4th Contact 【雪舞い散る中の女子会】
◆ 2080年12月 25日 雪 ◆
■ 中央合同庁舎 29階 3係 執務室 7:20 ■
『エリア網膜ストレス検知警報。千代田区新麹町 1区13番スキャナ。
詳細転送不能、スキャナ異常を検知。3係担当官は至急急行して下さい』
朱梨・葵・千里は配属されてから初めて同じ勤務形態であった。
昼2勤務で、9時に勤務交代で明けに入るはずであった。
しかし、その思いむなしく警報音が3係執務室内に響き渡った。
聞き終えるのと同時にエレベーターに乗り込み、直通エレベーターで地階に降りる。
「そう言えば、スキャナ異常って言ってたね…」
葵も聞き逃している筈がなく、朱梨も勿論聞いていた。
「スキャナ異常って…一体何があったのかな…」
初めて経験する状況に不安がこみあげてくるが、
そうしている間にもエレベーターは地階の扉を開く。
車両に乗り込むと、千里を乗せた護送車を引き連れて問題のスキャナに急行した。
◆ 2080年12月 25日 雪 ◆
■ 千代田区新麹町 1区 13番スキャナ前 7:30 ■
13番スキャナは、以前の東京メトロ麹町駅の北500m程に位置していた。
大通りから少し外れていて薄暗く感じてしまう場所だ。
車両を近くに止めると、スタンバトンを用意して周囲を警戒する。
千里も護送車から降りてきて、朱梨達と合流してスキャナに向かう。
スキャナの前に着くと、朱梨はライトをスキャナに向けて照射する。
「あれって…」
朱梨が言葉を無くし、葵も同様の感想の様である。
千里だけが、離れしているからなのかどこ吹く風である。
「取りあえず、本部に通信を送ろうか?」
葵がそう言って、管理官執行システムで本部にコンタクトを取る。
スキャナは検知機能部分が何かで破壊されており、原型をほとんど留めていない。
「けど、あれだけ破壊されていたら記録が残ってもいいはずだけど…」
朱梨が薄暗い場所に近づこうとした時、千里が急に朱梨の手を引っ張った。
前のめりになっていた朱梨はあっさりと後ろに引かれ、
それと引き換えにして前方で一筋の光が光った。
「うっ…」
うめき声を残してドサッ、という音が前方から響いた。
そうなって、初めて自分の置かれた状況が呑み込めた。
前で倒れた者に命中したのは、Glock 19改のスタンモードである。
発砲したのは葵で、葵の手にはGlock 19が握られたままだ。
朱梨はスタンバトンを持ったまま、倒れた者に近づいて確認する。
手錠を掛けてから、管理官執行システム内臓の顔認証システムを起動する。
このシステムは、システム内臓の時計型の腕輪を人に向けると、
その人の氏名や経歴、犯歴や現在の状態を瞬時に照会できるものである。
顔認証システムで確認すると、現在手配中の潜在者であった。
現場の簡単な鑑識活動を終え、潜在者を連れて刑事局へと戻った。
◆ 2080年12月 25日 雪 ◆
■ 中央合同庁舎 2階 厚生省潜在者管理対策局 7:55 ■
保護した潜在者は、厚生省の専門部局に引き渡す事が義務付けられている。
「潜在者管理対策局」は、潜在者に関する手続きを全て請け負っており、
引き渡された潜在者はその日の内に生体保護施設に送られる。
対策局の受付で引き渡しの書類を入力し、朱梨達は対策局に引き継いだ。
室内にほとんど人はおらず、コンピュータがかなり幅を占めている。
どこか落ち着かない場所…朱梨はそう感じていた。
◆ 2080年12月 25日 雪 ◆
■ 中央合同庁舎 29階 3係 執務室 8:50 ■
朱梨は戻って来てから、報告書と関係部局への送付書類の作成に追われた。
葵は、スキャナ破損に関する要望書と所見を大急ぎで作成している。
先程発見したスキャナ破損は、早期に修理及び交換を行う必要があり、
刑事局長名で整備局へ速達で送付しなければならない。
その速達送付期限が、勤務交代の9時丁度に指定されているからだ。
朱梨は朱梨で、先程保護した潜在者の報告書を作成している。
Glock 19 を用いた職務執行は、管理官権限で許認可が出ているとはいえ、
その使用には最大限の配慮が必要とされると管理官服務規程で定められているため、
使用した場合にはそれなりの報告書を担当責任者名で出さなければならない。
今日の3係 責任者は朱梨その人で、保護報告書と並行して慌ただしく手は動いていた。
タッチパネルのLEDが慌ただしく動き続け、見ている方は目が回りそうである。
千里はと言うと…実は、何もすることがないのだ。
本来ならやる事もあるのだろうが、朱梨と葵がほとんど片づけてしまうので、
千里自体がする事務作業が残っていないのである。
9時の勤務交代まで残り5分を切ったタイミングで、
宜音と糸葛が一緒のタイミングで3係の中へ入ってきた。
「どうした? 事務仕事さぼっていたのか?」
何も知らない宜音が、そう切り出してくる。
朱梨は手一杯なので、葵が代わりに対応する。
「違いますよ! さっき有った出場の対応中なんです!?」
対応しながらも一向にタッチパネルを叩くスピードは衰えず、
8時58分にその作業を両方終えた。
葵は整備局へ、朱梨は刑事局長宛の報告書をそれぞれオンラインで提出を完了する。
「よし! 終わった~!」
朱梨がそう漏らすと、葵も続くように伸びをした。
そして、時計は9時00分となり勤務交代の時間となった。
「ご苦労だったな。勤務交代だ、しっかり休んどけよ」
宜音がそう声を掛け、朱梨達が3係の部屋を後にして宿舎に行こうとした時…
