反省会と朗読劇の打ち合わせ
「アマリア音楽事務所の全体会議を始めます!」
協奏曲の演奏会から1週間経ち、私もようやく全快したことで事務所の今後についてのミーティングを行うことになった。
「まずは協奏曲の演奏会について振り返りますか」
今後のことを話す前に、まずは反省会だ。アマリア音楽事務所の事業は、その都度臨機応変に対応しなければならない業務が多いのだが、それぞれが経験したことを評価として落とし込み、次へ生かしていかなければならない。
「事前準備も含め、足りなかった点や気が付いたことってありますか?」
全体を見回すと、まずテオが挙手した。
「やっぱりホールは椅子があった方がよかですね。場所取りで揉めるもんがおったけん」
音楽を聞くのだから必ずしも前に陣取る必要はないはずで、どちらかと言えば中央の後ろ側で聴く方がよいと思うのだが、前でなければ嫌だとごねる者もいたようだ。
「次は朗読劇だからバレエもあるわよね? 椅子を並べるにしても段差を付けないと後ろの席から見えないわよ」
「そうですねぇ……オーケストラピットも作らないといけないですし、椅子は少しずつ運ぶとして、段差を付けますか」
通常、舞台で使う平台や箱足を客席側にひな壇になるように設置するのが一番早いだろうということで、見積りを取るとまゆりさんが請け負ってくれる。更に、平台では足音が気になるため、厚めのカーペットも敷くことになり、会議後に城の倉庫を漁ることにした。
「ご年配の方は先に入場してもらった方がよかったかも」
次いでまゆりさんが反省点を述べる。
「2階からとはいえきついですよね。ゆっくり上っていただけるように、他の入場者とは別に入っていただいた方がよいでしょうね」
「次はチケットに注意書きしたらよかね」
チケットには開場時間と開演時間が記載されてはいるが、ご年配の方は先に入れる旨を明記するというテオの提案を採用する。
「あのねー、壁に飾ってある絵のことを聞かれたよ? どこで買えるのかって」
ジゼルの言葉に私は目を瞬く。各階や階段にはヴィル様から購入したヴァノーネの絵画が飾ってあるが、これはヴィル様に伝えた方がいいのだろうか?でもヴィル様は商人なんて言ってたけど、実際は王太子なのだが……。
「聞いてみても良いのですが……」
「そこまでする必要はないんじゃないかい? うちは絵画を扱っているわけではないのだし」
クリストフの言う通りだ。楽器の展示を行っているせいか、フルーテガルトの街で購入できると勘違いされてしまったのかもしれないので、展示品ではないことを明記することにした。
「警備はどうでしたか?王宮からも出してもらいましたが、混乱や衝突はなかったか聞いていませんか?」
「特には聞いてないな」
「だが外で聞いていた者が多かったようだぞ」
エドとラウロが答える。そういえば休憩中に来た門兵も、ハーラルトがいたと言っていたことを思い出す。
「まあ、それは仕方ありませんよね」
「空調がないし、防音にするわけにはいかないものね」
それに照明も火を使っているのだ。どうしたって閉めっぱなしというわけにはいかない。
「馬車はどうでしたか? 混雑しましたよね?」
今日は2人の門番の子も参加しているので聞いてみる。
「ヴェッセル商会の護衛さんたちが手伝ってくれたので、大きな混乱はなかったです」
「でも、馬車が引き返す場所が狭いので、前庭が使えると良いのですが……」
確かに城門の前は行き止まりになっていてあまり広くはないためUターンしにくい。前庭はまだ作っている途中だったのか、特に人工の川や噴水のような障害物はなく、芝生が広がっているだけなのだ。ちなみにこの前庭で、私は乗馬の練習をしていたりする。乗馬の先生は言わずもがなエドだ。
「芝生はこれから手入れが大変だぞ」
「そうですよね……」
南館の中庭を整備してくれたラウロの言葉に頷く。確かに今の状態だと、雨が降って翌日晴れたりすると、あっという間に草が伸びるだろう。
