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シルヴィア嬢の婚約祝い

「それで医師の診断はどうだったんですの?」


 朗読劇が終わった2日後、南2号館の2階で久しぶりに女子会が開催された。


「練習のしすぎだったみたいです。しばらく控えるようにってお医者様は言っていました」

「私もちゃんと見ていればよかったわね。ジゼルが北館に引っ越してからは様子がわからなかったから」


 まゆりさんと私は肩を落とす。大人組としては若者たちが頑張りすぎないようにストッパー役をしなければならなかった。


「忙しかったものねぇ。でもぉ、ユリウスさんが良い話を持ってきてくださったんでしょう?」

「……律さん、耳が早いですね」

「うふふー、ヴィム君に聞いたんだよぉ」


 ユリウスが持ってきた話とは、ジゼルのヤンクール留学だった。ヤンクールには国立のバレエスクールがあるらしい。ユリウスはカスパルと同じようにジゼルを支援すると言ってくれたのだ。


「専門機関で学べば、体を酷使するようなことはしないでしょうから。よかったですね」

「二コルもやっぱりそう思う……?」


 今回の朗読劇では私も色々と学ばされた。専門家でなければわからないことはたくさんある。


「マリアちゃんのことも、寂しいけど私たち大人は背中を押してあげないといけないわね」

「そうですよね……」


 ジゼルのことで学んだ私は、マリアをテンブルグに留学させることを決意した。昨晩は遅くまでユリウスと話し合い、今朝マリアに話をしたところ本人も乗り気で瞳を輝かせていた。


「でもやっぱり寂しいいぃぃぃ……」

「アマネさん、飲みすぎですわよ」

「うふふー、たまにはいいじゃなぁい」


 年下であるはずのシルヴィア嬢がストッパーで律さんが煽り役。今日の女子会は初めての夜開催で、アルコールも出されているのだ。


「でもベルトランが聞いたら落ち込むかもしれないわね」

「ベルトランですか……? ベルトランがなんで??」

「アマネちゃん、気付いてないのぉ? ジゼルとベル君、いい感じだったよぉ」


 律さんの言葉に私は目をまたたく。全然気づいてなかったよ! なんで言ってくれなかったの!? 私だけ除け者なんてひどい!


「怒らないであげてねぇ? アマネちゃん、そういうのあまり歓迎しないでしょう?」

「前はそうでしたけど。最近はそうでもないです」


 確かに仕事とプライベートは分けるべきだと考えている私だが、生活の場と職場が一緒になったこともあるせいか、だいぶ柔軟に考えられるようになった。


「それはいい傾向だわ。エグモントさんが言っていたのよ。アマネちゃんは生真面目すぎるって」

「芸術家だものねぇ。もっと自由にならなきゃね」


 恋も仕事のうちと言う律さんにはちょっと賛同しかねるけれど、仕事と生活は繋がっているのだとこの街で仕事をするようになって考えるようになった。


 それに、街の女性たちと話をするようになって知ったことなのだが、女性があまり外で仕事をしないこの世界では、女性の世界はひどく狭い。異性と出会う機会がないため、自然といとこなどの親族や隣近所の者と結婚することがよくあるし、適当な相手がいなければ、ほとんど顔を見たこともない似たような境遇の相手に嫁ぐこともあるそうだ。


 女性の選択肢の少なさを思えば、出会いの場が職場でも別に構わない。要は仕事を疎かにしなければいいだけの話だ。


「でも、マリアがいなくなっちゃうなんて……やっぱり寂しい……」

「また救貧院から1人引き取ってはいかがですか?」

「そんな簡単じゃないよ! お人形さんじゃないんだから!」

「アマネさん、落ち着いてくださいな」


 怒り出す私をシルヴィア嬢が宥める。シルヴィア嬢は良い奥さんになれると思う。


「なぜアマネさんが怒っていらっしゃるのかわかりかねますね。うちでも1人引き取ることになったのですよ。写譜を仕込むのが今から楽しみです」

「そうなの? 二コル―――っ、大好き―――っ」

「アマネさん、本当に飲みすぎですわ。でも、そういえばバウムガルト伯爵も引き取ると伺いましたわ」


 シルヴィア嬢が言うにはスプルースの売上でスラウゼンが潤ったことで、閑散としていたバウムガルト伯爵の館に使用人を増やすことになったそうだ。


「リーンハルト様はアンネリーゼ様が心配なのでしょうね。ご婚約なされたと伺いましたが、ご結婚までにはまだ1年以上はありますもの」

「え、ご婚約されたのですか? うわあ、知らなかった! アンネリーゼ様にもお祝いの曲を……」

「アマネちゃん、仕事を詰め込みすぎよ」


 窘めるまゆりさんがさりげなく私のグラスを入れ替える。ちょっと眠くなってきた私はそれに気が付いたけれど、大人しくお茶をちびちび飲んだ。


「律さんは婚約はされないのですか?」

「うふふー、ヴィム君、忙しかったからねぇ」


 ユリウスは遠方に行く時は新婚のラースではなくヴィムを連れて行くのだ。フルーテガルトに律さんが来てからは、冬はスラウゼン、戻って来てからはテンブルグに2回。ユリウスと同様、ヴィムもフルーテガルトにいない日の方が多かった。


