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思いがけない再会

 劇場での公演初日が無事に終わって安心していると、懐かしいようなそうでもないような人物が楽屋を訪ねてきた。


「いやあ、ほんま良かったですわあ。これぞ私が求めていた曲やわ」


 リシャールである。5月の初めにヤンクールに帰った彼は、劇場での客演に合わせて王都に来ていた。


「来るとはおっしゃっていましたけど、本当にいらっしゃるとは。一度、ヤンクールへ戻られたのですよね?」


 ヤンクールにあるリシャールの店までは約半月かかると聞いている。1か月かけて往復するなんて、何が彼をそこまでさせるのか、ちょっと驚いていたりする。


「今回の交響曲は出版されませんのん?」

「ええ。フルーテガルトで演奏した時にと思っています」


 今回演奏したのはベートーヴェンの交響曲第3番とメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲だ。特に交響曲は本当はフルーテガルトで初演したかったのだが、師ヴィルヘルムにおねだりされたので客演での披露となったのだ。


「来春の演奏会では出版しますよ」

「残念ですわぁ……秋にもフルーテガルトで演奏会をしたらええのに」

「9月はヴィルヘルミーネ王女の婚約を祝う演奏会がありますからね。ちょっと難しいです」


 粘るリシャールをどうにか説き伏せていると、人型をとったアルフォードが入ってきた。


「おねえさん、そろそろ帰るってー」

「うん。わかった。リシャールさん、私はそろそろ……」

「いやあ、申し訳ないんやけど、もうちょいお時間もろうてもええですか?」


 引き上げようとするとリシャールに引き留められ、私は目を瞬いた。リシャールはただ演奏を聴きに来ただけではないのだろうか? 


「何か御用でしょうか?」

「すんまへんなあ。渡り人様はヤンクールに来る予定はおまへんか」

「は……? ヤンクールにですか? ありませんけど……」


 突然の申し出に驚くが、発表会もマリアの留学も王女の婚約祝いもあるのだ。しばらくはフルーテガルトか王都にいなければならない。


「おひいさんの婚約祝いが終わった後はどないです?」

「収穫期になりますから、道の駅がきっと忙しいでしょうね。レッスンもありますし」

「残念やわ。けど、そのうちヤンクールで演奏するいうのも、考えてもろてもええですか?」

「え、ええ、まあ。検討はしてみますけど……」


 リシャールが思いのほか押しが強くて困惑する。


 だがまあヴィルヘルミーネ王女やシルヴィア嬢がヤンクールに嫁入りするのだし、1度くらいは行ってみたいなとは思う。


「ほな、よろしゅうたのんますわ」


 そう言ってリシャールはにこやかに帰っていった。


「なんだったんだろ?」

「おねえさん、早く行かないとおにいさんが怒るよ?」

「そだね。アルフォード、フォローしてね」


 リシャールのせいなのだから、ユリウスに怒られるのはなんか理不尽だ。どうしよっかなーと言うアルフォードと手を繋いで出入口へ急いだ。






 ◆






 その人物に会ったのは、本当に偶然だった。


 劇場の客演も残すところ2日となったその日の午前、私はまゆりさんと一緒にフライ・ハイムに向かっていた。


 フィンから会いたいという連絡があったことはユリウスから聞いていたが、ユリウスも王都に入ってからはギルドや王宮への報告で忙しく、フライ・ハイムに寄る暇がないということで、フィンには連絡を入れずに直接店を訪ねることになった。


 もちろん護衛のラウロも一緒で、ラウロはフライ・ハイムに一度行ったことがあったが、先触れもなく非会員を連れて行くのはまずいということもあり、途中で待ってもらっていた。


