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巨人勇者

作者: 無限の地平はみな底辺

不幸にも深津ゆうすけは恐ろしく背が低かった。

20歳を越えた今も身長は150センチ台のままなのだから、残念ながら見通しは暗い。

この矮躯の所為で幼少の頃から不当な屈辱を味わい続けて来た。

その屈辱が如何なるものであるかを深津ゆうすけは決して語らない。

ただ、その昏い表情を見れば傷の深さは想像が付く。


身長の低さはゆうすけの人生のあらゆる面に暗い陰を落としたが、恋愛面に関しても相当悲惨な影響を与えていた。

いつしか深津ゆうすけは、ライトノベルに没頭する様になった。

学園物は一冊も読まなかった。

そのジャンルを楽しむには、ゆうすけの学生生活は辛すぎたからである。

ゆうすけが唯一好んだのは異世界物である。

異世界ラノベを読む時のゆうすけは、あまりにも思い詰めた表情をしていたが、こればかりについては周囲が何も言えなかった。


ある日、山梨市郊外に巨大な大穴が出現した。

その大穴は明らかに通常の地盤陥没とは様相が違っていた。

穴の奥は禍々しい紫色の光を放っており、少なくとも人類にとって未知の存在であった。

幸い自衛隊の駐屯地が近かったので、すぐに数部隊が住民避難作業に当たった。



諸外国は日本の新兵器開発の可能性を猜疑し、取り敢えず糾弾した。

宗教家たちは地獄や悪魔を連想した。

宗教屋達は自分達の商売に活かす方法を模索し始めた。

そして、オタク達は当然異世界を連想した。



現場にゆうすけが出現したのは、最初の報道から6時間後である。

深津ゆうすけが福岡人である事を鑑みれば、初報の瞬間に行動を開始したとしか思えない。

自衛隊員の制止を潜り抜けて、恐るべき敏捷性でゆうすけは大穴に飛び込んだ。

ゆうすけの小さな身体は奈落に吸い込まれていった。

その後形式的に自衛隊は批難されたが、彼らを本気でバッシングする者は一人も居なかった。

飛び込む際のゆうすけの狂気の笑顔を皆がネットを通じて目撃していたからである。






大穴の向こうには…

地球とは異なる世界が広がっていた。


色彩が地球とは大きく違う。

太陽があると云う事は、ここは地底ではない。


そう。

ここはまさしく異世界である。

実は深津ゆうすけにとっては、ここまでは想定内。





問題は…

今のゆうすけが全裸になってしまっている事である。

着用していた衣服と似た様な柄の布切れが手元に転がっている。

と云う事は…


「俺が巨大化した?  …のか?」


足元を凝視すると、靴下や靴だった物の残骸が転がっている。

確定。

深津ゆうすけは、異世界に到着後に何らかの作用で巨大化した。



「あまりに都合が良過ぎる… 夢ではない事は確かだけど…」



あまりにも願望が叶い過ぎると、逆に不安になる。

ゆうすけは猜疑心の強い表情で執拗に周囲を見渡した。


数分後。

ゆうすけは遠くに幾つかの人影を発見する。

呼び掛けようとして、ふと気が付く。


違う。

人影は遠い場所にある訳ではない。

恐ろしく小さいのである。



「巨大化し過ぎた?  いや、俺の元の衣服よりも更に彼らは小さい。」



幼少の頃から妄想し続けていた。

「自分よりも小さい人間ばかり居る国へ行けば、この身長を恥じずに済む」と。

或いは長年の祈りが天に通じたのだろうか。




『巨人様。 呼び掛けに応じて下さって頂いてありがとう御座います。』




小人の中の一人がゆうすけの足元で叫んだ。

その男だけが高い帽子を被っている所を見ると、どうやら小人達のリーダー格らしい。



「もう少し大きい声で頼むよ。」



ゆうすけが何気なく発した第一声だったが、相手にとっては余程大音声だったのか悲鳴を挙げて尻餅を付いてしまった。

これが質量差である。

ゆうすけは内心の感激を必死で噛み殺した。




