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再会とはじめまして

「俺はアーベルだ。よろしくなー」


 その男はニカリと笑って言った。


 年の頃は20代半ばと言ったところだろうか。上背が高く細すぎない体躯で、特徴的な真っ赤な髪はくせ毛なのか外側に跳ねており快活な印象を与えている。瞳も同じような赤で目尻がちょっと垂れ気味だ。話し方も相まって随分と気安い感じがする。そして不思議なことに気配がドロフェイにとても良く似ていた。


「お嬢ちゃんはコイツの知り合いだよな?」

「お嬢ちゃんという年ではないのですが……まあ、そうです」


 アーベルが顎で示した人物は、赤い羽根の持ち主――ゲロルトだ。


「お前、出て来て良かったのか?」

「良くないけど、ゲロルトが私を呼んだんじゃないの?」


 落ちていた赤い羽根は私の物ではなかった。それに見つけてくださいと言わんばかりに引っかかっていたあの濃緑の端切れは、フライハイムの路地で会った時にゲロルトが身につけていたスカートのものだろう。


 モニカの部屋で話をしていた時に窓越しに見た頭の正体もゲロルトだと思う。そんな風に近くにいますよとアピールされれば呼ばれていると思っても不思議ではないと思う。


 それにドロフェイとよく似た気配も近くにあったのだ。気にならないはずがない。ラウロと一緒にモニカの部屋の外へと向かえば案の定ゲロルトがいたというわけだ。


 その後、外は寒いから暖かい場所でと言われ、ゲロルトたちが寝泊まりしているという空き家へ案内され今に至る。


「別に呼んだ訳じゃ……」


 モゴモゴと言い訳するゲロルトは、とりあえず置いておくことにする。


「アーベルさんとおっしゃいましたよね?」

「敬語とか敬称とかいらねえから。なんか、くすぐってえし」


 ニシシと笑うアーベルは、黙っていればおそらくは色男に分類されるのだろうが、表情や言動がそれを裏切っている。


「では、アーベル。あなたはゲロルトのお友だち?」

「お友だちだってよ!」

「そんな奴と友だちなわけないだろ!」


 けらけらと笑うアーベルとは対照的にゲロルトが喚く。どうやら友だちという表現はゲロルト的には受け入れられないようだ。しかし、二人は言い合いしつつも親し気に見える。


「二人の関係はともかくとして、もしかしてアーベルってドロフェイともお知り合い?」


 直球過ぎるかなと思いつつも目の前の男の気配はドロフェイに似すぎており、聞かずにはいられなかった。


「ああ、そっか! お嬢ちゃんはジーグルーンだもんな! そりゃ、ドロフェイのこと知ってるよな」


 あっけらかんと言うアーベルは、思った通りドロフェイと知己であるらしい。その口ぶりからすれば割と親しいのではないだろうか。それにアーベルは『ジーグルーン』と言った。それを知っているのならば、ドロフェイと同類と見て間違いないだろう。


「いやあ、まいったなー。親しいって、アイツ言ってた?」

「いえ、それは全く言ってなかったけど?」


 照れたように頭を掻くアーベルだが、彼の話など出たことはない。


「お嬢ちゃん、アイツと賭けしてるだろ? 俺らもどっちが勝つか賭けてんだぜー」


 俺らというのはアーベルとゲロルトのことであるようだ。しかし賭けの対象になっているなんて、こちらは真剣に悩んだりしたというのに不謹慎極まりない。


「まあ、アイツの賭けは負けるためにやってるようなもんだからな。賭けになんねえけど」

「負けるため? 私が勝つのは確定なの?」

「そう! 前のー……なんだっけ? まあ、前のジーグルーンの時も負けるような賭けをしてさ。アイツの賭けはハーベルミューラに連れて行けない理由付けのようなもんだからな」


