見える。つい頬を膨らませてしまうのも仕方がないのだ。


「僕は元はこの姿なのですが、リシャールさんと一緒にいる時の僕は……そうですね、分身みたいなものだと思っていただければ」

「いや、分身って……」


 分身って同じ姿を作り出すことではないのだろうか? 青年オーブリーと子どもオーブリーでは年恰好が全く違う。どう見ても私がよく知るオーブリーより目の前の成年は頭2つ分は確実に大きい。


「アマネ様は加護を持つ者が周りに多くいらっしゃるので種明かししますが、僕は土の加護を持っています」

「土の加護……? 土の加護持ちは分身が得意なのですか?」

「皆がそういうわけではないのですが、僕の場合はこういうこともできるということですね」


 オーブリーがそう言って隣を指差すと、いつの間にか空っぽだった椅子に子どもの姿のオーブリーが座っていた。


「え? ……ええっ?」


 二人のオーブリーを代わる代わる見やる私を見て青年オーブリーが説明する。


「そこにいる僕は土で作った人形みたいなものなのですよ」


 言われてみれば子どもオーブリーの目には生気がなく、表情もどことなくぼんやりとしている。


「土の加護はその名の通り土を操るのですが、命の加護とも言われています。そこにいる僕は土で出来た人形ですが、僕の命を分けると……ほら、こんな風に」


 青年オーブリーがそう言った途端、子どもオーブリーがニコリと笑った。


「わ、動いた!」


 驚く私を余所に、青年オーブリーは子どもオーブリーに「お茶を持ってきてくれるかい」なんて話しかけている。


「その……今の子どもオーブリー君は成長とかは……」

「成長はしませんよ。僕はまだ未熟なので子どもの姿しか作れませんが、もう少し力を着ければ大人の僕や老人の僕を作ることができるようですね」


 つまり、私が今まで見ていた子どもオーブリーは青年オーブリーに作られた人形だったということのようだ。どういう仕組みなのかはわからないが、意識は青年オーブリーと共有されているため、私のことも青年オーブリーは知っているという。


「なんかショックです……」

「そうですか? どちらも僕ですけど」


 あっけらかんと笑うオーブリーだったが、私には衝撃が強すぎてすぐには立ち直れそうにない。


「すみません、アマネ様。あまり時間がありませんので、まずはユリウス様たちのことをお話ししますね」


 オーブリーが表情を引き締めたのを見て、私は今見たことはひとまず置いておくことにした。


「エドは無事だと言っていましたが……」

「ええ、ご無事ですよ。助けに入った者がいたようです」

「そう……よかった……」


 オーブリーの言葉を聞いて心の底から安堵する。エドから無事だと聞いていたものの、どうしても疑念が拭えなかったのだ。


「でも、オーブリー君はどうしてそれを知っているのですか? エドみたいに風が報せてくれるわけではないのですよね?」

「分身を残して来ましたから」


 オーブリーはあの場に子どもオーブリーを残して来たという。どうやらオーブリーの話では、分身は複数作ることができるようだ。


「僕の魔力についてはエドさんもリシャールさんも知っています」

「そうなんですか? あ、もしかして馬を用意したのって……?」

「ええ、僕です」


 エドに連れられて行った先に囮になったはずのオーブリーがいて、馬を用意してくれていた。いつの間にそんなものを用意したのだろうと不思議に思っていたのだが、私たちが馬車に揺られている間に青年オーブリーが用意していたそうだ。だが、それが本当だとすれば、リシャールは襲撃を知っていたということになる。


「信じてもらえないかもしれませんが、あれは本当に偶然なのですよ。当初の予定では時期を見てエドさんが馬の手綱を切り、馬車が停止したところで貴女をかどわかすつもりでした」


 穏やかに微笑んでそう言うオーブリーだが、言っている内容は全く穏やかではない。かどわかすって、だいぶ力業だと思う。私の警戒心がようやく仕事をし始める。


「私をここに連れて来たのは何故ですか?」

「それはリシャールさんの事情ですね。僕やエドさんは事情があってリシャールさんに手を貸しています」

「その事情というのは……?」


 元から話すつもりがあったのか、オーブリーは特に隠す風でもなく話し始めた。


 それによれば、エドは確かにアールダム出身ではあったが、幼い頃に両親と共にヤンクールに渡ったそうだ。リシャールとはその頃からの友人だったが、風の魔力を持っていたエドは何かのはずみでリシャールの指を傷つけたことがあったという。


「今でもその指は動かないらしいのですが、僕はそれほど気にする必要はないと思うんですよね」

「そうでしょうか? でも……」


 ピアノを弾く私にとって、指が思うように動かない苛立ちはわかる。実際に怪我をしたことはないけれど、きっと慣れるまではもどかしい気持ちを抱えることになっただろう。


「エドさんはご存じないのですが、リシャールさんも土の加護を持っていますから」

「……は?」


 混乱する私にオーブリーは更なる追い打ちをかける。


「僕がリシャールさんに手を貸す理由はそれです。リシャールさんには僕の手伝いをしてもらわなければならないので、先にリシャールさんのご用を片付けてしまわなければならなかったのです」