 フライ・ハイムの周辺は入り組んでいて道も狭い。働いていたまゆりさんが一緒でなければ迷う自信がある。


「裏から入った方がいいかしら?」


 まゆりさんがそう言って裏口に回るための狭い路地に入った時、その人物は駆け込んで来た。


 生成りのブラウスに濃緑の長いスカート。淡い茶色の長い髪に赤みを帯びた琥珀色の瞳。


 髪の色は違うけれど、すぐに誰だかわかった。


「っ、待って!」


 咄嗟に呼び止めると、その人物は立ち止まり私を見て目を見開いた。


「お前は…………」


 驚いているうちに、路地に引き摺り込まれる。


「静かにしろ」


 口を塞がれて自分の馬鹿さ加減にしょんぼりしていると、私がいた路地を警官らしき数人が走って行った。


「…………追われてるの?」


 私を解放した人物に尋ねる。この質問もちょっと間が抜けているなと思った。


「ええと、とりあえず……」

「アマネちゃん、知り合い?」

「え、ええ、まあ」


 戻ってきたまゆりさんが私たちを見比べる。まあ、女友達に見えなくないのかな? と複雑な気分になる。


「まゆりさん、すみません。ちょっと2人で話したいんですけど、部屋を貸してもらえませんか?」

「ええ。私が使っていた部屋でもいいかしら?」


 そう言ってまゆりさんは裏口から元の自分の部屋へ案内してくれた。


「フィンには言っておくから」


 腰を落ち着けるとまゆりさんはそう言っていなくなる。


「ええと…………なんで女装?」

「ふん、誰のせいだと……」

「まあ、いいけど。ていうか、私より女らしくない? なんか悔しいんだけど」


 その人物の頭の先から足の先まで眺めて私は剥れる。


「うるさいっ……お前、馬鹿なのか?」

「うーん、自分でも自信が無くなってきた」


 いや本当に。なんで引き留めたのか自分でもよくわからない。


 でも生成りのブラウスはあちこち破けていて、緑色のスカートも裾がボロボロで、なんだか放っておけなかったのだから仕方がない。


 その人物は約1年前、劇場に火を放ったゲロルトだった。


「なんで王都にいるの?」

「お前に関係ないだろ」

「あるんじゃないかな? だってゲロルトはまだユリウスを狙っているんでしょ?」


 取り付く島もないゲロルトだったが、こうなってしまったからには私はガンガン行くと決めた。


「……なぜ警官に突き出さなかったんだ?」

「うーん……なんでだろ? なんか、一見儚げな少女に見えたっていうか……」


 ガンガン行くはずの私はいきなりしどろもどろだ。


「イージドールは一緒じゃないの?」

「アイツは逃げた。アイツが一緒じゃさすがに王都には入れないからな。僕も丁度良かった」


 捕まるかもしれないのに、女装までして王都に来たかった理由はなんなのだろう。


「カミラさんを探してたりする?」

「は? カミラ? あの女、王都にいるのか?」

「や、知らないけど……」


 まずいことを言ったかもしれない。慌てて私は否定するが、ゲロルトはそもそもそんなに興味がない様子だ。


「…………やっぱりユリウスに嫌がらせしに来たの?」

「フン、当たり前だろ」


 小馬鹿にしたように言うゲロルトに私はカチンとくる。


「なんなの? ゲロルトってユリウス大好きすぎない?」

「あ? 何言ってんのお前?」

「だってそんな恰好までして会いに来るなんて! でも残念でしたー。私だってユリウス大好きだもんねー。ゲロルトよりもずっとずっとずーっと大好きだもんねっ!」


 言っているうちにどんどん腹が立って自分が何を言っているのか訳が分からなくなる。


「はあ…………お前、馬鹿なんだな」


 盛大なため息を吐いたゲロルトが断定的に言った時、コンコンと扉がノックされた。


「アマネちゃん、お茶を入れたんだけど」

「あ、ありがとうございます」


 大声を出してしまったので、まゆりさんは心配してきてくれたのだろう。お茶を受け取ると苦笑して部屋を出て行った。


 カタリ、とゲロルトの前にお茶を置けば、あっという間にごくごくと飲み干されて空っぽになる。驚いたけれどずっと飲まず食わずだったのだろうかと思って自分の分もそっと差し出す。


「ねえ、仲直りできないの?」


 誰と、と言わなくてもゲロルトには伝わるはずだ。


「ない。ありえない」


 ゲロルトは首を横に振って断言する。


「どうして? ゲロルトってユリウスのお兄ちゃんでしょう?」

「おにっ、いちゃん?」

「あれ? いとこだっけ?」


 まあ似たようなものだと言えば、初めてゲロルトは笑みらしき表情を浮かべた。かなり苦いものが混ざってはいたけれど。


「お前、あいつと結婚すんの?」

「なんでいきなり結婚? ドロフェイに狙われてるのにそんな暢気なことできるわけないでしょ」


 そのドロフェイと湖底探検をしたことは棚に上げて置く。一応、私はまだ狙われているはずだ。


「ああ、そうだったな。お前……ドロフェイをここに連れて来られないか?」

「いやあ、あの神出鬼没は捕まえられないでしょ」


 数日あれば出来るかもしれないけれど、と言えば、ゲロルトは考え込むように両肘をつき、組んだ指に額を付けた。


「自首はしないの?」

「するわけないだろう」


 顔を上げずにゲロルトが答える。


 そんなことをするつもりがあれば逃げていないだろうし、実際に自首されるのは、たぶん国にとってはかえって困ることになるのだろう。バウムガルト伯爵がやったことが明るみに出て伯爵家が取り潰しになればリーンハルト様の婿入り先が無くなってしまうのだ。


「でも、陛下の殺害を命じたんでしょう?」


 自分で聞いておきながら怖くなる。そんな人物と2人で部屋にいるなんて。なんて大それたことをしているんだろう。


「どうしてそんなことを?」

「それを聞いてどうするんだ? 同情でもしてくれるのか?」


 ゲロルトが鼻で笑う。でもそれを聞いてどうしたいのか、私にもよくわからない。同情したいのだろうか。いや、なんか違うような気がする。


「たぶん……私はゲロルトが悪人だって思いたくないんだと思う」

「ふうん。なんで?」

「ユリウスがあなたを身内だって思いたがってるから」


 一度だけ、ユリウスはゲロルトのことを身内だと言ったことがある。あれは自嘲気味に言っていたことだけれど、たぶん私はその時に使われた「身内」という言葉が引っ掛かっているのだ。だからゲロルトに悪人であってほしくないし、捕まってほしくないのだ。


 きっとゲロルトは裁かれるべきなのだろう。私はこの世界の、この国の法律なんて詳しくはないけれど、国王殺害で裁かれるとしたら極刑は間違いないと思う。ゲロルトが極刑になったとしたら、ユリウスは絶対に悲しむし苦しむ。


 もしゲロルトが改心して、二度と悪いことはしないと誓うのならば、カルステンさんにお願いして姿をかえてもらえたらなんて、都合のいいことすら考えてしまっている。


「馬鹿だな、お前」


 ゲロルトの表情は見えなかったけれど、思いのほか柔らかい声が聞こえてくる


「そんなことずっと前から知ってる」


 自嘲するような響きが混ざったそれに、胸が詰まって何も言えなくなった。


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