『我々は悪魔の群れに苦しめられております!  どうか巨人様のお力で助けては頂けませんでしょうか! もう食糧庫も空っぽなんです!』




小人の話を総合すると、こういう事だ。


平和に暮らしていた小人の国に、突如大柄で言語の通じない生物(種族?)が攻めて来た。

何度か反攻戦争を試みるも、その全てで惨敗してしまい穀倉地帯や漁港から放逐されてしまった。

そして、今までささやかに蓄えていた食糧も底を尽き、小人の国は滅びかけている。


との事。




(それは単なる部族紛争ではないのか? 彼らを救うと云う事は、内政干渉ではないか?)



一瞬、地球人としての常識が脳裏をよぎるも、ゆうすけは小人の依頼を引き受けた。

何故なら、深津ゆうすけにとって他者から頼られるのは生まれて初めての経験だったからである。

彼らが持参した献上品(らしき物)の受け取りは固辞した。

ゆうすけの欲しかった物はもう手に入っていたからである。



「その悪魔を討伐すればいいんだよね?」



ゆうすけは静かに起ち上がり、堂々と第一歩を踏み出した。



「これが本当の意味での俺の第一歩だ。」



そう思った瞬間。

足の裏に激痛が走った。



(針? 棘? 釘?)



脳が痛みの種類を判別して可能性を提示する。

何かが刺さったのである。

或いは、樹木そのものを垂直に踏みつけてしまったのかも知れない。


情けない事であるが、ただそれだけの事で巨人・ゆうすけは呻きながら倒れ込んでしまう。

地球上に生息する全ての生物の中で、現代ホモサピエンスだけが補助具(靴類全般)なしで移動する能力を備えていない。

選りにも選って、そんな無価値な生物を小人達は召還してしまった。

ただそれだけの話である。


苦悶に喘ぐゆうすけが、何気なく眼前を見ると小人達が慌てた顔で駆け寄って来る。

当然、小人達は全員が裸足である。

足の筋肉の付き具合から見ても決して身体能力が鈍い種族では無さそうなのだが、、恐らくは劣悪な栄養状態によって身体機能を著しく低下させられている様だった。

何より個々の善良そうな顔つきからは戦闘性が全く感じられなかった。


小人達は動けなくなっているゆうすけを嘲笑する訳でもなく、ただ小さな体を必死で動かして介抱を試みてくれた。


そうだ。

彼らは、ただ優しいのだ。






そして、いつしか深津ゆうすけは今の自分の握り拳程のサイズもない彼らを見ても『小さい』とは感じなくなっていた。



「大小なんて所詮相対的なものだ。 本当に小さかったのは、俺の…」



初日、冷たい豪雨が降ったのが致命的だった。

ゆうすけは異世界来訪3日目にして、死に瀕していた。


痛み、寒気、渇き、飢え。

何より、心が折れていた。


そんな、何の役にも立たないゆうすけを、小人達は最後の食糧を渡して救おうとした。

ゆうすけは力なく苦笑し、拒絶する。

深津ゆうすけは、決して聡明な男では無かったが、この場面で遺言を間違える程の馬鹿ではなかった。

何も出来ない無力な自分が、彼らの役に立つ方法は、たったの一つだけである。

そして、遠慮がちな彼らにその手段を実行させるには、ゆうすけが『遺命』として強制させるしかなかった。





「みんな。  これから俺が言う事を聞いてくれ。」






結果的にハッピーエンドとなった。

深津ゆうすけの遺骸と云う膨大な食糧を確保した小人達は、種族の命運を掛けた最終反攻作戦を敢行する。

現代日本人の肉は余程滋養があったのか、奇跡の大勝利を収める。

悪魔と彼らが呼ぶ種族はこの後も何度か侵略を試むも、初の戦勝で自信を身に着けた小人族に完全駆逐されてしまう。

かくして、異世界に平和が戻った。



ゆうすけの降臨した山は小人族にとっての聖地となった。

残った骨は奇跡の証であり霊廟そのものとなる。


深津ゆうすけの名は、偉大なる救世巨神として今も異世界人達の崇敬を集め続けている。

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