「西日が当たるので芝にしたのかもしれませんね」
考え込むように顎に拳を当てたアロイスが言う。
「石畳にすると暑いですかね?」
「しかし石畳だと乗馬の練習には危ないですよ」
アロイスがやんわりと私を嗜める。だいぶ上達したつもりでいたのだが、周りから見るとものすごくヒヤヒヤするらしい。
「う……っ、それは別の場所でしますけど……」
「倉庫に天幕があったばい。日よけにはそれを使ったらよか」
テオが言うには倉庫にある天幕を、北館の外側にテラスのように張り巡らせたらどうかということだった。
「そうねえ……でも天幕を張るにしても支柱が必要よね。街の業者さんに見積もってもらうわね」
費用が安ければいっそ石畳と天幕にしてしまってもいいかなと考える。
「あのー、お願いがあるんですが……」
話が一段落すると、ダヴィデが言いづらそうに口を開いた。
「北館のそれぞれの部屋に鍵を付けてほしいです」
「ああ、部屋を間違えられたって言ってたね」
ダヴィデはクリストフに相談していたらしく、クリストフの口からその理由が語られた。なんでも劇場の演奏家の一人が酔ってダヴィデの部屋で寝ていたらしい。
「女性も住むようになったからね。何か問題が起こる前に鍵を付けた方がいいね」
「クリストフがまともでびっくりですが、確かにその通りですね」
夜這い出来なくなるとか言いそうなものなのに。だが、王宮に滞在した時もそうだったが、クリストフはよく気が付くし、案外頼りになるのでダヴィデも相談したのだろう。
それに実を言えば、鍵の件はアルフォードにも言われていた。曰く、鍵穴が無いから人型にならないと扉を開けられない、だそうだ。
誰からも反論があろうはずもなく、鍵を付けることも見積りを取ることになった。
「他にありますか?…………無いようですね。では、会計報告をまゆりさん、お願いします」
「わかったわ。テオが資料を作ってくれたから、それを見てちょうだい」
テオが資料を全員に配布する。
「即位式の報酬は3000フロルね。演奏会の収益は6000フロルよ。ピアノ2台と馬車と馬を購入した分を差し引いても、十分な利益だわ」
まゆりさんのお褒めの言葉をいただいた。ピアノは北館の練習部屋とホールに1台ずつ即位式の報酬で購入したのだ。
「じゃあ、冬用に薪ストーブ、買えます?」
「そうねぇ。北館の住人が増えたし、事務所もレッスン室も買ってしまいましょう」
「やったー!」
大喜びした私だが、周りは仕方ないなという感じで苦笑している。やっぱり寒いのは私だけだったようだ。
「それからエグモントさん、概算でいいから旅費と滞在費を教えてください。仮払いで出しますから」
「わかったのである」
エグモントは3日後にはフルーテガルトを発ち、ルシャに向かう予定だ。以前から言っていたように、楽典の指導に出向くそうだ。
「道の駅のスタンプの台紙って増刷しないといけないですよね?」
「そっちはテオから報告してちょうだい」
まゆりさんがテオを見てくすりと笑う。テオは胸を叩いて得意げに言った。
「任せんしゃい! 道の駅の出展者たちで管理組合を作ることになったばい。城の厨房や防災用の水の管理もしてもらうし、スタンプラリーの台紙の発注なんかも任せることにしたばい。うちの事務所からも1人出してほしいって言われとるけど、誰がよかと?」
事務所の従業員が多少増えたとはいえ、事務仕事を任せられるのは見習いのキリルとモニカしかいない。2人は自分たちの勉強や練習もあるのだから、外部に委託できる部分は任せた方がいいと考えていた。
「テオがいいんじゃないでしょうか」
「そうね。見習いだけど、十分頑張っているもの」
まゆりさんのお褒めの言葉をいただき、テオは照れくさそうに笑った。
「ところでアマネしゃん、やっぱり出展料は取らんのですか?」
「ええ。街のみんなに使ってほしいですから」
テオは前々から出展料を取ることで固定収益を増やし、その分で事務ができる人間を増やした方がいいと言っていたのだが、私としては街の人たちに城を身近に感じてほしいと思っていた。