「そういう二コルはどうなの? ギルベルト様ってシルヴィア様のお兄様よね? 貴族と一般市民ってどうなのかしら?」


 それは私も気になっていたところだ。ギルベルト様はもう二コル一筋という感じがするののだが、アーレルスマイアー侯爵家的にはどうなのだろう? 


「お父様はわたくしと同じ意見で、お兄様を引き受けて下さる方ならどなたでも構わないとおっしゃっていますわ」


 ああ、うん。あんな変態さんは誰かに押し付けたいよね。その気持ちはよくわかる。


「うふふー。二コルちゃん、そろそろ年貢の納め時じゃなあい?」


 囃し立てる律さんに二コルは冷たい視線を投げかける。


「調教するのは楽しいですが、調教後はあまり楽しくありません」

「っ、げほっ、ごほごほっ……っ、」


 あんまりな二コルの言葉に咽てしまった。まさか調教後のギルベルト様を野に放つつもり!?


「それはちょっと酷いんじゃないかしら……?」


 まゆりさんの意見には激しく同意する。コクコク首を振る私を横目にシルヴィア嬢は底光りするような目で二コルに微笑んだ。


「問題ありませんわ。二コル、兄はあんなものではございませんよ」

「ほう。まだ先があると? それは楽しみです」


 一見穏やかなやり取りには冷や汗しか出ない。ギルベルト様はもう進化しなくていいと思う。


「そういえば。アマネ様、ホールに置いてあった柱時計なのですが、あれはこの街で作られているものなのですか?」


 シルヴィア嬢が突然思い出したように言う。


「いいえ。あれは城の倉庫にあったものなんですよ」

「まあ、そうでしたの。いえ、素敵な時計でしたので、お嫁入りの道具にほしいと思いましたの」

「侍従長に聞けばわかるかもしれませんね」

「そうですわね。でもあの時計、本当に素敵ですわよね。他の貴族の皆さまも欲しがっておいででしたわ」


 あれ? 前にもそんな感じのことがあったような気がする。


「うふふっ、協奏曲の時の絵画みたいよね」

「ああ、そういえばそうですね」


 協奏曲の演奏会の時は、確かジゼルが来訪者からどこで買えるのか聞かれたのだった。


「ルブロイスではありませんか? あそこは時計作りの職人が多いと聞いたことがあります」

「へえ。温泉もあって時計作りも盛んなんだ? どんな街なんだろ」


 今度ラウロに聞いてみようと頭にメモしておく。


「ねえ、まゆりん」

「あ、そうだったわ!」


 律さんがまゆりさんを促す。実は私と二コルもその企みには参加していた。


「これ、ちょっと早いけれど結婚のお祝いよ」

「わたくしに……?」

「うん、みんなからだよぉ。選んだのはまゆりんだけどぉ」


 その箱にはジゼルが作ったバラのロゴマークがスタンプされていた。


「素敵……」


 フルーテガルトの街で作られている銀食器だ。お嫁入り道具にすでにあるだろうから、いくらあっても困らなそうなティースプーンのセットにしたのだった。スプーンの柄には精巧で繊細なバラの銀細工がついている。


「みなさま…………ありがとうございます……っ」

「シルヴィア様、幸せになってくださいね! 絶対ですよ?」


 涙を堪えるシルヴィア嬢を前に、私たちはうるうるしつつも笑顔だ。シルヴィア嬢が遠くに行ってしまうのは寂しいけれど、みんな幸せになってほしいと願っているのだ。


「ねえねえ、前にエルヴィン陛下は命ぜられる方が似合うって、二コルちゃん言ってたじゃなあい?」


 ちょっとだけしんみりした空気を変えるように律さんが言う。


「そんな風には見えませんでしたけど……」


 王宮や食事会で会ったエルヴィン陛下はギルベルト様のような変態さんではなかったはずだ。表に出していないだけかもしれないけれど。


「今は周りに立てられていますけれど、ヴィーラント陛下がご存命の頃はそうだったのです。ルシャの姫君次第ではまた違った面も見られるのではと楽しみにしております」


 生真面目に頷く二コルだが言っていることは酷いと思う。


「あらぁ、ご婚約って発表されたのぉ?」

「知らなかったわ。アマネちゃん、また依頼があるんじゃないかしら?」


 フルーテガルトにいる私たちは知らなかったが、先週王都では婚約が発表されたという。


「でも、そういえば、エグモントさんからの手紙には姫君が旅立つ準備をされているって書かれていましたね」

「あれってエルヴィン陛下の婚約者様のことだったの? んもう、わかりにくいわよ」


 エグモントからの手紙では、他にもいろいろ書かれていたが、私が一番反応したのは『側にいることは』がルシャでも流行り始めているという喜ばしい報せだった。どうやら4月に行われた協奏曲の演奏会にはルシャの貴族や商人も来ていたらしい。その者たちから少しずつ周りに伝わっているのだとか。


