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ひさしぶりにこの村へ帰ってきた。引っ越してから何年たっているだろうか。指を折って数える。
「もう6年か」
見るものなにもかもが懐かしい。変わらぬ家々、変わらぬ雑木林。歩いていると、田舎独特の匂いがする。決していい香りとは言えないが、この村に帰ってきたことを改めて実感させてくれる。
俺は自然と、楽しかったあの頃を思い出す。そしてその記憶の中には、いつもあいつが隣にいた。これからあいつの家を訪れる。
見慣れた角を曲がり、二階建ての家の前までやってきた。その家の隣には、昔俺の家があった。今はもう取り壊されて、空き地になっている。
意を決して門を開ける。入る時、ちらりと表札を見た。
【柳】
あの頃と何も変わっていない。
一度深呼吸をし、インターホンを押した。ブーッと音が鳴る。磨りガラスのドアの向こうに人影が現れ、ドアが横に開いた。
「どちら様?」
出てきたのはあいつの母親だった。俺たちは家族ぐるみで付き合いがあったから、おばさんは俺のことを知っているはずだ。しかし6年も経っていれば気づけないだろう。俺は一礼し、名乗った。
「お久しぶりです、香坂です」
おばさんはしげしげと俺を眺め、やっと気付いたようだ。
「えっ、うそ、那流ちゃん!?」
「はい」
「いつ帰ってきたの?ひさしぶりねー」
おばさんは嬉しそうに目を細めた。
「ほら、ここじゃ何だから、どうぞ上がって」
「お邪魔します」
俺は脱いだ靴を揃え、柳家に上がった。
「いつ帰ってきたの?恵さんと英輔さんは一緒じゃないのかしら?」
恵と英輔というのは俺の両親の名前だ。
「昨日帰ってきました。両親は一緒じゃないです」
「あら、そうなの?」
「そのままペンシルベニアに住むそうです」
俺は引っ越してから今まで、父の転勤先であるアメリカのペンシルベニア州に住んでいた。日本の大学に進学したかったので、1人で日本に帰国した。
「あら、そうなの。いつか会いに行けるといいんだけどねえ…」
「夏に一度日本に帰るそうです」
「じゃあその時会えるかしら」
「俺の家に来るそうなので、多分会えるかと思います」
「那流ちゃん、どこに住んでるの?」
「神崎大学の近くです」
俺は入学する神崎大学に近い二階建てのアパートを借りている。狭い部屋だが、大学生の一人暮らしには丁度良い広さだろう。
「ここから一時間もするじゃない!わざわざ来てくれてありがとうね~」
「いえ…」
出してもらった烏龍茶を飲み干し、喉を潤す。俺は一番気にしていたことをおばさんに尋ねた。
「おばさん、青葉は?」
俺の幼馴染、柳青葉。歳は3つ離れているが、幼い頃から兄弟のように、いつも一緒にいた。俺は青葉に会うために柳家を訪ねた。部屋を見回すと青葉の姿はなかった。自分の部屋にいるか、もしくは外出しているかだろう。
「あぁ…青葉ね…」
今まで笑顔だったおばさんの顔が急に曇り始めた。俺は怪訝に思い、
「…なにかあったんですか」
と訊いた。
おばさんは溜息を一つ吐き、言った。
「あの子ね、病気にかかっちゃったのよ」
「病気、ですか」
胸に何か詰まっているような嫌な感じがした。それでも俺は声を絞り出すように尋ねた。
「…どんな、病気ですか」
「病気と言っても大した病気じゃないのよ。…そうね、もう起きてる頃かしら。詳しいことは、本人に聞くのが一番よ」
おばさんは立ち上がり、手を招いた。
「青葉の部屋に行きましょう」