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俺たちの花  作者: ルート
11/23

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紫苑から携帯電話に電話が来たのは午後3時過ぎのこと。6月も半ばを過ぎ、台風が過ぎ去った次の日。丁度講義中だったが、紫苑から電話が来るのは珍しいと思い、電話に出た。俺が何か言うよりも先に、紫苑が切羽詰まった声で叫んだ。

『なる兄お願い、今すぐ九十九橋へ来て!』

悪い予感しかしない。思った通り、紫苑の口から紡ぎ出された言葉は、俺を動揺させるのには十分だった。

『青ちゃんが落ちたの!』

俺はガタっと音を立てて席を立った。教授や他の学生から誰何の目を向けられたが、そんなことは気にも留めず荒々しく教室を飛び出した。俺は九十九橋へ向かって走り出す。

「なにがあったか、詳しく教えてくれ!」

紫苑によると、青葉は九十九橋を渡っている途中に運悪く、例の発作を起こしたらしい。突然の出来事に、紫苑は為す術もなかった。紫苑を責めるつもりはない。九十九橋は柵もないとても小さな鉄橋で、雨上がりはよく滑って危ない。悪運に悪運が重なり、青葉は足を滑らせ川に落ちてしまった。

「くそっ!これじゃまるで…」

足が止まった。俺は怖がらずに川に飛び込むことができるのか?昔あの川で溺れてから、九十九橋を渡ることが怖くてあの橋へは一切行かずにいた。この前は青葉が居てくれたから渡ることができたのだ。あの橋を一人で渡り、ましてやそこから川に飛び込むなんて、今の俺にできるのか?

ふと、先日青葉と一緒にあの橋を渡った時のことを思い出した。

『大丈夫。僕がいるから』

青葉の手の温もりを思い出した。今俺が助けなかったら、もう二度と青葉の温かい手に触れることができなくなるのだ。

「…っ!」

俺は再び駆け出した。


「お兄ちゃん!」

なる兄が息を弾ませながら走ってきた。その姿を見るとふっと力が抜けて、その場に膝をついてしまった。

「青葉っ!」

なる兄は走りながら、着ていたシャツを脱ぎ捨てた。その美しい肉体に一瞬目を奪われるが、今はそれどころではない。携帯電話を握りしめ、叫ぶ。

「お願い、お兄ちゃん。青ちゃんを助けてっ」

なる兄はあたしに顔を向け、笑った。声は聞こえなかったが何か言っているのがわかった。口の動きからしてそれは多分「大丈夫だ」と言っていた。なる兄は橋の上で少し躊躇っていたようだったけど、すぐに弾みをつけて川に飛び込んで行った。幸い青ちゃんが落ちたのはそれほど前ではないから、そんなに深くは沈んでいないはず。あたしはただ、二人が助かる事だけを願っていた。


肺にどんどん水が入ってきて息苦しい。呼吸ができなくなる。もう僕は駄目かもしれない。台風が過ぎ去ったばかりで水嵩も多くて流れが速いし、制服を着ているからとても動きづらい。僕は早々にもがくことを諦めた。まるで、9年前のあの時みたい。

「………………………ば!」

なにか聞こえる。聞き覚えのある声。僕の大好きな声。

「…………青葉!」

腕を掴まれて、グイッと引き寄せられた。この冷たい手は那流だ。また那流に迷惑をかけちゃった。もう僕のことはいいから、那流だけでも助かって。そうしないと、またあの時みたいなことになる。あの時のようにはさせない。だから、はやく…

「しっかりしろ、青葉!」

耳元で那流の声が聞こえた。うるさい濁流の音にも負けないくらい大きな声が。僕は那流の声に応えようと、声を上げようとした。しかしそんな意思とは相反し、段々と意識が遠のく。遂に真っ暗な世界が見えた。


「しっかりしろ、青葉!」

濁流に翻弄されながら、必死に青葉に呼びかける。絶対この手を離さない。離してはいけない。

「………っ」

「青葉!」

笑った?青葉が一瞬だけ笑った。しかし次の瞬間、青葉の体から力が抜けていき完全に意識を失った。

「…くっそ…」

俺は気絶した青葉をしっかりと抱き、岸へ揚がった。昔はそれすらままならない程非力だったが、今はもう成長して、自分の手で青葉を助けることができた。…まだ無事かはわからないが。

「お兄ちゃん、青ちゃん!」

紫苑が目を真っ赤にして駆けてきた。そして濡れた俺の体に、さっき脱ぎ捨てたシャツをかけてくれた。

「サンキュー、紫苑」

「救急車は呼んであるから、その内来ると思う。青ちゃんの家にはもう連絡してあるから大丈夫」

さすが紫苑。手際が良い。紫苑の頭を軽く撫でた。

「助かった、紫苑。電話くれてありがとな」

言青葉を見下ろす。人工呼吸をしなくてはいけないか?傍らに膝をつき、青葉の学ランをはだけさせる。首を持ち上げて気道を確保する。…これでいいのだろうか。救命講習は一応受けたが、自分のしている動きが正しいか不安だ。しかし俺がやらなければ誰がやるんだ。俺は心を決めて、手を重ねて青葉の腹部に当てる。腕を垂直にして、力を込めた。

その時、救急車のサイレンが聞こえた。周りを見回すと救急車の赤いランプが見え、徐々にサイレンの音が大きくなっていく。

「やった、来た!」

紫苑が嬉しそうな声を上げた。助かった。救急車から数人の消防士が降りてきて紫苑や俺に状況を確認しつつ、手際良く青葉を毛布にくるんで救急車に乗せた。消防士の一人が俺に言った。

「あなたも病院で診察を受けてください。救助活動には感謝しますが、今後は無闇に飛び込んだりしないでください」

俺は青葉とともに救急車で運ばれて行った。

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