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ドロフェイの過激な忠告

「夜はここで世話になるといい。ミケには頼んであるから」


 そう言ってドロフェイは立ち上がった。


「えっ」


 ぼんやりしていた私は思わずドロフェイの袖を掴む。


「あ……ごめん。なんでもない」

「いや、構わないよ」


 咄嗟のことで自分でも驚いていると、ミケさんが小さく笑う。


「ふふ、ドロフェイ、もう一杯だけお茶に付き合ってよ」

「……そうだね」


 ミケさんはラウロに手伝ってほしいと声を掛けて席を立った。座り直すドロフェイに安堵しつつも私は謝る。


「ごめん……なんか引き止めちゃってた。気にしなくていいから」

「そう言われても、ね。どうかしたのかい? 先ほどから様子がおかしい」


 訝しむドロフェイに言おうか言うまいか悩む。ドロフェイにはあの音が聞こえるのか聞いてみたいけれど、ミケさんに聞いたっていいことだ。まるでドロフェイを引き留めるための言い訳みたいで子どもじみてる。


「本当にごめん。大丈夫だから。ドロフェイ、忙しいって言ってたよね?」

「急いでいるわけではないから、明日までならいても構わないけど?」

「いやいや、そんなわけには……」


 無意識とはいえ失敗してしまったなと思う。不安が無いわけではないけれど、すぐにどうこうということは無いはずだ。明日にはユリウスたちが来るのだし、ラウロだっている。こんな風に引き止めてしまうなんて、自分が嫌になる。


「ミケ、僕も夕食をごちそうになっても構わないかい?」


 絶賛自己嫌悪中の私に構わず、ドロフェイは厨房に声を掛けた。


「ふふ、リクエストはあるかい?」

「ターフェルシュピッツがいい。でも、時間がかかるかな?」

「そう言うと思って実は準備していたよ」


 奥の部屋からミケさんの華やいだ声が聞こえてくる。


「さて、君の話を聞かせてくれるかい?」

「……ごめん」


 俯く私の顔をドロフェイが覗き込む。


「その顔はつまらないよ。キミは驚いたり怒ったりする時はおもしろい顔なのに、落ち込んでいる時はお面みたいな顔だ」


 随分失礼なことを言われているような気がするが、そんな風に言われたらどんな顔をしていいのかわからなくなる。


「うん、ちょっと良くなった。困ってる時の方がマシだ」


 ドロフェイは私の頬をふにふにと摘まんで言う。


「……もう、反省してるのに」

「フフ、さあ話してごらん」


 ドロフェイは催眠術も使えるのかもしれない。私ってばたったこれだけのやり取りで簡単に考えを変えて相談しようと思ってしまうのだ。あれ? 私チョロすぎる?


