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那流と紫苑がお見舞いに来てくれた日から2週間が経ち、僕は晴れて退院することになった。
「…退院おめでとう、青ちゃん」
「うん、ありがと」
退院する日、病院に紫苑が迎えに来てくれた。那流は大学が忙しくて来れないそうだ。母さんも父さんも仕事が休めなかったと聞いた。
「来てくれてありがとね」
「もちろんよ。誰も青ちゃんを迎えに行けないって聞いて、あたしだったら誰も来てくれないのは嫌だなって思って」
病院を出て、僕の家に向かって歩き出す。夜に僕の退院を祝福して、ささやかなパーティーを開いてくれるらしい。
まだ午前中だから日は高い。カッと照り付ける太陽が眩しかった。7月に入り、気温もどんどん上昇する。汗で額に張り付く前髪を払い除け、紫苑の横顔をチラリと見やった。紫苑はあの日ちゃんと気持ちを伝えられたのだろうか。
「……どうだった?」
その一言で、紫苑は僕が何を訊いたのか察したようだ。目尻を下げて困ったように笑った。
「ん。駄目だったよ。断られるのは覚悟してたけど、直接それを言われるとさすがにキツいね」
「…ふうん、そっか。残念だったね」
僕は顔には出さずに、内心とても驚いていた。僕ですら面と向かって言ってもきちんとした返事は貰えなかったのに。紫苑は那流に何と言って告白したのだろう。
「なんて言ったの?」
「え?……それ、言わなきゃ駄目?」
「うん、お願い」
「…えっと…『結婚しよう』って言った…」
「えっ?…本当に?」
「うん」
「そ、そうなんだ…」
随分と直接的だな。これは那流も返事せざるを得ない。あの鈍感な那流相手には、それくらい直接的でないと伝わらないだろう。
「…ありがとね、紫苑。これでよくわかった」
「…なにが?」
「んーん、何でもないよー」
「は?なにそれ」
僕はどうすれば那流は僕の気持ちに気づくのか試した。紫苑を犠牲にして。罪悪感は少なからずあるが、紫苑も自分の気持ちをはっきり伝えることができたと言っていたし、そんなに悪いことをしたとは思っていない。紫苑が那流に振られるのは計算のうちだったが、まさかプロポーズするとは思わなかった。もし那流がそれを承諾したら、僕はものすごく後悔したことだろう。
「そういえばもうそろそろ夏休みだね」
不意に紫苑が話しかけた。
「いつからだっけ?」
「んーと、今週の金曜日が終業式だから、来週からだね」
「へえ、そうなんだ。早いね」
「青ちゃんどこか旅行したりするの?」
「うーん、多分どこも行かないだろうね。母さんも父さんも忙しいしね。紫苑は?」
訊くと、紫苑は嬉しそうにステップを踏んでくるりと振り返った。満面の笑みで振り返る。
「あたしはねえ、東京行くんだ!初めてだからすっごく楽しみなの」
「良かったね。お兄さんにも会いに行くの?」
「うん、まあ一応ね。訊きたいことあるし」
「僕の分まで楽しんできてね」
「うん!お土産買ってくるね」
紫苑はとても嬉しそうだった。那流に振られたばかりだというのに、気持ちの切り替えが早い。僕はそんな紫苑を見て、とても心が安らぐのを感じた。
「はやく家に帰ろっか」
あんなに楽しみにしていたのに、紫苑は東京に行くことができなかった。