「道の駅はいいとしても、北館の管理を任せられる女性は必要よ。アマネちゃん、王都で客演もあるでしょう?」
「そうなんですよね。モニカは連れて行きますけど、律さんの工房の子たちもいますから、住み込みで働いてくれる人がほしいですね」
今は基本的には食事や洗濯は各自で行っているのだが、食事についてはまゆりさんが厚意で夕食を準備してくれることが多かった。
それに私が寝込んでいる間は洗濯までしてもらっていたので申し訳なかった。今回は特に劇場の演奏家たちが使ったシーツ類もあったので街の人たちにも随分手伝ってもらったのだ。
「はーい! 私、いい人、知ってるよー」
元気いっぱいのジゼルが手を上げた。
「ヘレナのお母さんだよ!」
「確かヘレナのお父さんってだいぶ前にご病気で亡くなったって言ってたわね」
「ヘレナのお母さん、スープ、おいしい」
マリアはヘレナのお母さんのスープが大好物だった。住み込みが可能なら作ってもらえるかもしれない。それにヘレナの家族なら背後関係を洗う必要もないので大歓迎だ。
「トマトソースもおいしいって聞いたわ。道の駅の商品にぴったりよね。収穫時期になったら教えてもらわなくちゃ」
まゆりさんは相変わらず道の駅の商品開発に余念がない。まずはヘレナを通して打診することで話がまとまった。
「会計報告はこんなものね。他にかかりそうな経費があったら早めに言ってね」
会計報告が一段落したので、山積みになっている今後の予定について話を進める。
「まずはヴィルヘルミーネ王女の婚約祝いですが、まだ出来ていません!」
「マイスター、威張って言うことじゃないよ」
クリストフに揶揄われて口を尖らせるが確かにその通りだった。フォルカーに催促されているので最優先で仕上げなければならない。
「エルヴィン陛下の婚約が発表されれば、その依頼も来るんじゃないでしょうか?」
ベルトランが言うことは一理ある。二度あることは三度あるものだ。ありがたいことではあるが、まだ発表もされていない。心積もりだけしておいて実際に依頼があってから考えることにする。
「7月に王都の劇場で客演がありますが、その演目はまだ決まっていません」
「あれ? オペラをやるのではないのですか?」
ダヴィデが質問してくる。冬に事務所の演奏者たちを集めて相談した時、客演はオペラをやろうという話になっていた。
「ヴィルヘルム先生に暗に交響曲を催促されたのです……」
「そうだったんですか。でも交響曲なら冬の間に起こしたものがありますよね?」
ダヴィデの言う通り、交響曲については楽譜だけでも起こそうということになっていた。
「そうですねぇ……」
ベートーヴェンを指揮するのは私にはまだ無理だとも思う。だがスケジュールを考えれば楽譜を起こす時間が足りない。やるしかないだろう。
「それと協奏曲も1曲くらいは新しくやりたいですね。アロイス、逆算していつころまでに楽譜が完成していれば演奏可能ですか?」
「最低でも1か月は練習したいですね。もっとあれば助かりますが」
1か月前ということは、6月の頭には完成していないといけない。王女の婚約祝いはすでに半分以上はできているので4月いっぱいには完成するだろう。5月はヴァイオリン協奏曲の楽譜を起こせばなんとかなりそうだが、6月は朗読劇があるため自分の練習時間を確保するのは無理だろう。
「発表会は? 8月だったよね」
「そうですね。発表会用の曲も楽譜に起こさないといけないですね」
「それなら私とモニカがお手伝いします」
ベルトランはピアノ単体の楽曲であれば、モニカに教えながら楽譜を起こせるという。
「俺も初心者向けならどうにかなりますよ」
「なら僕もやるよ。朗読劇の方はもう練習を始めているし時間は取れるよ」
「じゃあダヴィデとモニカは初心者向けを、ベルトランとクリストフは中級と上級を手分けしてお願いします」
発表会の曲まで手が回るか心配だったのだが、どうにかなりそうで安心する。生徒たちが演奏するのだから、5月末には楽譜を渡してあげたかったのだ。
