第二章 俺のとこに来ないか?
第二章 俺のとこに来ないか?
「私、食べ物どころか家もないんです」
千紗が発した言葉に健太郎は固まった。予想の範疇を超えた言葉を理解するのにしばらく時間が必要な様子である。
(はあ? 家がない? まさかなあ……)
頭の中で冗談ではないだろうかという考えが浮かんでくるが、そうでもなければ公園のゴミ箱を漁って、食べかけのコンビニ弁当を発掘するなんていう行動をする必要がない。それに悪ガキならともかく公園のゴミ箱を漁るなんて女の子が遊びでもするような行動ではない。
「ちなみに君って年はいくつ?」
女の子に年を聞くなんて失礼な質問だが健太郎は確認をしておきたかった。見た目はどうみても公園で見境なく遊ぶ年の子には見えないが、もしかしたら発育の良い子かもしれない。
「年ですか? 今、十八です」
あっさり答えてくれたことに健太郎は少々驚いたが、これで彼の考えは大きく信じる方に傾いた。まさかいい年した女の子がゴミ箱漁って遊んでいるわけがない。エロ本を探している男子高校生ならもしかしたらいるかもしれないが。
とにかく千紗の言葉をいたずらに疑うことをやめた健太郎は次に聞いておかなければならないことがあった。それをストレートに千紗に尋ねていく。
「もしかして家出?」
「いえ、違います。家出じゃないですよ」
千紗は微笑みながら素直に質問に答えていく。いつの間にか警戒がだいぶ解けていることに健太郎は気付いた。とにかく話しやすくなってよかったと健太郎は安堵する。通報という最悪の事態は避けられたようだ。
「家出じゃないなら一体どうしたんだ?」
「はい。私、実は田舎から出てきまして最初の内はこっちでアパートに住みながらバイトをしていたんですが……」
「何かあったのか?」
「私のお友達という人から電話がかかってきまして、お金に困っていると言ってきたんですよ」
「……」
健太郎は実に嫌な予感がしていた。もうこの先は聞かなくてもわかりそうなものだったが、一応話させた手前打ち切るわけにもいかない。それに心のどこかでそんなものに引っかかるほど単純ではないだろうと信じたかった。
「それでここにお金を振り込んでくれ、頼むと言われたので可哀そうと思って……」
「振り込んじゃったの!?」
「はい。そうしたらそれきり何にも連絡がなくて気が付いたら私の生活が困ってしまって」
「それで今に至ると」
「はい」
あまりに想像通りの展開で健太郎は頭が痛くなってきた。せめてもう一山越して欲しかった。まさか最初の詐欺にそのままやられて破滅とは。いくら田舎から出てきたとはいえそれぐらい判断して欲しかった。
「あの人はどうなったんでしょう。助かったならいいんですが」
「おいっ!」
だからあなたは騙されたんですからと健太郎は全力で突っ込みたかった。世間の怖さをあまりにも知らなさ過ぎる。健太郎は徐々にこの子をこのまま放っておくのは危険だと考え始めた。その内もっと厄介なことに巻き込まれそうだと深く考えなくても想像できる。
健太郎は今の現状を考え始めた。現在、健太郎は自宅から大学に通っている。学費も親に払ってもらっているため経済的には問題は何もない。親の承諾さえ得れば自宅にて保護することは出来るのだが、問題は両親が海外赴任で長期不在という点だった。年頃の女の子と二人で暮らす。両親がそれに対して何というか、それよりも目の前の千紗が何というかがまず問題なのだが無理を通してでも連れて行かないと不安なことこの上ない。
「なあ、あのさ」
「はい?」
微笑みながら千紗は首を傾げる。そんな仕種を見ただけで健太郎は不安に駆られる。純真過ぎるのだ。これはやはり放っておけないと健太郎は真剣な顔をして千紗を見つめる。
「もしよかったら、俺の家に来ない?」
「えっ?」
疑問の声を出す千紗。よく知らない男から誘われたとあれば当然だろう。健太郎は何とか説得していかないとと考えを巡らすがその必要性は全くなかった。
「いいんですか!?」
千紗は目を輝かせながら健太郎に詰め寄る。その際に千紗から異臭が漂ってくる。一体どれだけホームレスをやっていたんだと健太郎は呼吸を止めながら頭の中で詰問をする。
「ああ、このまま放っておけないしな」
「ありがとうございます。ありがとうございますっ!」
千紗は凄まじい勢いでお辞儀を繰り返す。しかしその度になびく長い黒髪から異臭が漂ってくる。健太郎は口呼吸で凌ぎながらそのお辞儀を止めるよう千紗の肩を掴む。その掴んだ肩も衣服をしばらく洗っていないためかやや湿っており嫌な感触がしていた。
「そ、それじゃ早く行こう。もう時間も遅いしな」
「はいっ! これからお世話になります。よろしくお願いします」
こうして健太郎の家に妙な同居人が住み着くことになったのだった。