「ルシャのお姫様ってどんな感じなのかなぁ。キリル君を女の子にした感じ?」

「律さん、気になるんですか?」

「うふふー、人形をねぇ、作ってほしいって依頼があったのぉ」


 初耳だが律さんの工房には密かに王宮から使者が訪れていたらしい。私はルシャの姫君へのプレゼントにでもするのかと思ったのだが。


「そうじゃなくてぇ、夜の営みの練習用だよぉ」

「ぐっ、げほっ、けほ……っ」


 れ、れんしゅうって…………。


「そういうのって未亡人がやるんだと思ってたわ」

「一般的にはそうですわよ。渡り人の世界にそういうものがあると聞いた家臣が勧めたそうですわ」


 うわあ。渡り人の悪影響か……。いや、悪影響なのか? 未亡人が相手をするよりよっぽどいいような気がしなくもない。


「でもぉ、細部を作るの大変だよぉ」

「布で作るんでしょう? 難しいわね」


 お酒が入った女子会のノリってこんななんだなと、経験値が低い私は妙に感心してしまった。


「ところでアマネ様、ユリウスとはどうなってますの?」

「まあ、その……お互い忙しくてですね……」


 やんわり躱そうとする私だが、この場にはそれなりにイザコザを見ているまゆりさんもいるのだ。


「昔の女とは以前おっしゃっていたハーピストでしょうか?」

「アマネ様、負けてはなりませんわよ!」


 二コルとシルヴィア嬢の食いつきの良さは一体なんなのだろう。


「いやあ、あはは……そんなに悪い人では……」

「アマネちゃん、絆されすぎよ。でも、朗読劇の後にユリウスさんがカミラさんと話をしていたみたいだけど?」

「ええ、まあ……」


 演奏会が終わってすぐ、ユリウスはカミラと話をしたようだ。詳細を聞くつもりはなかったのだが、カミラ自身から聞かされる破目になった私っていったい……。


 カミラによれば、ユリウスからはきっぱり想い人がいるので勘違いされるような行動は迷惑だと言われたらしい。


 利用していたなんて酷いとカミラは怒っていたけれど、過去に犯したちょっとした罪について持ち出されたので何も言えなかったそうだ。この場合、カミラが言う「過去に犯した罪」というのは設計図と火事の件だろう。「ちょっとした」で済むことではないと思う。


「でも、劇場の演奏家ですからね、もう顔を合わせないということはないと思うんですよ」

「それはそうよね。だけど、さすがにそこまで言われたらユリウスさんには近づかないんじゃないかしら」

「うーん……、その分クリストフの苦労が増えるかと思うと申し訳ないなって」


 まあ、私も相手をするけどね。カミラは過去にこだわらなければ別に嫌な人というわけではないし。


「アロイスさん、嫌っているもんねぇ」

「そうですね。元々女性とあまり話をするタイプではないんでしょうけど」

「わかるわ。私だって最近になってようやく雑談らしい話ができるようになった程度だもの。冷たいという感じではないけど、線を引かれている感じはするわ」


 まゆりさんの意見に頷く。ライナー時代のアロイスは私に対してそんな感じだった。クリストフと仲が良かったから、女性から変な誤解を受けないようにそうなったのかもしれない。


「あのヴァイオリニストは王都でも大人気ですわ。恥ずかしながらわたくしでも少しぐらっとしましたもの」


 婚約者様大好きなシルヴィア嬢が頬を染めて意外なことを言う。


「ロマンス曲集も飛ぶように売れていますよ。私はどちらかと言えばオーボエ奏者の方が好みですが」

「えっ、二コルってクリストフみたいなのがタイプなの?」

「ええ、甚振りがいがありそうです」


 うわー、クリストフ逃げてー!


「二コルちゃんってば相変わらずねぇ。でもぉ、クリストフさんはぁ、私もちょっと管理してみたいなぁ」

「へ? 管理って?」

「うふふー、決まってるじゃなぁい。しゃ」

「りっちゃんやめてちょうだい! 顔を合わせられなくなるわっ!」


 まゆりさんの悲鳴交じりの懇願に遮られ、何の管理だったのか私はわからずじまいだった。


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