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一学期の終業式は、一人で登校した。傍らに紫苑がいないというのがこんなにも寂しく感じたことは今までなかった。空はカラリと晴れ上がり、まだ朝早いのに少々蒸し暑い。こめかみに伝う汗を拭って、空を見上げる。紫苑は大丈夫だろうか。
あの日から那流と電話が繋がらない。訪ねて行っても留守だった。那流が行方を眩ました。そう考えていいのだろうか。
紫苑が事故に遭ってから、いろんなことを考えた。僕の本当の気持ち。今まで僕ができなかったこと。これから僕にできること。僕はこれからどうすればいいのか。等々。僕は今までに無いぐらい沢山考えた。
「おはよー柳くん」
不意に話しかけられ、ドキッとした。傍らに渡部さんが立っていた。彼女も紫苑と仲の良かった子で、健康的な小麦色の肌と、短くカットした栗色の髪の毛が特徴だ。僕よりも少しだけ背が高くて、ボーイッシュな女の子だ。
「おはよう、渡部さん」
「ん。一緒に行ってもいいかな」
「ああ、うん。いいよ」
僕は渡部さんと並んで学校へ向かった。彼女もこっちの方に住んでる子だったのか。
「渡部さんは中学校どこだった?」
なんとなく尋ねると、渡部さんは声を重くして答えた。
「あたし4月に引っ越してきたから。ここら辺の中学校じゃないよ」
「へえ、そうなんだ」
「あたし今までずっと東京で暮らしてたから、こっちに引っ越してくるときとっても不安だったの。友達ができるかとか、この土地に慣れることができるかとか、もっといろいろ。
そんでね、あたしが高校入って最初にできた友達が美優なの。知ってるでしょ?同じクラスの福山美優」
僕は頷いた。彼女のことは知っている。彼女の泣き顔が嫌という程に脳裏に焼き付いている。
「慣れない土地で右往左往してるあたしに優しく手を差し伸べてくれたの。それ以来あたしたちはすっかり仲良くなって、美優の紹介でユキとも仲良くなれた。美優はあたしの恩人だし、親友でもある。美優がいなかったらあたし、今頃教室の端っこでひとりぼっちだった」
渡部さんが僕に前に立ちはだかった。腰に手を当て、仁王立ちしている。
「あんたさ、なんで美優のこと振ったの?」
なぜ渡部さんがそのことを知っているのか、僕は不思議に思った。福山さんは他の人には秘密にして欲しいと言っていた。親友にならいいのだろうか。
「あたしがなんでそんなこと知ってんのか、そう思ったでしょう。美優に聞いたんじゃない。あたしもその場にいたの」
「…君が?」
「あんたと美優がいつまで経っても戻ってこないから、心配して様子を見に行ったの。保健室に入ろうとした時、美優の声が聞こえて立ち止まった。立ち聞きはよくないなんて十分わかってる。でもあたしは聞いちゃったの。美優があんたに告白するところを」
「……うん、確かに僕は福山さんに告白されたし、それを断った。その事実は変わらない」
渡部さんはキッと僕を睨みつけた。目尻に涙が溜まっている。
「どうして、美優を振ったのよ!美優は本当にあんたのことが好きだった。本人は隠しているようだったけど、傍から見ればバレバレよ。そんな美優の初恋を、あたしもユキも陰ながら応援してた」
僕は返事に詰まった。彼女の親友を想う気持ちはとても強いし、正義感も強い。しかしそれは福山さんのためになるだろうか。
「…君がそれを聞いてどうするというの?君は福山さんのためになにができるの?」
「あんたねぇっ!」
「僕が福山さんを断った理由は本人にちゃんと言ったよ」
「あたしは…っ、美優の力になりたかったの…!」
声が震えていたが、彼女は決して涙を流さなかった。拳を握りしめて、歯を食いしばった。
「それなら、こんなとこで僕に尋問するより、君には他にすべきことがあるんじゃないかな。なすべきことを成せないと、一生後悔する羽目になる」
脳裏に紫苑の笑顔が浮かび上がる。僕はなぜあのとき紫苑の傍にいなかったのか、今でも自問自答を繰り返している。
「…あんたは、なにを成せなかったの?」
僕の心境を察した渡部さんは、小さな声で僕に尋ねた。僕はその答えをはっきり言った。
「僕は自分の本当の想いに気付くことができなかった。僕は今でもそれを後悔しているよ」
僕が早く自分の気持ちに気付いていれば、福山さんが僕に告白して傷付くこともなかっただろう。
僕は確信した。僕が本当に好きだったのは、紫苑であったと。




