設定は幸運を運んでくる
放課後、私と幼馴染みは誰もいない教室でいつも通り話し込んでいた。
「主人公のルーナディアスには特別な力が…「そこまでできてんなら文章書きなよ」…いや、そのぉ…無理です」
私の言葉で落ち込んでいるのが幼馴染みの奥坂良希。私、笠木紅葉とは幼稚園からの付き合いになる。
私とラキが幼稚園の時に私の住むマンションに引っ越してきた奥坂家族。マンションに私と近い年齢の子供がいなかったのもあり、私の母はすぐに奥坂家族に会いに行った。その時私も一緒に会いに行き、ラキと出会い、意気投合した。それからはずっと一緒で、高校も同じ学校を選び、今に至る。
目の前でまだ落ち込んでいるラキのことを観察してみる。フワフワのくせっ毛の髪は濃いブラウンをしている。目は前髪によって隠れてしまっているけれど、瞳は綺麗な黒。カッコイイというよりもカワイイの方が似合う容姿だけど、身長は高くて、よく見れば筋肉がしっかりとついている。
私の視線に気付いて顔を上げると、ラキは恐る恐る声を出した。
「イロハが文章にしてくれない?」
私はその言葉にため息を出す。
「何回も言ってる。私は文章を書かない。書きたくない」
ラキは物語の設定を考えるのが大好きで、思いつく度に私に話して聞かせる。だけど文章にするのが苦手で、実際書いたものを読ませてもらったけれど酷かった。せっかくの設定が表現しきれていなくて、内容に深みがない。はっきり言ってしまえば面白くなかった。何回も書いてみたけど駄目で、ラキは文章にするのを諦めてしまった。
もしかしたら私にならできるかもしれないと思い、その勢いをそのまま文章にした。ラキに読ませる前に誰かに評価して欲しくて、担任の先生に読んでもらった。そしたらすごく褒められて、私は嬉しくて嬉しくてラキに話をした。するとラキの一番自信のある設定を私が文章にすることが自然と決まった。私は何日も悩んで、ラキの期待に応えたくて頑張って物語を書いた。それを先生に見せると、
「うん、面白かったよ」
言われたのはそれだけ。前回のは続編を望んでもらえるほどだったけれど、ラキの設定を元に書いたのはたった一言しかもらえなかった。ラキの設定は絶対に面白い。だとしたら悪いのは私。私はラキの期待に応えられなかった。大好きなラキの期待に…。私はそこで初めて気付く。私はラキの設定だけじゃなくて、楽しそうに話してくれる姿、笑顔、ラキの全てが好き。だけど私はラキの期待に応えられない。そんな私をラキが好きになってくれるはずがない。そんなふうに考えてしまった私は、自分の想いを伝えることができなくなってしまった。今でもそんなふうに思ってしまう時があって、もしラキに失望されるかもしれないことを考えると不安になってしまい、中学以降物語は書けなくなってしまった。
ラキは私と目を合わせると、真面目な顔になって言った。
「イロハはオレの設定のこと好き?」
私はラキの言葉に驚いた。一瞬、ラキのことを好きなのかと聞かれていると思ってしまった。
「す、好きだよ?」
ラキは嬉しそうに破顔すると、1冊のノートを私に差し出す。
「じゃあこれ、オレの大好きなイロハのための設定。物語にしてくれる?嫌ならもう頼まない。イロハに設定を聞かせるのも最後にする」
今聞き間違いでなければ、オレの大好きな、の後に続いたのは私の名前だったけれど…。
「冗談だよね?」
ラキは照れくさそうに首を横に降る。そして表情をなぜか歪めると、話し始めた。
「冗談じゃない。イロハのことが好きだよ。オレの設定を楽しそうに聞いてくれる姿や、突っ込んでくれるイロハが。でも中学のあの日、オレが無理に物語を書いて欲しいなんて言った日から、オレの設定を楽しそうに聞いてくれなくなった。突っ込んでくれても返ってくるのは自分で文章を書け、だけで、間違いやおかしなところを言わなくなった。それがすごく悲しくて気付いたんだ。オレはイロハのことが好き。一緒にオレの設定について考えてくれるイロハが好きなんだって」
そこまで一気に言ってラキは悲しそうな顔で私を見つめた。私はなんて返したらいいのか分からなくて、静かに聞いていることしかできない。
「イロハはオレに書いた物語を見せてくれなかった。きっとオレの設定が悪かったんだ。だからオレに失望して、前みたいに話してくれなくなったんだよね?」
「ち、違う!!」
私は聞いていることができなくて否定した。確かにあの時の設定はあの時初めて知った設定で、驚いたけど、すごく面白かった。だからこそ、それを満足に文章にできなかった自分が許せなかったし、ラキに失望されるのが怖かった。
「私が、私がラキの設定を駄目にしたから…。ラキに失望されるのが嫌で、言えなくて…」
ラキが明らかに驚いてる。2人とも座っていた席からは立ち上がっていて、教室内は夕日色に染まっている。
「イロハがオレの設定を駄目にする?そんなのありえない。オレはイロハの書く物語が好きだよ。それにそう言ってくれる、ってことはオレに失望してない…の?」
私は必死に頷いた。
「よ、良かったぁ〜!」
「ラキこそ私の物語が好きって本当?私がどんなお話にしても失望しない?」
「もちろん。イロハに失望するなんてありえないよ。それに、中学の頃にイロハが書いたあの物語は本当に面白かった。…実を言うと、先生に頼んでオレの設定を元に書いたのも読ませてもらったんだ」
私は自然と自分の喉が鳴っていた。
「…最っ高に面白かった。先生はそれがうまく伝えられなかった、って落ち込んでたよ」
先生が?ということは全部私の勘違いということ?それに気付くと一気に恥ずかしくなってくる。
「さて、お互い不安も解消されたわけだし、オレの告白に答えてくれるかな、イロハ」
私は真っ赤な顔をそのままに、机を挟んだラキの顔に向かって頑張って背伸びをして言った。
「私も好きだよ、ラキ!」
初の短編です。
短いのが書きたくて書きました!息抜きです。
楽しんでもらえたのなら嬉しいです。