15
それから6年後、なる兄はこの村に帰ってきた。
「…あたしのほうが、ずっと青ちゃんと一緒にいたのに…全然わかってないじゃない。青ちゃんが何を思って、何を我慢してたのか。全然わかんない。今まであたしは何をしてたんだか…」
朱く染まった空を仰ぎ見て嘆いた。もうそろそろ日が暮れる。あまり長居しすぎては家に帰る頃は真っ暗だろう。その時、なる兄が屋上へ上がってきた。
「…紫苑、ここにいたのか。そろそろ帰ろうか」
「うん、そうだね」
「ああ、青葉が紫苑に『頑張ってね』って言ってくれって頼まれたけど、何のことだ?」
言われた瞬間、顔がかあっと熱くなった。
「ああ…うん…な、なんでもない…気にしないで」
「そっか。じゃあ行くか」
どうしよう、何て言おう?考えれば考えるほど羞恥心が増して、余計に何を言えばわからなくなる。とりあえず、あたしが一番言いたいことをはっきり言おう。何て返事されてもいい。自分の気持ちを伝えるのが最優先だ。
西の空に日が傾いて、二人の影が長く伸びる。真っ赤な夕陽を見て、深呼吸をした。なる兄の一歩後ろを歩きながらタイミングを伺う。もう腹は決まった。あとはそれを口にするだけだ。足を止めて、なる兄を呼び止める。
「ねえ、なる兄…」
「ん?」
呼びかけると、長めの黒髪を揺らして振り返った。初めて会ったあの日と同じように。黒く澄んだ瞳にあたしの姿が映っている。
「なんだ?」
なる兄はあたしに柔らかい笑みを向けた。その微笑みに胸が高鳴る。
「あのさ…」
「……?」
「お兄ちゃん…」
夕陽を背中に浴びながら、あたしは言った。
「結婚しよう。お兄ちゃん」
一瞬その意味がわからなかった。真っ赤な夕陽の所為で紫苑の顔色が伺えない。冗談で言ったのか、それとも本気で言ったのか。俺と同じ真っ黒な長い髪が風に揺れていた。
「………紫苑?」
「………」
問いかけても紫苑は黙ったままだ。察するに、冗談ではないだろう。紫苑は本気で俺に告白している。今、返事をしないといけないか?迂闊に適当な返事はできない。なにしろ、紫苑は俺にプロポーズをしたのだ。慎重に言葉を選ばなければ、紫苑を傷付けてしまう。
どうすればいい?
俺は紫苑と結婚したいとは思わない。第一、紫苑はまだ15歳だから結婚できる年齢ではない。16歳になるまでに俺よりもっと魅力的な人に逢えるはずだ。俺なんかと結婚するより、もっと素敵な人を見つけてもらいたい。それをどうやって伝えよう?
「…気を遣ったりなんかしないで。お兄ちゃんの本当の気持ちが知りたいの」
俺の気持ちを察したのか、紫苑は小さく言った。少し声が震えていたような気がした。
「…………………ごめんな、紫苑」
紫苑は泣きそうな顔で笑って、頷いた。
「うん、ありがとう。OKしてくれるとは思ってなかったから、だいじょぶ。本当の気持ち、言えてよかった。……だけど、少しだけ、ほんのちょっとだけ…辛いかな」
紫苑は自転車に跨り、俺を見上げた。
「ごめんね、先…帰るね」
「紫苑…」
「ありがと、お兄ちゃん。……これからも好きでいさせてね」
すれ違うとき紫苑の頬に涙が伝うのを見た。




