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僕と紫苑は高校に無事入学した。
「同じクラスで良かったね、青ちゃん」
「そうだね」
入学式が済んでクラスが発表され、それぞれのクラスに移動した。みんな緊張と不安でピリピリしている中、紫苑が嬉々として話しかけた。見た感じ、紫苑は緊張している様子はない。
「紫苑緊張とか無縁だもんね、いいな」
「何言ってるのよ。あたしだって緊張くらいするよ」
「そうなの?ふーん…」
「あっ、信じてないでしょ!」
「別に…」
「あ、先生来た。また後でね。一緒に帰ろ」
「うん」
前のドアから僕たちの担任となる教師が入ってきた。入学式で顔を合わせてはいるが、近くで見るのは初めてだ。若い男の先生で、まだ20代だろう。田中と名乗った。田中先生は担任をするのは初めてなのだろうか、喋りや動きがぎこちなく感じた。
「一年間、よろしく」
お決まりな自己紹介が終わり、早くも放課となった。帰る準備をしていると、
「柳、ちょっと来てくれ」
先生に呼び出された。用は大体想像がつく。紫苑に正面玄関で待っていてと告げ、先生に着いて行った。
「病気のことですよね、先生」
「…そうだ。君の病気については詳しく聞いた。無理をせず、何かあったらすぐ言いなさい。君の友人関係も聞いている。緒方と…あと、隣の大学にも知り合いがいるらしいな」
「ええ、まあ」
「何かあったら彼を呼んでくださいと親御さんに頼まれた。安心して学校生活を送りなさい」
「はい、わかりました。さようなら」
一方的に別れの挨拶を言い、さっさと切り上げた。急いで玄関へ行く。他の生徒はもう帰ってしまったようで、残っているのは部活動がある上級生だけだ。野球部の掛け声が響く中、紫苑は一人で空を眺めていた。
「ごめんね、紫苑。帰ろう」
「うん」
僕は徒歩通学だけど、紫苑は自転車通学だ。紫苑は新しい紫色の自転車を手で押して、歩く僕に付き合ってくれている。
「先生、いい人そうだね」
「そうかな。偽善者ぶってる感じだったけど」
「それはないでしょ。でも、これからそういうのが見えてくるのかもね」
ごうっと強い風が吹いた。紫苑のセーラー服の長いスカートの裾がはためき、うっとおしそうにそれを押さえつける。
「中学の時はブレザーだったからセーラー服に憧れてたけど、実際着てみるとちょっと嫌ね。スカート長くて重いし、上着脱ぎづらいし」
「そうなんだ。男子は別に、変わらないかな。ちょっと襟が苦しいけど」
「そのうち慣れるよね、きっと」
他愛のない話を続けているうちに、会話のネタがなくなる。自然と二人は黙ってしまう。
田んぼに囲まれたあぜ道を歩いてゆく。しばらくじっと黙っていたが、やがて紫苑がぽつりと呟いた。
「なる兄、どうしてるかな」
紫苑もやはり那流のことが気になっている。僕もそうだ。つい那流のことを考えてしまう。
「まだ大学だよ、多分」
「この前会ったばっかなのに、また会いたいって思っちゃうな。なる兄が帰ってきてくれて、本当に嬉しい」
「紫苑は本当に那流のこと好きだよね」
そう言うと、紫苑は急に憤った。
「そ、そんなんじゃないわよ!」
本人は隠してるつもりなのかな。傍から見れば紫苑が那流に恋愛感情を持っているのは丸わかりだ。しかし那流はそれに気付いていないらしい。紫苑の好意は引っ越す前からなのに、一向に気付く気配がない。鈍感なのにも程がある。
「那流、全然変わってないよね」
「そうよね、顔がちょっと大人っぽくなった以外には、変わってないわよね」
「それだけじゃないよ」
紫苑の好意に気付かない鈍さも変わってないよね、と心の中で付け加えた。
「あと何かあるっけ?」
「…んー、なんでもない」
そうこうしているうちに紫苑と別れる曲がり角まで来た。
「じゃあね、ばいばい」
「うん、また明日。ありがと、紫苑」
「いーのよ、じゃあね」
紫苑は自転車に乗り、帰って行った。僕はその姿が見えなくなるまで見送った。そして小さく呟いた。
「僕の方が紫苑よりずっと那流のこと好きなんだから」