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ヴァノーネへの旅立ち

 27歳の誕生日、ユリウスの部屋に呼び出された私は3つのプレゼントをもらった。


 1つ目は新しい髪飾りだ。前にもらった髪留めと違って、小さな結晶の花が3つ付いていてピンで留められるようになっている。


 2つ目は新しいロケット。マリアにあげたロケットの代わりに使うようにと渡された。


「鍵穴……?」

「ああ、それがあればバカ猫が行き来できるだろう?」


 新しいロケットには、裏側に鍵穴と小さなボタンが付いていた。去年ユリウスがスラウゼンに行った時、アルフォードを呼び寄せる方法を教えられていたのだが、それがこの鍵穴であるらしい。


「俺は懐中時計に付けてある。脇にある小さなボタンを押して鍵を開ければ、呼ぶことができるそうだ」

「すごい! ファンタジー!!」


 すぐにでもボタンを押したいところだったが、これから行くのだからと我慢する。


「髪飾りもだが、このロケットもいつでも身につけておけ」


 この2つにはユリウスの魔力が圧縮された結晶が付いている。これさえあれば、ドロフェイとの賭けも楽勝な気がする。


 ちなみにドロフェイは青いビー玉というか水晶玉を私にくれた。「少し早いけど誕生日プレゼント」なんて言っていたけれど、たまたまそんな話になったからそう言ってみました感がありまくりだったし、もらったところで私が使えるわけではないので取り扱いに困っている。


 そして、アロイスからはストールと同じぶどう色のクッションをもらった。「ヴァノーネへの長旅で使ってください」と言われ、私は思わず苦笑してしまった。アロイスの前で文句を言った覚えはないのだが、馬車の乗り心地はあまり良くない。もしかすると王都への道中で私が体制に四苦八苦している様子を見られていたのかもしれない。


 ユリウスからのプレゼントの最後のひとつは。


「これって、エルプリング?」

「ああ。覚えていたか」


 去年のヴィーラント陛下の葬儀後、ユリウスがギルベルト様からもらってきた白いぶどうだ。


「ふふっ、あの時のユリウスってば、ちっちゃい子みたいだったよね」

「ほーう、そういうことを言うのか?」


 機嫌を損ねたらしいユリウスが私の鼻を摘まむ。息が出来なくなって口を開けると白いぶどうが放り込まれた。


「ほえ、はわふふぃ(これ、皮つき)!」


 抗議しつつも口の中で舌だけで皮を剥こうと奮戦するけれど、やっぱり上手く剥けない。


「俺が剥いてやろう」


 私の変顔を悪い顔で堪能したユリウスは、そう言って私の口を塞ぐ。舌がぶどうの皮を剥こうと動き回る。


「ふぁ……ぅぅん…………っ」


 自分の口の中ではないせいかやっぱりユリウスもうまく剥けず、どんどん口づけが深まっていく。唾液か果汁かわからないものが口の端から零れて顎を伝った。


 あーあ、お洋服を汚したらハンナに怒られちゃうのに。


 そう思ったけれど、口の中を擽られる気持ちよさに思考が溶ける。


「はうぅ……」

「アマネ、誕生日おめでとう」


 ようやく皮が剥けるとユリウスが唇を離して小さく笑った。


 なにその笑顔。ユリウスってばどれだけ私をぎゅんぎゅんさせれば気が済むの!?


 呆然としているうちに次のぶどうが放り込まれる。


「1年後を覚悟しておけ」


 今度は意地が悪そうに笑って、ユリウスは再び唇を塞いだ。






 ◆






 高く澄み切った空に羊みたいな白い雲が群れを成している。涼やかな風が頬を撫でて髪がふわふわと泳ぐ。ずうっと遠くに見えるのは三角帽子みたいな白い山。今日もあの遠くの鐘のような不思議な音が微かに響いている。