「子猫の、ワルツは?」
「ふふっ、泣きそうな顔をしなくても大丈夫だよ、マリア。作ってあるから、後で渡すね」
マリアは『子猫のワルツ』を演奏したくてピアノを頑張っていたのだ。準備していないはずがなかった。
「発表会では先生たちにも演奏してもらいますから、やりたい曲があったら早めに言ってくださいね」
「僕は前にもらった『3つのロマンス』をやるよ」
「私は『シシリエンヌ』を演奏したいですね。楽譜はもう起こしてありますからご心配なく」
クリストフとベルトランがすでに選曲が終わっていることに驚く。
「え、決まってないの、俺だけですか? 参ったな……コントラバス単体の曲ってありますか?」
「うーん……クーセヴィツキーの協奏曲をピアノ伴奏でやるとか、もしくはピアノかチェロでも良いのではないですか?」
「…………考えてみます。ところで伴奏って誰に頼めば?」
ダヴィデの言葉に一斉に視線が私に向けられる。うっ、やってあげたいのは山々だけど、そこまで手が回らない気がする。
「……キリル、やってみませんか?」
「ぜひ、やらせてください」
キリルの音は主張するような音だけど、いろんな表現を覚えてもらうには伴奏もよい練習になると思うのだ。決して丸投げしたいわけではない。
「私もやりたいですけど……自分の発表会の曲がやっとかもしれないです……」
「自分のペースで良いのですよ」
モニカがしょげているけれど、モニカは楽譜起こしを手伝ってもらうのだし指揮者志望なのだから、発表会では自分の曲に集中した方がよい。
「アロイスはどうしますか? 客演もあるので大変ですよね」
「出版済みのものから選びますよ。一度は試演奏していますから」
ヴァイオリン用の曲で出版済みということは『ロマンス作品集』だ。演奏プロポーズを流行させる作戦第二弾を始動させる時が来たようだ。
「アマネ先生は演奏されないのですか?」
「私も出版済みの曲から選びますよ」
当然選ぶのは『ロマンス作品集』からだ。
「マリアは歌はどうする?」
「モーツァルト、歌いたい。ケルビーノの」
ケルビーノのアリアといえば『恋とはどんなものかしら』だ。ケルビーノはモーツァルトのオペラ『フィガロの結婚』の登場人物で、変声期直前くらいの超美少年だ。通常はメゾソプラノの女性が演じる。
「冬から練習を始めた人たちも、演奏したい方がいれば申し出てくださいね」
「私は無理だわ。全然練習出来ていないもの」
「僕もばい」
「私は朗読劇頑張るからいいもーん」
おっと、みんなつれないな。護衛の2人には視線すら合わせてもらえなかった。
「じゃあ、ジゼルがお待ちかねの朗読劇についてですね」
「わーい!」
朗読劇は6月の第3週に行われる予定だ。例によって王都の劇場の演奏家たちが1週目の公演が終わってからフルーテガルト入りすることになっている。
ちなみに王都での客演は7月の第1週だ。ゲネプロを考えれば朗読劇が終わって1週間後には王都に行くことになる。
「演奏は各自練習してください。ゲネプロは今回と同じで1週間前からです」
「衣装はりっちゃんよね? 早めに言った方がいいわよ。忙しいみたいだから」
「わー、大変! 作ってもらいたいのがあるのにー!」
ジゼルが今にも走って行きそうな勢いで言う。
「じゃあ会議が終わったら言ってきてください」
「はーい!」
両手を挙げるジゼルに笑みを返し、今度はテオを見る。
「台本ってだいぶ前にカスパルさんに見せてもらいましたけど、あれが完成版ですか?」
「直したいところがあるけん、早めに完成させるばい」
そういえばカスパルに見せてもらったものは、朗読する者以外にも出演者がいたはずだ。
「それは僕の方で手配するばい。小道具はラウロとエドに手伝うてもろうてもよか?」
「構わんが」
「早めに言ってくれ」
エドとラウロが答え、テオが頷いた。
「台本、早く、欲しいです」
「だよね。でもマリア、暗記しなくてもいいんだよ」
