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テンブルグ中等学園

 マリアの学校は、テンブルグの街の中心地から少し離れた場所にあった。


 その昔、数々の武勲を立てたテンブルグの英雄と言われた人物が老後を過ごした建物を領主が買い取ったそうで、学校の周囲は広い森に囲まれている。


「のんびり過ごすには良い場所だよね」

「まあ、その英雄と謳われた人物は多くの人を招いて狩り三昧だったらしいがな」

「ふうん。だからお部屋がたくさんあるのかな?」


 学校として使うことが決まってから作られたという背の高い校門を抜けると、目の前には人口の池と彫刻、そして池の奥には等間隔に並べられた三角形のトピアリーがある。そして更に奥には広い階段の上に出入口があり、生徒たちが数人歩いているのが見えた。


「領主が買い取った時は離宮として使うつもりだったようだが、結局、数回しか使わなかったそうだ」

「もったいないですねぇ」

「建物は使わなければ傷むと聞いたことがあります」


 ユリウスの説明にモニカとキリルが意見を述べる。


「そうだな。領主もそう考えて学校として使うことにしたのだろう」


 ユリウスの説明に頷いていると、出入口から見慣れた少女が飛び出して来る。


「アマネさーん」

「マリア!!」


 人目もはばからずに走り出す。たぶんユリウスの「転ぶなよ」と注意を促す声が聞こえたけれど、構っていられない私はマリアに飛び付く。


「ふふっ、アマネさん、大きくなった?」

「それ、私のセリフだよ!」


 フルーテガルトで別れてからまだ1ヶ月ちょっとだが、伸び盛りなのかマリアは身長が更に伸びていた。私と目線を合わせるのにマリアの方がちょっと屈まなければならないほどだ。


「アマネに成長期は無かったのだろうな」

「ユリウス! 失礼すぎるよ!」


 憤慨する私だが、どこに行っても私より小さい人に会うことがないのは事実で、アルフォードとオーブリー君が今の私の癒しだったりする。


「マリア、テオとエルマーからお手紙を預かってるよ」

「ふふっ、読むの楽しみ。ジゼルからも手紙が届いてたです」


 事務所の立ち上げからいた三人は、性格は全然違うけれど仲が良い。モニカやキリルとも仲は良いが、マリアの性格から考えるとテオとジゼルがいたからこそ、彼らとも早く仲良くなれたと言える。


「マリア、まずは先生と演奏会の話をしなければならん」

「そうだった!」


 私たちが訪ねてくることを聞いた先生から、学校で演奏会をしてほしいと打診があったのだ。


「案内するね」


 そう言ってマリアは私たちを誘導する。隣を歩く私はマリアといっぱい話したいことがあるけれど、はしゃぎすぎないように今は我慢だ。ちゃんとしないとマリアが恥ずかしい思いをしてしまうとユリウスに叱られてしまったのだ。