「ゲロルトたちに会う前、ちょうどリレハウムに立ち寄った時にね……」


 あの不穏な音を私はどうにか説明する。


「ふうん、なるほど。キミには聞こえるのか」

「ドロフェイには聞こえないの?」


 あの音は聞き間違い、あるいは私の勘違いなのだろうかとドロフェイを見上げる。


「僕には聞こえないよ。けれど、気配はする。僅かだけれど、ね」

「気配? 音じゃないの?」

「キミはジーグルーンだから音として聞こえるのかもしれない。僕はジーグルーンではないからわからないけど、ね」


 ドロフェイはお道化たように言う。


「キミはその音が有事の前兆だと思っているのかい?」

「うん……聞こえた時に怖いって思ったから……それに、アーベルとゲロルトが『ウェルトバウムの門』に行ったのも、あの音と何か関係があるんじゃないかって……」


 ドロフェイの言う通り、どうしたって有事がこれから起きるのではないかと考えてしまうのだ。


「キミが心配する必要はないさ。そのために僕たちがいるのだから」

「でも、ドロフェイたちのことも心配だよ。それに魔力持ちは使者のお手伝いをするんでしょう?」

「彼らに手伝ってもらう事態はそうそう起こらないさ」


 現にドロフェイが使者となってからそういった事態は起こっていないという。


「それに有事があったとしても、彼らに手伝ってもらうのはキミの守りを固めることくらいさ。僕の最も重要な役割はジーグルーンを守ることだから、ね」

「……そんなの余計に心配だよ、私だってみんなを守りたいんだよ」


 そうは言ってもわかっている。結局、私は足手纏いだ。けれど、もし私を守ることで彼らが傷つくようなことがあったら? 私はそれが恐ろしくてたまらないのだ。


「キミに一つ忠告をしよう」


 黙って話を聞いていたドロフェイが私を見る。茶化すような色がないまっすぐな視線に私は居心地が悪くなる。


「守られるのがキミの役割だよ。なぜならキミはジーグルーンだからだ。キミを守ろうとする者たちが傷つくのは嫌だというキミの気持ちは分からなくはないけれど、もしキミに何かあったら、僕は守れなかった者たちを一人ずつ殺してしまうよ」

「そんな……っ」

「だから、キミは守られなければならない。わかったかい?」


 ドロフェイの手に力が籠る。重い空気に負けて頷きそうになった時、ミケさんとラウロが戻って来た。


「おやおや、不安を取り除くのではなかったのかい? 煽ってるとしか思えないよ」

「聞いていたのかい?」

「最後だけ聞こえるように言ったくせに」


 ミケさんが視線で示す先にはドロフェイに威嚇するような鋭い視線を向けるラウロがいた。


「アンタの言うことが全て間違いだとは思わないが、言い方があるだろう」

「僕が注意を促したというのに聞きやしないのだから、多少は脅しておかないと、ね」


 ドロフェイがお道化た様子で肩を竦めると、ラウロは私の顔を覗き込んだ。


「大丈夫か?」

「うん……」


 ドロフェイが悪いわけじゃないという言葉は飲み込む。庇ってくれたラウロもきっとわかっている。煮え切らない態度の私が良くないのだ。力もないのに誰も彼も守りたいなんておこがましいことを考えるものだと自嘲する。


「先ほどよりも顔色が悪くなってるぞ」


 顔を覗き込むラウロに大丈夫だと笑ってみせるが、ラウロの眉間に皺が増えただけだった。


「ふうん。キミも水の加護を持っていたら良かったのだけど」


 ドロフェイの言葉に反応したのは意外なことにラウロだった。


「何の加護を持っているのかわかるのか」

「いいや。水の加護ならわかるけれど、他の属性は発現していなければわからないよ」


 つまり、ラウロが水の加護を持っていないことは確かであるらしい。


「でも、キミはきっと火だろうね」

「何故だ?」

「アーベルが気に入っていたみたいだから」


 そんな判断基準でいいのだろうかと首を傾げる。当のラウロも不本意そうな表情だ。


「えっと……、ラウロは火の加護を持っているかもしれないんですね」

「どうだかな」


 アーベルに気に入られたという点にひっかりを覚えているのか、ラウロは今一つ気乗りしない様子だ。


「ところで、さっきから気になっているのだけれど」


 ミケさんが困ったように言う。


「君がしているペンダント、何かの気配がするのだけれど……」

「えっ? んん? なんだろう……?」


 指摘されて注意を向ければ、ペンダントの重みが急に増したような気がした。そうこうするうちに、触ってもいないのにペンダントトップが揺れ始める。


「なんか動いてる!? ひょっとしてアルフォード……?」


 ただの直感だけど、何もしていないのに無機物が動くなんてそうとしか思えない。


「ドロフェイ! この膜みたいなの、取って!」

「仕方ないな」


 そう言ってドロフェイがペンダントトップを摘まむ。親指で鍵穴をなぞるような仕草をした途端、銀色の影が飛び出して来た。目の前にいたドロフェイが頭をひょいと傾けて影を避ける。


「わわっ! えっ、ドロフェイ? なんで?」

「キミが様子を見てくるように言ったからだろう?」

「あっ、おねえさーん! 無事でよかったー」


 無視されたドロフェイは眉間に皺を寄せる。


「へえ、銀色のアルプって初めて見たよ」


 ミケさんはしげしげと猫型アルフォードを眺めている。アルフォードの毛並みはもふもふなのでミケさんも触りたいのかもしれない。


「お姫様の機嫌が直ったようだから、僕は帰ろうかな」

「ターフェルシュピッツは食べないのかい?」

「……持ち帰りはできないかい?」

「我儘言わないでよ」


 拗ねたドロフェイにミケさんがぴしゃりと言い放った。


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