 それは分からなくもない話だ。ドロフェイは掴みどころがなくて物騒な面もあるが、優しいところもある。ほとんどは面白半分ではあるようだが。


 それはともかくとして、まずは聞くべきことを聞かなければと私は頭を切り替える。


「二人はどうしてここに?」


 ゲロルトに聞くつもりでいたが、アーベルの方がポロっと話してくれそうな気がして聞いてみる。


「『ウェルトバウムの門』っつーところがあってな。俺たちはそこに向かってんだ」


 案の定、アーベルはあっさり教えてくれる。


 しかし、ウェルトバウムの門とはいったい何なのだろう。神話に関係がある場所なのだろうかと私が首を傾げていると、アーベルが続けて言う。


「んで、行きがけの駄賃にゲロルトがお嬢ちゃんに構ってほしいって言うからさ」

「アーベルっ! 適当なことを言うなっ!」


 アーベルの言い方はともかくとして、ゲロルトがユリウスを襲うつもりではないことにホッと息を吐く。それを確認したくて会いに来たのだ。


「ところで、その『ウェルトバウムの門』ってどこにあるの?」


 ホッとしたところで私は興味をひかれたその場所について聞いてみることにする。


「ノイマールグントの北西からテンブルグにかけて、長ーい川があるだろ? なんつったっけ?」

「ノイム川のこと?」

「そうそう、そのノイム川な。その川沿いにある山の中だ。ちょうどマーリッツとテンブルグの中間くらいだな」


 ノイム川は北西のヤンクールとの国境からテンブルグの方向に向かって、国を斜めに走っている大きな川だ。マーリッツとスラウゼンの間を通り、王都に向かって支流に分かれている。スラウゼンの工房からはその支流を使って荷を運んでいると聞いたことがあった。


「ええと、フルーテガルトからだと『ウェルトバウムの門』は南西になるのかな?」


 地図が読めない女である私は、自分のホームを起点にしないと位置が把握できないのだ。マーリッツは王都の真西になる。テンブルグは王都から見れば南東だから……


「顔に例えればわかりやすいぞー」


 うまく位置関係を把握できずにいる私を察知したのか、アーベルが紙に顔を描き始める。


「ちっと四角い顔だけど、顔全体がノイマールグントで鼻が王都な。で、鼻の右脇にある鼻クソみてーなのがフルーテガルト」

「ええと、右って自分から見てだよね?」

「そうそう。んでー、左側の耳がマーリッツ。そこから下の方にずーっと向かうとルブロイス。右側の耳から下にいくとテンブルグな。まあテンブルグの中心地はもっと真ん中寄りだけど、領地は右側の頬の下側全域だ」


 アーベルが説明しながらホクロのように印をつけていく。


「左のコメカミの上らへんから口の左脇をカーブして、顎を通って唇の右端の下あたりまで線を引くだろ? それがノイム川」


 せっかく描いた顔に無残にも線が引かれる。


「左側の鼻穴から下に線を引いてノイム川との中間地点が俺らの目的地だ」


 そう締めくくるとアーベルは唇と鼻の間に星印をつけた。


「確かその辺りだとハバルという山がなかったか?」


 私の横で黙って絵を見ていたラウロが指摘する。


「そうそう、それだ!」


 おにいさん物知りだねー、とアーベルがラウロの肩を叩く。おにいさんなんて言っているが、どう見てもアーベルの方が年上だ。


「その門ってどんなところ? アーベルは行ったことがあるの?」


 名前から考えれば大きな木とかありそうだと思って聞いてみる。


「何度かは行ったな。言っとくけどウェルトバウムがあるわけじゃねえぞ。俺らは『ウェルトバウムの門』って呼んでるけど、『迷宮の入り口』っていう奴もいるしな。そこから入った者は出てこれねえって伝承があるらしくてそう呼ばれるようになったんだと」


 アーベルが言うには、ウェルトバウムではないものの木がトンネルのように連なっている細くて長い道があるらしい。だが、その道がどこに続いているのかは誰も知らず、調べようとした者は戻って来られなくなるのだという。