「でも、練習、したいです」
テオは頭を掻いて困った様子だが、マリアの気持ちもよくわかる。
「テオ、なるべく急いでくださいね」
「了解ばい」
朗読劇の打ち合わせが終わり、今後のレッスンについての話し合いになる。
「エグモントさんがいなくなってしまうので、本格的にベルトランとダヴィデにもレッスンを受け持ってもらいます」
「承知しました。私は中級者ですね」
「俺は初心者ですね」
3月はクリストフがいなかった分、アロイスとエグモントで見てもらい、4月はアロイスが協奏曲の練習があったためクリストフとエグモントが頑張ってくれた。だが、その都度変則的なスケジュールを組むより、生徒と講師の組み合わせを固定した方がよい。
「確かにね。引継ぎの手間を考えたら固定の方がいいね」
「スケジュールの調節もしやすいですが、エグモント殿とダヴィデが遠方に行く可能性を考えると講師2人1組で考えた方がよろしいのではないですか」
アロイスの言う通り、メインとサブの2人で1人の生徒を見る形であれば、演奏会の練習もしやすいかもしれないが、練度の問題もある。クリストフやエグモントが受け持つ上級者の生徒をダヴィデが見るのは難しいだろう。
「急な予定変更がある時は私がサブに入ります」
「マイスターは働き者だね。でも基本的には生徒と話し合って調整する形にしよう。管理するまゆり嬢とテオは大変だろうけど」
「モニカとキリルに他の仕事を手伝ってもらえるから、それほどでもないわよ」
まゆりさんはそう言うが、電話がないこの世界のスケジュールの調整はめちゃくちゃ大変なのだ。ほとんどの生徒はレッスンを受けた時に次のレッスンを予約するので、間が空きすぎてしまい、後から都合が悪くなったということが割と良くある。その場合は全て手紙での調整になるのだ。
「遠方からも来てほしいって依頼がいくつか来てるわよ」
「講師も人手不足であるな。北側ならばルシャの行き帰りで吾輩が回ろう」
遠方からの依頼は本当はダヴィデに頼むつもりでいたのだが、演奏会が2か月に1回のペースであり、ダヴィデも自分の練習があることを考えるとなかなか難しかった。
エグモントは生徒に楽器や楽譜を売る心積もりのようだが、性格的に無理強いすることがないのはわかっている。彼のトークは営業向きではないのだ。助っ人に入ってくれるならありがたい。
「秋以降は演奏会は行わないのですよね」
「ええ。街の人たちも収穫で忙しくなりますから、演奏会よりもレッスンに力を入れた方が良いと考えています」
「なら俺は秋に遠方を回りますよ。エグモント殿が北を回るなら俺は南ですね」
9月にはヴィルヘルミーネ王女の婚約を祝う演奏会が行われるが、それ以降は演奏会は入れていないのだ。10月と11月はダヴィデに遠方を回ってもらうことにして、それまでにベルトランに救貧院を任せられるように頑張ってもらうことになった。
「このくらいですかね? 他に質問はありますか?」
「楽屋にあるピアノを練習に使ってもよいでしょうか?」
ベルトランの質問で私もドロフェイが言ったことを思い出す。
「構いません。ホールに出しておきましょう。私も使いたいのです。エド、ラウロ、お願いできますか?」
エルヴェ湖への音楽の奉納について、いろいろ実験しようと考えていたのだ。
「他のやつらにも手伝わせるぞ」
「そうだな2人ではさすがに無理だ」
エドとラウロに頷くと2人は肩を竦めて了承の意を示してくれた。
他に質問もなく、解散を告げるとそれぞれが退席していく。
「あら? アマネちゃん、ヴィル様とリシャールさんが来てるみたいよ」
ヴィル様は5月の最初のレッスンを予約していて、協奏曲の演奏会後もフルーテガルトに留まっていた。リシャールもフルーテガルトが気に入ってしばらくいると宣言していたが、どうやらヴィル様と意気投合したらしく、時々2人で城を訪ねてくるのだ。
「ちょっとご挨拶してきます」
隣国の王太子と命の恩人なので無下にはできないなと私は立ち上がった。