 見渡す景色は多少違えど、1年前のちょうど今頃、エルヴェシュタイン城をもらってフルーテガルトに帰ったことを思い出す。


 あの時は自分の失言でユリウスが暴走したこともついでに思い出し、熱くなった頬を誤魔化すように前を見れば、開け放たれたカーテンの向こうには御者のラウロと御者台に座ってあれこれ指示を出すヴィムの背中が見えた。


「あの白い山の手前がテンブルグ?」


 ラウロ越しに指差して隣を見上げると、いつもよりずっと穏やかな表情のユリウスが私を見た。


「ああ。だいぶ距離はあるが、そうだな」


 進行方向と逆に目を向けると、ちょっと離れたところに1台の馬車。御者はエドで隣にはオーブリーが座っている。


 今回はラースは同行していない。そのためエドにも着いて来てもらうことになったのだ。護衛二人の諍いには心配が残っているが、この旅の道中でうまく話を聞き出して解決に導ければよいなと密かに考えているところだ。


 ラースが来られなかったのには理由がある。年が明ければラースはお父さんになる予定なのだ。年明けまでには戻ってくる予定ではあるが、ヘレナのつわりがひどいのでそばに着いていてあげるべきだと私が主張したのだった。


 エドが駆る馬車の中にはリシャールとザシャ、そしてキリルとモニカが乗っている。意外なことに、ザシャはリシャールを気に入っているようで随分と仲良くなっていた。ザシャが助言をもらっているとか何とか言っていたが、何についての助言なのかは教えてもらえなかった。


 キリルとモニカは何故かザシャが引っ張っていった。良からぬことを教えるのではないかと心配した私だったが、アロイスと魔力の話をするためにユリウスが頼んでいたらしい。


「アロイス、魔力の結晶化はその後どうなってる?」

「相変わらずですが、いろいろ試しているうちに、逆に結晶化を解くことができました」

「ほう、それは面白いな」


 出発直後から続く魔力の話に私は興味津々だ。


「あのプニプニが水に戻るってことですよね?」

「そうですね」


 はしゃぐ私にアロイスが実演してくれる。爪の先ほどのプニプニを外へ飛ばし、結晶化を解くとパシャリと水の玉が弾けた。


「水風船みたい!」

「保冷剤の代わりにもなりますよ」

「温度調節ができれば保温にも使えるな」


 魔力ってすごい便利だ! だがアロイスはまだ温度調節が上手くできないのだと肩を落とす。


「ユリウスはどのくらいの熱さまで調節できるの? 熱湯も出せたりする?」

「そこまでは無理だな。触った時に痛みを感じるほどの熱さにはならない。師が言うには、無意識下で調節しているのだろうと」


 ユリウスのお師匠さんの話では、火の魔力のように魔法陣を使えば熱湯も出せるのではないかということだった。


「試したことはないんだ?」

「師の魔力は水ではないのだ。テンブルグには今のところルイーゼと師の他には魔力を持つ者がいないそうだ」


 滅多に見つかるものではないと、エルヴェ湖に音楽を捧げる時にも実感したのだから、そんなものかもしれない。


「じゃあ、ひょっとしてルイーゼの紹介だったりする?」

「ああ。頼んだのは俺だがな。テンブルグに着けばルイーゼにも会いに行けるが、どうする?」

「行きたい! 結婚のお祝いを言わないと!」


 ルイーゼはもちろん、久しぶりにプリーモにも会えるかもしれないと思えば心が急く。マリアにも会えるし、テンブルグがとてつもなく良い場所に思えてきた。


「すごい楽しみ! 早く着かないかな?」

「どんなに急いでも、あと7日はかかるぞ」

「もっとスピード出ないのかな?」


 無茶を言う私だが、この世界の馬車はとてものんびりだ。元の世界の自転車の方が早いのではないかと思う。馬力的には速さを出せても馬車の本体が持たないらしい。


「少し風が冷たくなってきましたね」

「そうだな。閉めるか」


 向かいに座るアロイスがそう言うと、ユリウスも同意して前後の仕切りが下ろされる。天幕越しに薄黄色の光がやわらかく感じられ、ほっと息を吐く。馬車のスピードはゆっくりではあったが、風が入って少しだけ寒かったのだ。


