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戦闘員Aだけど魔法少女に恋しました。

「ああああああぁ!」

大剣は怪人の腹部を見事に貫通した。キラークラブと呼ばれるカニ怪人はド派手な大剣を持つ少女に抱きつかれるような形になりながら致命傷を負い、泡の粒と青い血反吐がアスファルトに跳ねる。

だが足りない。―――致命ではあるが、即死ではない。

右手の巨大なハサミに掴まれたままのもうひとりの少女は苦しそうな呻きをあげた。万力のような力でそのハサミに締め上げられているのだ。

「…ッ!?」

止めを刺すべく突き刺さったままの剣をなぎ払おうとした少女の身体ももう一方のハサミががっちりとホールドしていた。ごきりごきりと嫌な音がして、今にも守るべき民間人の少女の背中がまっぷたつに割れてしまいそうだ。身動きの取れない剣の少女は自分の判断ミスを認識し呪った。


そう愛しの彼女の大ピンチである。ピンチ×ピンチ=ヒーローだ。

震えている場合じゃない。走れ俺!戦え俺!

俺は俺を奮い立たせて走り出す。

今ここでやらなきゃなんにも意味がない。あの子を救うのだ。あの子の守るべき世界を守るのだ。

「徳ちゃんッ!!!」


あの子が俺を呼んでいる。


走れ。走れ。走れ。走れ。

力強く脚を踏み込むとさらに加速。視界がどんどん狭まり、俺の視線はカニに一点集中した。

「キシャーーー!!」と金属のこすれあうような嫌な音がカニから発せられる。カニの鳴き声なのかわからんけどめちゃくちゃ怖い。それでも走る。

とにかく、相手の気がそれればいい。彼女が一瞬自由にさえなればそれでいい。相手の武器は一つ、両手のハサミだ、しかし今は両方ともそれが埋まっている。この馬鹿カニ野郎め。まっすぐ突っ込んで顔面をぶっ飛ばしてやる。この加速力の乗ったパンチだ。痛くないわけがない。というか、この一撃で奴をやっつけちゃうかもしれない。


待て待て待てまてマテ俺。取らぬ狸の皮算用だぞ。まずは渾身の力を込めてあいつをぶっ飛ばすそのことだけに集中だ…!


走れ。走れ。走れ。…待てよ。俺、走れ…てない?なんか浮いてない?


そのときになって、俺は始めて気が付く。


脚は宙を掻き、全身には大砲がぶち当たったみたいな衝撃が駆け巡っている。くるくるとコマのように虚空を回転しながら俺は怪人とは真反対の方向へと吹っ飛んでいく。

脳みそが何度もシェイクされる感覚を味わいながら、奴と目があった。右足を突き出したような格好でカニ男は不思議そうに俺の方を見ている。


(うごぉ…めちゃ…痛い…、なんだ…?…蹴り…?蹴られた…?)


助けにきたはずなのに。

隙を作ることすら出来ない。

カニ怪人の蹴りってなんだよ。カニの最強武器って蹴りかよ…なわけあるか。


以心伝心じゃあないけれど、奴の心の声が聞こえてしまった気がする。


(なんだ…こいつ…?ヒーロー…じゃあないよな…)


盛大に顔面スライディングを決めながら俺は憤慨した。俺だって立派な正義の味方だ。


巻き上がる砂煙と薄れていく意識の中で叫ぶ。


俺は戦闘員Aだ!!!!!!




『実際のところ、世界はヒーローたちに守られているのである。世界を守る魔法は自衛隊でも警察でも法律でもない。同じ暴力にして、より高い精神性を持つ正義の味方という存在によって。』



1999年、アンゴルモア大王はやってこなかったけれども、ある衝撃的な文書がテレビ公開されることになった。当初、アメリカの地方のローカル番組で放送されたその番組は、後に、全世界で再放映されることになる。

その書類は通称Z文書と呼ばれる極秘書類であった。内容は極極単純なものであり、発表された当時にはその事実性を疑われていた多くの事項が今日にいたるまでに真実であることが裏付けされてきた。

内容は会計報告やら企画書やら。その内容をわかりやすく掻い摘んでいくとこうだ。


「この世界には人類の滅亡を目論む悪の組織が存在する。そして、それと戦う、人類の守護者ヒーローが存在し、この二つは日夜戦いを続けている」と


この文書だけでは信じない人間が多かっただろう。しかし、翌日にテレビ局を占拠したアメリカの悪の組織「レッドウィンドウ」の総統による公開演説。日本の悪の組織「禁断会」のネット放送による宣戦布告。次々に世界中の悪の組織たちがその実態を世界に見せたはじめたことで、人々は否応がなしにその実在を知る事になる。そして、不安に陥る民衆をパニックから救うために、政府はヒーローと呼ばれる存在の実在を明らかにしたのである。歴史の陰で起こっていた戦いは日常のすぐそばまでやってきた。


あれから十年、今や世界いたるところにヒーローは存在し、人々はその存在を認知する時代になった。県に一人、とかそういうレベルじゃなく、市に一人。多いところでは市に二、三人いるところもある。

