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「あ、門のところに誰かいるー!」
「神校の子じゃない?誰か待ってるのかな?」
近くにいた女子が騒いでいた。神校といえば青葉と紫苑が通っている高校だ。釣られて視線を向けると、そこには見知った顔があった。
「青葉!」
俺は急いで青葉の元へ行った。
「なにしてんだ、青葉」
「紫苑今日ちょっと都合が悪いから、那流と一緒に帰ろうと思って」
「都合が悪い?」
「うん。いつも僕に付き合ってもらってるから、たまには女の子同士で遊んでもらいたいなって。ちょうど紫苑誘われてたし」
「そうか」
青葉も青葉なりにいろいろ考えているのだろう。
「一緒に帰れる?」
「もう授業無いから帰れるよ。リュック取ってくるから待ってろ」
「うん」
青葉を残し、荷物を置きっ放しにしていた講義室へ走る。リュックサックを掴み、ノートや筆箱を適当に仕舞う。急いで青葉の元へ戻ると、青葉はぼーっと空を眺めていた。
「待たせたな、青葉」
「ああ、那流。見て、空が綺麗だよ」
言われて空を仰ぎ見る。確かに綺麗な夕焼け空だった。燃えるような真っ赤な空。思えば、こうして空を見上げるのは、ひさしぶりかもしれない。こんなような空を前に一度見たような気がする。あれはいつだっただろう。
「帰ろっか、那流」
腕をそっと掴まれて、我に返る。俺はそうだな、と返して大学を後にした。
「高校はどうだ?楽しいか?」
那流が僕に問いかけた。僕たち以外に人はいなく、しんと静まり返っている。土の匂いが強く香る畑に囲まれた道を、二人で歩き続ける。
「学校、楽しいよ。今は」
「今は?」
「うん、今のところはね」
そう答える僕の声は小さかった。そして、少し震えていた気がする。那流はそんな僕の顔をチラリと横目で見た。呆れられちゃったかな。僕がいつまでも学校に対して弱気でいるから。
「…ごめんなさい」
「ん?」
「ごめん。いつまでもウジウジしてちゃ駄目なのはわかってる。でも駄目なんだ、僕。怖いって思っちゃう。いつか何かとんでもないような事しちゃうかもしれない」
「青葉…」
「こんなんじゃ、いつまでたっても那流みたいにカッコ良くなれないよね」
半ば自棄になって吐き捨てる。いつもの那流なら、笑うか励ますかするのになぜか今日は違った。那流は黙ったままだった。俯き気味だった顔を上げて、那流の表情を盗み見る。
那流は顔を真っ青にして前を見詰めていた。その端整な顔には、恐怖の色が浮かんでいる。どうしたんだろう?那流の視線を追って前を見ると、先には橋があった。九十九橋という小さな鉄橋だ。柵が設けられていない上に、古さの所為で風が吹くたびガタガタ揺れる。5m下の九十九川に落ちそうになったことは一度や二度じゃない。
「那流?」
呼び掛けても、なるは返事をしない。遂には足を止めてしまった。
「どうしたの、那流」
そっと手を引っ張ってみる。那流はやっと気づいたらしく、僕に笑みを向けた。無理矢理顔に貼り付けたような、作られた笑顔だった。初めて見る、那流の作り笑い。
「ああ、なんでもない…」
「何かあった?」
「いや、大丈夫だ。気にするな」
そう言って那流は再び歩き出した。しかしその歩みはだんだん減速していき、橋の手前で足を止めた。
「ねえ、どうしたの?」
「…青葉、違う道から行かないか」
何かあったのかな。しばらく考えて、やっと思い出した。そういえば、あんなことがあったっけ。