 リシャールがオーブリーの手伝いをしなければならない? それってもしかして……


「オーブリー君は土の使者なんですかっ?」

「そういうことですね」


 思わず立ち上がる私にオーブリーは笑って言った。












「熱いので火傷しないように気を付けてくださいね」


 呆然と突っ立っている私に少しだけ驚いた表情をした子どもオーブリーは、音もたてずにカップを並べ、子どもらしい笑顔でそう言うと部屋を出て行った。


 そして、私の目の前にはべっこう飴の瞳を持つ青年がすまし顔で座っている。


「どこまでお話ししましたっけ? ああ、僕が土の使者だという話でしたね」


 平然と言うオーブリーを見て、私はなんだか驚きすぎて一周まわって馬鹿らしくなった。


「続きをお話ししても?」

「オネガイシマス」


 片言でしか返せないけれど、大丈夫。私は落ち着いているはずだ。


「アマネ様はグーディメル商会の名前を聞いたことがありますか?」


 自分に言い聞かせている私にオーブリーが問い掛ける。


「グーディメル商会……? どこかで聞いたような……?」

「ヤンクールで商売を営む大きな商会なのですが、この国の商会とも繋がりがあると聞いておりますよ」

「あっ、ユニオン!?」


 すっかり忘れていたが、グーディメル商会の名はゲロルトから聞いたのだった。確かゲロルトがヤンクール潜伏中にいた商会の名前だ。


「そういえば、リシャールさんをグーディメル商会で見かけた者がいました」

「そうでしょうね。グーディメル商会はリシャールさんと同じようにラマディエ侯爵の協力者ですから」

「ラマディエ侯爵?」


 その名前はたぶん初めて聞いたと思う。


「ラマディエ侯爵はヤンクールのお役人様です、今回アマネ様をお連れすることになったのは、グーディメル商会がラマディエ侯爵に奨めたからなのです」


 そう言われても私に心当たりはない。


「まず、ヤンクールの現状をお話ししましょうか」


 首を傾げる私を見てオーブリーは語り始める。


 それによると、今のヤンクールは市民の不満が高まっており、国王政権に反発する市民が多くいるのだという。ラマディエ侯爵は役人の中では中立派と言われており、国王と市民の間で意見の調整をする役割を担っているそうだ。


「ラマディエ侯爵は板挟みの状態ということですか?」

「そういうことですね。今のヤンクールではラマディエ侯爵は非常に危うい立場です。そこで侯爵は考えました。人気者の誰かに自分の味方になってもらえばよいのではないかと。そして侯爵にはその人気者に心当たりがありました」


 安易な考えのような気もするが、芸能人を担ぎ出して人気取りをするのは日本の政治にもよくあることだ。


「アマネ様はご存じないと思いますが、数年前に軍学校で伝説を作った若い将軍がいるのですよ」

「なるほど。軍人さんですか」


 私はオペラ歌手とかヴァイオリニストとか芸能関係の有名人なのかなと予測したが、考えてみれば軍人ならば英雄として祭り上げやすいのかもしれない。


「その方はリオネル将軍とおっしゃいまして、座学は苦手だったらしいのですが、模擬戦などの実践で頭角を現したそうです。入学早々、先輩方を圧倒したとか」

「あ、そんな感じの話はだいぶ前に聞いたような気がします」


 あれはいつだったか……貴族の若者たちがそんな話をしていたのを漏れ聞いた記憶がある。


「リオネル将軍がバーニッシュに遠征した際に大勝利を収めたのですが、ヤンクールは災害があったりで暗い話題の方が多かったので、市民が大喜びで彼を英雄視しはじめました」

「そうですか……でも、私はその方を直接知っているわけではないのですが……」


 それも一瞬漏れ聞いた程度だ。その話がどう自分に繋がってくるのか全く見当がつかない。


「リオネル将軍は……説明しにくいのですが、少し癖のある方なのです」


 オーブリーは苦笑する。


「それは置いておくとして、ラマディエ侯爵はリオネル将軍に協力を仰いだわけですが、なかなか首を縦に振ってくれないのです。そこで、アマネさんにご協力を仰いでみたらどうかとグーディメル商会が提案したそうですよ」


 協力と言われても何をしたらいいのかさっぱりわからない。戸惑う私に構わずオーブリーは続ける。


「グーディメル商会がラマディエ侯爵に提案した具体的な内容は、リシャールさんからお話があると思います」


 そう言ってオーブリーは子ども姿の分身と同じ笑顔でにっこりと笑ったのだった。


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