「そんな怖いところに何の用があるの? 中に入ったりする……?」

「いやー、ちょっと野暮用っつーか……アンタに教えるとドロフェイに怒られちまいそうだからなー。けど、中には入らねえよ。入れねえし」


 何が面白いのかニシシと笑うアーベルだが、これ以上は言うつもりがないのか、何を聞いてもシラを切るばかりだ。


「言っただろ? 入らねえって。だから大丈夫だって!」


 それしか教えてくれないアーベルに見切りをつけ、私はゲロルトと向き合う。もう一つ、大事な用事を思い出したのだ。


「遅くなっちゃったけど、あの時、助けてくれてありがとね」

「……別にいい」


 ギュンターから助けてもらった後、ゲロルトは気を失ってしまったので礼すら言わず仕舞いだった。


「王宮にしばらくいたんだよね?」

「ああ。コイツが来るまではな」


 そう言ってゲロルトはアーベルを顎で示す。


「じゃあ、その後は二人で?」

「まあ、そう」

「俺がゲロルトの世話を焼いてやってたんだぜ!」


 ふふん、と胸を張るアーベルだったが、ゲロルトはきれいさっぱり無視する。


「お前達と一緒にいる変な訛りのある奴がいるだろ?」

「リシャールさんたちのこと?」


 とうとう本題に入ったのかと私はゲロルトをじっと見る。ああやって私たちを呼び寄せたのだから、何らかの用件があるのだろうと思っていた。


「あの男、ヤンクールで見たことがある。僕が世話になっていた商会で一度だけ見た」


 ゲロルトはヤンクールの王都にあるグーディメル商会という店に滞在していたらしい。アルフォードが見つけた店のことだろう。


「何の話をしていたのかはわからない。だが、気を付けた方がいい」

「そっか……わかった」


 リシャールが何かを企んでいるかもしれない。ゲロルトはそう言いたいのだろう。私は素直に頷く。考えるまでもなく、リシャールがフルーテガルトに入り浸っていたこともそうだが、あまつさえヴァノーネにまで着いて行くというのだから何らかの理由があるのだろうとは考えていたのだ。


「金髪の男は? 一緒じゃなかったか?」


 黙って私たちの会話を聞いていたラウロが、珍しく話に割って入る。


「金髪のって……ラウロ、エドを疑ってるんですか?」

「あの二人、仲が良いだろう? 以前から付き合いがあったと思う」


 エドはヤンクールから海を渡った先にあるアールダムの商会で護衛をしていたはずだ。ヤンクールで仕事をしていたなんて話は聞いたことがなかったし、リシャールと話している時もそれらしい素振りは無かったように思う。


「アンタ、初めてリシャールに会ったのは王宮だと言っていただろう?」

「え、ええ。確か即位式の練習で滞在していて、宮廷楽師たちに挨拶をした後に……」


 戸惑いながら思い出す。あの時は王宮内で迷ったリシャールがエドに出口を聞いていたとかで、二人で空き部屋から出てきたのだ。


「怪しすぎるだろ、それ。気付けよ」

「そう……かな? だけど普通は知り合いだなんて思わないでしょ? だってエドはアールダムの商会で働いてたんだもの」


 ゲロルトに指摘されて私は口を尖らせる。


「エドはアールダムの出身だと言っていたが、ずっとアールダムにいたわけではないはずだ」


 ラウロに言われて私はハッとする。護衛を探していた時は、ユニオンと無関係の者という条件があったから、ならばユニオンが進出していないアールダム出身の者がいいとパパさんが言い出したのだ。だが、考えてみれば、アールダム出身でもこの国に来てからユニオンに関わった可能性はある。つまり、最初の前提としてアールダム出身者とした意味がなくなってしまうのだ。


「でもエドは……ユニオンとかかわりがある商会で働いていたわけではないでしょう?」

「俺もそう思って黙っていたんだが……俺が最初に会った時はヤンクールの商会で働いていると言っていた。雇い主は知らないが」


 ラウロが気まずそうに私を見る。


「そうだったのですか……」


 ゲロルトたちユニオンはヤンクールのグーディメル商会と繋がりがある。他にそういった繋がりがある商会があるのかは知らないが、もしあったとしてエドがそこから入り込んだということがあり得るのだろうか。だって、エドはパパさんの実家の紹介だったのだ。私は会ったことがないが、パパさんは信頼しているようだったし、そんなにあちこちに手を回して誤魔化す必要があるだろうか。