 現に学校の中に入ると、あちこちの教室や柱の影からこちらを伺い見る生徒たちがたくさんいることに気付く。


「あの人、渡り人の……?」

「たぶんね。ほら、後ろにヴァイオリニストの……」

「きゃ、目が合った!」


 まあ、注目の的はこの春以降の演奏会で大人気となったアロイスなので、私はオマケ程度のものだけれど。


「マリアはお友だちはできた?」

「うん。たくさんじゃないけど、仲良しの子がいるです」

「ふふ、何ていう子?」

「シモーネは同じお部屋。ルルは寮の食堂で働いてるです」


 マリアの話ではどうやらルルという子は学生ではないようだ。なんでもルルは猫型アルフォードを可愛がってくれているという。


「アルフォードがお世話になってるなら、私もご挨拶しなくちゃね」

「うん。後で会いに行くです」


 笑顔で頷くマリアの様子から、学校生活が順調であることが伺われて安堵するけれど、その成長ぶりに私はちょっとだけ寂しくも感じたのだった。











 先生との演奏会の打ち合わせを終えると、私たちはマリアの寮に移動した。


 部屋は男子禁制ということで私だけが入らせてもらうことになり、他のみんなは寮のサロンで待つことになった。


「狭いけどいいお部屋だね」


 寮の部屋は寝台とチェスト、そして本棚が置かれた小さな部屋だった。


「机は無いんだね」

「勉強は図書室かサロンでするです」


 部屋の中には暖房の類はなく、冬になったら本当に寝るだけの部屋になりそうだ。あたたかいお洋服と分厚い靴下を準備してあげなければと私は頭の中にメモをする。


「シモーネです。渡り人様にお会いできるのを楽しみにしていました」


 マリアと同室の少女は、この国にしては珍しいショートボブの優しそうなお嬢さんだった。


「マリアと仲良くしてくれてありがとうね。シモーネと呼んでも?」

「はい。私もアマネさんとお呼びしてもよろしいですか?」

「ええ。もちろんです」


 私がそう言うとシモーネはふわりと笑う。そんなシモーネは(も)私よりも背が高い。


「アマネさん、シモーネがお話あるです」

「何かな?」


 私だけを部屋に招いたのはどうやら理由があったらしい。サロンで待ってもらっているみんなには悪いが、それほど時間はかからないと言うのでそのまま話を聞くことにする。


「実はギュンター様のことなんです」


 少し躊躇う素振りを見せたシモーネだったが、意を決したように口を開く。シモーネの口からギュンターの名が出てくるなんて予想外だった私は身を固くする。


「ギュンター様はテンブルグで音楽を学ぶ者にとっては有名な方でした。優秀でしたし、ちょっと調子に乗るようなところがありましたけど、楽しい話題を振りまいてくださる方なので、若い世代には人気があったんです。だから、ギュンター様が王都で問題を起こした時はみんな驚いてしまっていろんな噂があちこちで囁かれました」


 つまり、私についてもテンブルグでは良くも悪くも伝わっているとシモーネは言いたいらしい。


「それは仕方がないかな。人の口に戸は立てられないもの。でも、マリアは大丈夫だった?」

「大丈夫。最初はシモーネにも聞かれたけど、元々、詳しく知らなかったです」


 巻き込みたくなかったということもあって、マリアには襲撃犯の名前も伝えていなかったのだ。なので、テンブルグに来て犯人を知ってしまったということになる。良かれと思って伏せていたことだったが、テンブルグがそんなことになっているならもっと配慮すべきだった。


「実は渡り人様の養い子が入学するって聞いて、ギュンター様のことを調べに来たのかとちょっとだけ警戒したんです。でも、本当に何も知らなかったみたいなので……」


 シモーネが申し訳なさそうに言う。しかし、幸いなことにシモーネがマリアを問題ないと判断したおかげで、他の者たちもマリアに意地悪をすることはなかったそうだ。


「あの、それで……実は私、ギュンター様の妹と仲が良かったんです」

「ギュンター様に妹さんがいるの?」

「はい。でも、本当の妹じゃなくて……」


 シモーネの話ではギュンターは母親とその妹と共に暮らしていたそうだ。


「その子、渡り人なんです」

「渡り人……? もしかして、リナという子では?」

「ご存じなのですか?」

「ええ、まあ……」


 つい先ほど嫌い宣言されたばかりだ。だが、ようやく合点がいった。


「偶然ってあるんだねぇ……」


 感心したように呟く私にシモーネは追い打ちをかける。


「私、寮に入っちゃったから会ってないんですけど、あの子、アマネさんのことを恨んでいたみたいだから……」

「うん。それはそうだろうね」

「でも、いくらギュンター様が陛下の葬儀を取り仕切る候補者だったからって、アマネさんが横取りしたわけじゃないのに」


 シモーネの言葉に驚きはするが、そういうことだったのかと納得する。


 襲撃の際、ギュンターの目には確かに私に対する憎悪があった。襲われるほど嫌われるようなことをした覚えがなかった私だったが、知らずギュンターが得るはずだった名声を奪う形になってしまったのだろう。


「シモーネ、教えてくれてありがとうね」

「そんなこと……楽しいお話じゃなくてすみません。でも、リナのことが気になっちゃって」


 シモーネが謝る必要はない。むしろ教えてもらってちょっとスッキリした。


「ガラス細工のお店で働いているなんて知らなかった。ギュンター様が捕らえられて困っているのかも……」


 ギュンターが生活費を負担していたのだとすれば、彼が捕らえられた後は働きに出なければならなかったのかもしれない。年齢やこの世界の常識を考えれば無理という訳ではないのだろうが、中学生だった女の子が慣れない世界で働くというのは想像以上に大変なことだ。言葉の問題だってあるのだ。


「アマネさん、ギュンターさん、許すです?」


 マリアとシモーネが心配気に私を見つめる。


「うーん、それは自分でもわからないけど……」


 でも、私は元々ギュンターのことは嫌いじゃなかった。だからどうしてこんなことになったのか知りたかったのだ。そう言って笑顔を見せればマリアもシモーネも安心したように息を吐いた。


「そろそろ行こうか、みんなを待たせちゃってるし、もう一人のお友だちも紹介してくれるんだよね?」

「うん。シモーネも、一緒に行こ?」


 初対面であまり良くない話題を出してしまったせいか、遠慮するシモーネをマリアが強引に誘う。そういうところはジゼルやテオから学んだのだろうなと私は微笑ましく思った。











 サロンに向かうと何故か人型アルフォードもそこにいた。アルフォードは普段は寮内で姿を消して過ごしているようだが、時々、猫になって学園内を闊歩しているらしい。


 これから会うルルという少女は、そんなアルフォードを見つけて餌付けしたのだという。


「おねえさん、ルルはたぶんジーグルーンだと思う」


 こっそり言うアルフォードに私は目を丸くする。


「わかるの?」

「うん。なんとなくだけど」


 もしそれが本当だとしたら、ドロフェイに知られないようにした方が良いのではないだろうか?