「アロイス、テンブルグで流行っている小説を知っているか?」

「ああ、カスパルから聞きました」


 カラカラと回る車輪の音とカツカツと響く蹄の音。ゆっくり進んでいるせいか、体を揺さぶる頼りない振動が眠気を誘う。


「お前は読んだのか?」

「ええ。読んでみろとカスパルに押し付けられましたので」


 誕生日にアロイスがくれたぶどう色のクッションを抱きかかえ、雑談に移る二人の落ち着いた声を聞きながら微睡んでいると、ふいにユリウスが私の背を押した。


「んぅ? なに……?」

「アロイスの隣に移動しろ」

「なんで……?」


 いいからと促され、アロイスにも手を引かれる。


「テンブルグで流行している小説を試そうと思ってな」

「本当によろしいのですか?」

「構わん。アマネも了承しただろう?」


 うたた寝しているうちにどうやら話が進んでいたらしい。了承した記憶は全くないのだが、うとうとしながら返事をしてしまったようだ。


 しかし、テンブルグで流行っている小説がどんなものなのかわからない私は、何を求められているのかサッパリわからずに戸惑う。


「NTRというものを体験してみたい」

「では遠慮なく」


 困惑しているうちにアロイスの顔が近づいて来て、私は悲鳴を上げた。






 ◆






「2人とも、本当に反省していますか?」


 拗ねた表情のユリウスと苦笑しているアロイスを前に、私は憤慨していた。


「NTRというものが何なのかはわからないけど、よいものではないというのはわかります。ちょっと! ユリウス、聞いてる?」

「…………お前も了承したではないか」

「寝ぼけてただけって、わかってるくせに!」


 ユリウスは確信犯に違いない。だって昨日の夜はあれやこれやでほとんど寝かせてもらえなかったのだ。


「アマネさん、申し訳ありません。ですが……それほど私がお嫌いですか?」

「うっ……、そ、そういうことでは……なくて、ですね……」

「ならば試すぐらい良いではないか」

「ユリウスは黙っててっ!」


 余計な茶々を入れるユリウスを怖い顔で睨みつける。


「まったくもう……そもそもNTRって何なの?」

「あれは奥が深いのだ。お前も読んでみたらどうだ」


 と差し出された本を受け取る。しかし、パラパラとめくってみると文字が小さすぎて、馬車の中で読んだら酔ってしまいそうだ。


「ユリウス殿の場合は自身がその場にいてこそ、なのですよね」

「まあ、そうだな。いろんな角度から眺めたいと思うな」

「それには共感いたしますが、ユリウス殿は随分と自信がおありなのですね」


 穏やかに微笑みながら話す二人だが、心なしか火花が散っているような気がしなくもない。温度がちょっと下がったような気もする。そして、相変わらず私には何のことだかわからず苛立ちは募る一方だ。


「だからっ! NTRっていったい何なのっ??」


 置いてけぼり感に私は喚いた。


「ふわあぁぁ……アマネ、うるせェ。ったく、居眠りもできやしねェ」

「御者台で寝たら落ちちゃうよっ!」


 前方のカーテンの向こうでぼやくヴィムに慌てて注意を促す。


「おい、そろそろ休憩にするぞ」


 隣が転げ落ちる危険性を問題視したのか、ラウロの苦みを帯びた声も聞こえてきた。


 1年前とは違う顔ぶれで違う内容だけど、騒がしいことに変わりはない。


「はーい、わかっ……あむっ」


 私の唇が塞がれたのも前回同様。もはやお約束だ。犯人は違っていたけれど。


 アロイスの向こうに、目を見開いたユリウスが見えた。






----- Ende von Kapitel 2 -----


※第二章完結です。

※すみません、、、最後は出来心です。NTRはありません。

※今後の更新予定について、活動報告に載せてあります(2018.12.15)。

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