そしてこの静岡県G市を守るヒーローも二人いるのだ。二人のヒーロー。

一人は大きな剣を振り回し怪人を叩き切る美少女ヒーロー、ジャスティスブレイド。現役女子高生であるらしくマスメディアの注目も高く、市民にも支持され全国単位でも非常に人気が高いヒーローである。


そしてその正体は謎である。


でも俺は知っている。俺だけが知っているのだ。


謎の彼女は俺の上司で、俺の幼馴染で、俺のヒーローだ。




放課後になり、自転車置き場は家路を急ぐ生徒でごった返しになっている。鶴川徳治は二階四組教室からその光景を眺めていた。

昨夜起こった、連続婦女傷害事件の被害者がこの学校の生徒だったという理由で生徒たちは昼前に帰宅を命じられている。当然出歩いたりしないよう厳重に注意されたが、果たして意味があるのか、俺にはわからなかった。

奴らがその気になれば塀もドアもあってもないようなものだ。壁の向こうから突然刃が現れて人を切り裂くことだってある。家ごと消し飛ばす強力な攻撃を放つかもしれない。

つまり彼らの命はあってもないようなものである。この世界を守るヒーローがいなければ。


「いたいた、徳ちゃん」

幼馴染の星野悠がいつのまにか教室の入口にもたれて立っていた。この女子高生は気配も感じさせない。

「へっへー、ニヒルに浸っておりましたなあ…窓から遠くを見つめ、憂鬱に浸る…カッコイイですなあ…二へへ」

少し意地の悪そうな顔をして悠が脇腹を肘でえぐりに来る。地味に痛い。

「ばッバカ野郎。見守ってただけだよ!!カッコつけてるわけじゃないって!」

「へーそうなの?」

「…それより悠。昨日の傷は平気なのか?」

「……うん、もう、平気だよ!ほら!!」

両腕をボディビルダーみたいに構えて元気アピールをしてくる。彼女にヒーローとして超人的な能力はない。どっからどう見ても彼女の腕は女子高生の細腕だし、春麗みたいな丸太のような脚をしているわけじゃあない。魔法の剣でなんでも切り裂けて、魔法のマフラーで空を飛べる。ただそれだけなのだ。

本当は全身が痛いのだろう。だがそれを押し殺してでも守りたい世界がある、そういうことだ。

「くっくっく…まったく昨日はすばらしい役立たずっぷりだったなあハルちゃんよぉ」

アラジンに出てくるジャファーの声を100倍意地悪くしたような声が徳治を嘲笑してくる。

「やかましい。剣の分際でヒーローの悪口を言わないでくれ。つか俺はトクジだからな。ハルって誤読だぞ」

不快感を隠そうとしないで言い返してやる。

「ヒーロー!?お前が!?ヒーロー!?!?!?!ハルちゃん笑わせてくれるぜ、くひゃひゃははははは」

悠が手に持つ携帯ストラップについてる剣が大笑いをあげる。

「お前だってカニ怪人に挟まれて動けなかったくせに…」

「ああァ!?関係あんのかそれ!?」

怒りを顕にしてストラップが元気よく跳ねる。あまりにも邪魔だったらしく悠は携帯ごとストラップを近くの机に置いた。

「関係大アリだろ!」

教室には俺と悠しかいない。傍から見れば俺が発狂したか、いいところ、痛い劇の練習でもしているのかと思われるだろう。剣のストラップとマジ喧嘩する高校生。見た目がやばすぎる。


だが悠の携帯ストラップは喋る。それが事実であることだけが確かなのだ。


「あんなカニのハサミくらいぶった切るなんてわけないぜ」

「昨日がっちり挟まれちまってたろ。つかえねーやつ」

「使い手の腕の問題だ。俺の切れ味はあんなもんじゃねーよ」

「えへ…ご…ごめん…ね。つかえねー未熟なヒーローで…」

流れ弾に見事メンタルを打ち抜かれたらしく、悠がずーんと沈んだ顔になっていた。アーモンド大の瞳には涙すら浮かんでいる。

「あ、あ、ちげーって!!悠!!おいお前!どうすんだよ!!このなまくら剣やろう!!」

慌てて俺がフォローを入れる。

「どうするもこうするもお前のせいじゃねーかよ!俺ァ慰め方なんて知らん。剣の妖精だしなあ」

「ままま…それにしても昨日はなんとか出来てよかったよ…な、なはははは」

「おめーはなにもしてねーけどな」

冷静なツッコミが切り裂く。

「はぅ…でももうダメかと思ったけどね…やっぱりピンチには助けに来てくれるんだね…かっこよかったよ…」

頬を赤らめて悠はのろけ始めた。こうして正面向かって言われるとむず痒いものだ…。でも悪い気はしない。浮かび上がってくる照れとニヤケ笑いを隠すことに俺は必死だ。

「えっ…いやあ…まあ俺お前を助けようと必死に…さ。何よりも…俺お前のことずっとずっと好き…」


「シルバースター様!!!」


「えっ」

「あのあとシルバー小僧が来てよ。カニをやっつけて二人を助けたのよ。お前が気を失ってる間に」

くししと笑う剣の妖精。このやろう…わかってたなら言えよ…。


シルバースターとはもうひとりのヒーローのことである。名前だけ聞けば銀色の全身タイツの変態丸出しの格好でもしてそうなものだが、これがまたセンスの良いカッコイイコスチュームを着ている。