物凄いスピードで夏谷が執務室に入ってきた。
肩で荒い息をして、深呼吸をしている。
「ふぅ~。間に合った!?」
「間に合ってないぞ!」
宜音に殴られているのは別の話で、執務室の外に出ると千里が話しかけてきた。
◆ 2080年12月 25日 雪 ◆
■ 中央合同庁舎 29階 3係 執務室前廊下 9:02 ■
「朱梨さん、葵さん! 今から女子会やりませんか?」
千里は開口一番に、そう切り出してきた。
女子会…主に、女子だけで行う宴会の事と大手の辞書には載っている。
「正確に言うと、杏からの誘いなんですけど…」
杏という名前を考えて、直ぐに分析室の彩宮寺が浮かんだ。
「別に構わないよ。葵も…いいよね?」
葵はどこかウキウキした感じで、元気よく一度頷いた。
「良かった! じゃあ、行きましょうか」
そう言って、千里を先頭にして3係女子一同が移動する。
「けれど、どこでやるの?」
朱梨がそう尋ねると「杏の部屋」と嬉しそうに答えた。
中央エレベーターに乗って、1階まで降りると宿舎へ再び歩き始める。
外はちらちらと雪が舞い散り始め、冷え込みはこの冬一番になるとか…。
◆ 2080年12月 25日 雪 ◆
■ 合同宿舎 A棟 224号室 9:15 ■
「あら~いらっしゃい」
間延びしたのんびりした声で出迎えたのは、分析室の女神 (仮)の彩宮寺 杏である。
ちなみに、分析室の女神というのは他の係での異名だとか…。
「お邪魔します」
杏の部屋は女性らしい細やかな気配りが行き届いており、
朱梨は少し女子として負けた気がしてへこんでいたが、
すぐに顔が部屋の中央へと向けられる。
葵はというと…既にその中央の物へと集中していたりする。
中央のテーブルには、今では珍しい手料理が多く並んでいた。
コンピュータ調理システムが普及して久しい今日、
手料理というのはほぼ皆無…というより、朱梨は見ていなかった。
「杏さん、何で手料理できるんですか?」
そう聞いたのは、朱梨ではなく葵の方であった。
「えぇーとね、おばあちゃんがこういうのにうるさくてね~」
そう言いながら、最後の料理をお皿に盛りつけて机にセットする。
机の上には、コンピュータ調理でないお手製の鍋が主役を彩り、
その両側にはお酒のお摘みが数品並んでいる。
千里は何処からともなくお酒を用意している。
お酒と言っても、朱梨が飲んでいる様な低アルコール飲料ではない。
見るからに「お酒!」と主張し始めそうなアルコールである。
「さぁ、飲みましょうか~」
杏はそう言うなり、そのアルコールをコップに注ぎ、一気に飲み干してしまった。
朱梨と葵は唖然としつつも、千里も同じ流れで飲み干していた。
「朱梨さんも飲みますか?」
そう言われて、少し考えて今日は飲まない事にした。
朱梨は元々お酒にあまり強くなく、オレンジジュースで勘弁してもらった。
葵は昔から飲める性質で、勧められるままに飲んでいる。
朱梨は杏の手料理に少しずつお皿にとって舌鼓して、
「これすごくおいしいですね!」と我ながら何処から声が出てるんだろう。
朱梨がお鍋をつつき始めると、葵が横で酔いつぶれてしまった。
「葵! 葵!」
朱梨が何度か声をかけてみるが、全く反応なし。
可愛らしい寝息を立てているので、ソファーに一時放棄する。
向かいの席では、杏と千里が美味しそうにお酒を飲んでいる。
朱梨はそれを見ながらオレンジジュースを一口呷り、
酢豚を小皿に取り分けて食べようとしてお皿を持った時であった…。
自分の手に付いたままになっている管理官執行システムが鳴り始めた。
予め組み込まれている通信機能であるが、朱梨達は今中2勤の非番である。
しかし、朱梨は一応通話を軽くタッチして話し始める。
よく見ると、発信者は宜音であった。
『あぁ、氷野か!? 悪いが、至急3係の執務室に戻ってくれ!』
宜音の声にはいつもの冷静さが欠け、周りも慌ただしい。
『実はな、お前たちが保護した潜在者が移送中に逃亡を図った。
都内全域に非常線を張っているが、3係も区域が割り振られている。
片瀬と崎守も近くにいるのか?」
『居るのは居ますけど、酔いつぶれています…』
『なら仕方ない、氷野だけひとまず3係まで頼む!』
そう言い終わると通話が切れ、再び無口な時計に戻る。
「すみません、という訳なので3係に戻ります。葵をお願いしてもいいですか?」
酔いつぶれる気配がない杏は、千里と葵に目を遣ってから手で制した。
「料理すごくおいしかったです! また誘ってください、では!」
そう言い残して、224号室を出てその足で中央合同庁舎へと戻る。
先程までの粉雪が嘘の様に、外は一面の雪景色へと変化していた。
朱梨は走って庁舎に戻る途中転倒しそうになるが、何とか持ちこたえる。
空からは、雪がまだまだやむ気配がない…そんな天気であった。
4th Contact 【雪舞い散る中の女子会】をお送りしました。
ご拝読頂きありがとうございます、作者の SHIRANE です。
このお話では、書きたくて仕方なかった「女子会」が主題です^^
なぜかわかりませんけど、書いてみたかったのですw
仕上がりはさておき、次回は潜在者の追跡が主題になりそうですね。
今までにないくらい、3作品スムーズに更新できております。
このペースが継続できたらいいという願いを自分に込めつつ、
後書きを締めさせていただこうかと思います^^
これからも応援よろしくお願い致します!
2013年 3月 26日 SHIRANE