「ルルは歌が好き。いつも歌ってるです」

「そうなんだ?」

「うん。『側にいることは』、教えてるです」


 マリアはフルーテガルトにいた時のように、学園、いやテンブルグでも『側にいることは』を流行らせよう作戦を決行しているのだと言う。


「ふふふ、マリアってばなんかたくましくなったね」


 ヴェッセル商会の王都支部で初めて会った時は、おどおどしていて歌声も小さかったのを思い出す。


「そのルルという子はお仕事中?」

「今は休憩時間、のはず」


 私たちを食堂の裏手に案内したマリアが辺りを見回していると、ひょろりとした細くて背の高い女の子が裏口から出てくるのが見えた。伸ばしっぱなしなのか、不揃いに伸びたぼさぼさのくすんだブロンドを中途半端な高さで一つに括っている。どうやらルルは素材は良いのに手入れをしないというタイプであるようだ。


「ルル!」


 マリアが声を掛ける。私はちょっとだけがっかりした。だってやっぱり私より大きいのだ。この国の子どもは発育が良すぎると思う。


「いつも話してるアマネさん、連れて来たよ」

「ルル。よろしく」


 マリアが私を紹介してくれるとルルという少女がぽつりと名乗った。


「ルルは、ぶあいそ」

「ふふ、そうなの?」


 マリアの紹介の仕方が可笑しくてつい笑ってしまう。


「アマネです。ルルと呼んでいいかな?」

「うん」

「ルルは何歳?」

「十六」


 しかし不愛想というのもあながち間違いではないようだ。聞けば答えは返ってくるけれど、話を続けようという意思がまるで見えない。


「ルル、歌が好き。でも、歌詞は覚えない」

「『ル』で歌うからルルって呼ばれているんですよ」


 シモーネがマリアの説明を補足してくれる。ルルは不愛想ではあるが、シモーネはそういうことを気にせずに仲良くできるタイプらしい。


 そのシモーネの説明によれば、ルルは学園に住み込みで働いているそうだ。私たちが先ほどまでいた寮とは別に従業員用の寮があるのだという。


「あれ? アル?」


 突然、ルルがアルフォードを指差す。ルルは猫型アルフォードをアルと呼んでいるようだが、今のアルフォードは人型だ。


「ち、ちがうよー!」

「ふふ、バレちゃったです」

「えっ、本当に? すぐにわかっちゃうなんて、ルルすごいね!」


 焦るアルフォードを尻目にマリアとシモーネは笑っている。随分おおらかだ。マリアはともかく、シモーネやルルはアルフォードが猫になったり人になったりすることを変だと思わないのだろうか?


「子どもはそんなものだろう。キリルもそれほど驚かなかったしな」


 一緒に子どもたちの様子を見ていたユリウスに問い掛ければ、どうということもないというように肩を竦めていた。


「いやあ、でもテオやジゼルは大騒ぎだったじゃない。モニカも」


 それぞれの性格ゆえではないかと思う。


「そういえば、クリストフは随分驚いたようですが、ダヴィデはすごいなあと笑っただけでしたね」


 そしてベルトランは怯えていた。まあ、ダヴィデはカルステンさんから聞いていたようだし、ゲロルトたちから逃げた時に喋る猫型アルフォードを見たことがあった。だが、そういうアロイスはどうだっただろうか?


「アマネさんの周りには不思議なことがたくさんありますから。そうそう驚かなくなりましたね」


 いやいや、それはアロイスの肝が太いだけではないだろうか。


 大はしゃぎする子どもたちをよそにルルはぼんやり立っている。そんな彼女に私は歩み寄る。


「ルルは不思議な音が聞こえたことがある?」


 他のみんなに聞こえないように小さな声で尋ねると、ルルは私を見下ろした。


「…………それは教えたらダメなこと」


 小声で話すルルは、もしかすると誰かにそう言われたことがあるのかもしれない。


「うん。そうだね。でも、困ったことや気になることがあったら相談してね。私も同じだから」

「わかった」


 言葉少なにルルが頷く。


 ルルのことはドロフェイには知られないようにしなければと私は思った。


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