そしてやつはいつもいつもジャスティスブレイドのピンチを救うのだ。俺が救おうとする寸前にいいところを見せにやってくるいやらしい奴である。

見てくれは非常にいいので、人気のあるヒーロー、それがシルバースター。

どうやら昨日の失態のあと、俺と悠は奴にまたもや救われてしまったらしい。



「………」

悠はうっとりとした表情を浮かべている。そして、俺の視線にようやく気が付くと、

「ん??…はっ…!徳ちゃん、何かいった?あっそういえば徳ちゃんも怪我だいじょぶ?!」

恋する女子高生からすっかり正気に戻ると俺の心配をしてくれるやさしい悠。平気だよ、と空元気を見せるが、それ以上に俺のメンタルのダメージがひどかった。

メディック!メディィィィィィック!誰か俺の心の止血を!!!

くそう!シルバースターのやつ!!!いいとこ取りか!汚いやつだ。ほんとうにいけ好かない。

このG市を守るのは俺と悠だけで十分だというのに…!出しゃばりやがって。

クソクソクソ… ピンチになる前に来やがれってんだ。狙いやがって下心見え見えなんだよ…クソッ。


「えーっと…はいはーい。徳ちゃん?…起きてる?」


「はっ!?…いや悪い。ちょっとスカンジナビアの治安を心配してた…」

「いや…スカンジナビア比較的治安はいいところだよ!?徳ちゃん!?」

「そうなの!?あっ…いやーそれでもね。悲しむ人が一人でもいると辛いって思ってさ…ヒーローとして、な」

「…へんな言い訳…ふふふっ。うん。そうだね、それじゃ、とりあえずこの街の正義を守らなきゃね徳ちゃん!そろそろ時間だよ、星屑会議に行こう」


二人の通うK高校は三階建て校舎だ。しかし、実のところは四階建て地下一階の建築物で、そのことを知っているのはこの星屑会議に集うヒーローたち、それとヒーローたちの下部組織である戦闘員のみで構成される「バックグランド」の人間だけなのであった。


購買部のカウンターの裏、秘密の通路を通り地下のドアを開けるとそこにはテーブルと地図が置かれた薄暗い、いかにもな秘密基地があり、既に県内のヒーローが集まっていた。そうそうたるメンツに身震いしそうだった。いつの間にやらコスチュームに着替えた悠、ジャスティス・ブレイドが先に扉へと入る。慌てて徳治もマスクをかぶった。といっても徳治のコスチュームはいたって地味だ。学ラン風の衣装に月光仮面のようなあやしげなマスクをかぶるだけの変装とでもいったほうがいい。戦闘員の基本コスチュームがこれだからしょうがない。あまり個性を出してはならないと決まりがあるのだ。

「それでは、すこし時間がはやいけれど、第一回星屑会議を始めます。この会議に集まってくれて本当にありがとう。これからは私たちで協力して静岡全土の安全を守りたいと思います。リーダーが決定するまでは私が暫定のリーダーを努めます。異議がなければ、議題は今夜の見回り。そして連続暴行事件の犯人、キラークラブに関する情報の開示からです。まずは戦闘員A君からお願い」

普段とは違うキリリとした彼女の声に俺の気も引き締まる。

「分かりました」

俺は説明を始めた。地図とホワイトボードを使い、怪人のあらゆる情報をわかりやすく説明していく。

が、この部屋の異様な雰囲気に眉をひそめた。

(妙に暑苦しいような…、つか、みんな息荒い…?)

そしてハッとした。奴らの目線の方の先には…ジャスティス。


(まじめーに俺の話を聞いてるジャスティスは気がついていないけど、ほかの奴らは説明など聞いちゃいない!ジャスティスを舐めるように見ている!!!あの黒とピンクの聖領域、ジャスティス・ニーソックスを!少し控えめのBカップ、ジャスティス・バストを!!ハートマークの刺繍の入っている小生意気な尻!ジャスティス・ヒップを!!!)


なんということだ、こいつら全員ジャスティス狙いだったのだ。戦慄の事実に俺は打ちのめされそうになったが、なんとか顔色を変えずに説明を続ける。


(…ほんとにこいつらヒーローか!?ただの変態どもじゃねーかよ!!!)


ヒーローたちのジャスティスを見る目と言ったら、獣のそれだ。

彼女の露出度の高いコスチュームは人気があるのだ、と聞いたことがあるが、つまりはみんなスケベってことじゃないか。十人のヒーローを睨みつけながら俺は心の中で誓う、こんな野獣どもに彼女は渡せない!彼女は俺が守るんだ!


この時、俺はヒーローたちの会議で一人孤独な戦いが幕をあげたことを知った。


1対10。


絶望的な戦いだが、俺は負けない!だって俺は、彼女のことが誰よりも一番好きなんだから。

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