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「…なる兄?」
青ちゃんがいるはずの病室の前で何故か立ち止まったなる兄に声を掛けた。
「どうしたの?」
なる兄はハッと我に返った様子であたしに顔を向けた。ひどく汗をかいているようだった。
「…大丈夫?熱でもあるの?」
「ああ、いや大丈夫だよ。…行くぞ」
なる兄は病室のドアを開けて中に入った。あたしもそれに続く。
「…青葉」
「…那流?」
真っ白な静かな部屋に真っ白なベッドが縦に三つ並んでいる。青ちゃんはその一番奥のベッドの上で横になっていた。身を起こしながら不安そうな声でなる兄の名前を呼んだ。
「青ちゃん…ひさしぶり」
「紫苑も来てくれたんだ。…ありがとね」
「その、調子はどうなの?」
「うん大丈夫。あと少ししたら退院もできるって」
「そう…よかった」
ほっと胸を撫で下ろす。
「…那流?」
なる兄は青ちゃんを見下ろしながら黙っている。どこか具合でも悪いのかと思い、肩に触れようとした瞬間。
「ごめんな、青葉」
「那流…?」
「ごめんな青葉。俺がもっと早く助けてあげられれば、こんなことにはならなかった。俺のせいで、二週間も…。本当にごめんな」
「違うよ、那流…」
「また俺は…何も…っ」
「違うよ那流っ!」
青ちゃんが急に大声を上げた。静かな病室に声が響いて少し驚いた。青ちゃんが大声を出すのを見たのは久しぶりな気がする。なる兄は呆然と青ちゃんを見下ろしている。
「違うよ、那流。今回も9年前も僕のせいだ。僕が悪いんだ。那流が謝る事じゃない。謝るのは僕の方だ」
青ちゃんは優しく微笑んだ。ああ、まただ。こんなに胸がざわつくのに、その理由がわからない。
「……青葉」
その微笑を見たなる兄は苦しそうに顔を歪めた。不意に青ちゃんの両肩を掴んで言った。
「青葉、我慢すんな!」
青ちゃんは驚いてなる兄を見上げ、困ったように笑った。消え入りそうな声で言った。
「…那流には、いつまで経っても勝てないね」
真っ白なシーツにポツンと染みができた。
「ごめんね、那流。…ありがと」
泣いている青ちゃんの姿を見たのは初めてだった。
青葉の白い頬を一筋の涙が伝った。俺はそれをやるせない気持ちで見ていた。隣で紫苑が息を飲むのがわかった。
「…青葉。お前は独りで我慢しすぎだ。辛いなら辛いって言え。悲しいなら悲しいって言え。怖いなら怖いって言え。すべて自分の所為にするんじゃない。自分を犠牲にして解決しようとするんじゃない。俺の所為にしたっていい。だから…偶には俺を頼れよ…っ」
「ごめん、ごめんね。ありがと。今回は僕の所為でもあり、那流の所為でもある。僕は那流がいないと駄目みたい。誰かの所為にしないと壊れてしまいそうだった。本当は那流を頼らないと生きていけなかったんだ。
…馬鹿だね、僕は。そうやって見栄張って、自分で自分に嘘ついて。その結果、また那流に迷惑掛けちゃって。もっと素直になれば、こんなこと起きなかったのかもね」
青葉は両腕を伸ばして俺の腰に抱きついた。俺はそんな青葉の柔らかい黒髪を優しく撫でる。
「…これからは那流を頼りにして生きる。ごめんね、那流。また迷惑掛けちゃう」
「全部受け止めてやるよ」
「…うん。ありがとう、那流」
初めて青葉は声を出して泣いた。