 考え込む私を余所にラウロはゲロルトに再び問う。


「それで、金髪の男は見てないのか?」

「グーディメル商会に来た時は一人だったが、外で待機していたらわからないな」


 どうやらゲロルトはエドを見てはいないらしい。リシャール一人だったということは、オーブリーも一緒ではなかったということのようだ。


「でも、リシャールさんは一体何が目的なんだろう?」

「僕が知るわけないだろう。ただ、グーディメル商会はヤンクールの政界とも繋がりがある。この国でもホーエンローエが愛人の子どもを嫁に出して支援しているんだ」

「そう……」


 ホーエンローエは次男が王都で貿易関係の役人をしていて、ユニオンと繋がっていたのだ。ゲロルトが詳しいのもその関係からだろう。


「ゲロルトはそれを教えるために私を呼んだんだね。ありがとうね」


 正直に言うとグーディメルやらホーエンローエやら、私にはリシャールやエドとどう繋がっているのかサッパリわからなかったが、ラウロも一緒に聞いたのだから大丈夫だ。たぶん。


 とにかく、ゲロルトが私に危険が迫っている可能性を教えてくれたということが、私にとっては重要で喜ばしいことだった。


「話はそれだけか? なら宿に戻るぞ」


 エドを問い詰めるつもりなのか、ラウロが急かすように私の腕を引く。エド本人に聞くかどうかはともかくとして、心配をかけないよう早めに戻るに越したことは無いと私も判断する。


「ちょっと待ったー」


 私がラウロに頷くと、間延びした静止の声が掛かった。アーベルだ。


「んな急いで戻らなくてもいいだろー?」

「同行者が心配するので」

「いいじゃん、いいじゃん。ちょっとくらいさあ」

「おい、アンタ、近寄るな!」


 ずん、と私の目の前に来たアーベルにラウロが威嚇する。


「怖いなー。けど、そんな簡単に帰らないでくれよ」


 アーベルの表情はどこか楽し気で危険があるようには見えなかったが、リシャールのこともあって簡単に信用するのは良くないと考え直す。


「ええと、あなたたちのことは言わないから帰してもらえないかな?」

「いやいや、そういうんじゃなくてさ。言っただろ? ゲロルトが構ってほしがってるって」

「アーベル! いい加減にしろっ!」


 ゲロルトが怒るということは、私たちを宿に戻らせたくないのはアーベル本人ということなのだろうか? でも、構うと言ったって何をしたらいいのだろう? ゲロルトには助けてもらったこともあるし、具体的にしてほしいことがあるなら聞くのも吝かではないのだが。


「ゲロルトは意地張りだなー。お前、このお嬢ちゃんの歌が聴きたかったんだろ? そのために城まで行ったって言ってたじゃんよ」

「違うっ! 適当なことを言うな!」


 ええと、どういうことだろう? 城に行ったということは、ギュンターの襲撃の時だろうか。そういえば、何故あの場にゲロルトがいたのか、今さらながら疑問だ。


「いやいや、一度も聞いたことがないってボヤいてたじゃねえか。後を引きそうな問題はさっさと片付けるに越したことはねえって」

「ボヤいてなどいない!」

「あのー……」


 言い合う二人に私は遠慮がちに声を掛ける。


「歌うぐらいなら構わないんだけど……?」

「けど今は夜だろ? だからさー、お嬢ちゃんたちも俺らと一緒に行こうぜ!」

「一緒にって? ウェルトバウムの門に?」


 突拍子もないアーベルの発言に私はその意を図ることができず問い返す。


「違う違う。テンブルグまで送ってくからさ、俺らと一緒に行こうぜってこと!」

「馬鹿を言うな!」


 意図せずゲロルトとラウロの声が重なる。


「ふふーん。でも、俺が簡単に帰すわけねえだろ?」


 そう言ったアーベルは笑んだまま内ポケットに手を入れる。警戒したラウロが瞬時に私の前に出た。


「じゃじゃーん! これ、なーんだ!?」


 満面の笑みを讃えたアーベルが手を開くと、そこには誕生日にユリウスからもらった髪留めとロケットがあった。


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