2nd Contact 【時代遅れのビル街で…】
◆ 2080年12月 1日 曇りのち雨 ◆
■ 東京都千代田区新霞ヶ関 中央合同庁舎 8:17 ■
氷野と片瀬は、目の前にそびえ立つビルの前に立っていた。
国と都の行政機関が集約されたここ、新霞ヶ関中央合同庁舎。
地上90階、地下6階のその施設は、いまや東京を代表する施設となっていた。
氷野は入口ゲートの網膜スキャナに目を近づけ、認証を開始する。
『氷野 朱梨のユーザー認証を開始します』
『ID…K14532、警察庁刑事局管理官。適性ユーザーと認証、開錠します』
指向性音声で、周りには聞こえず自分にしか聞こえないよう設定されている。
ゲートが開くと氷野が先に中に入り、片瀬も続いて認証を受ける。
氷野は、目の前にそびえ立つビルをもう1度見上げた。
■ 中央合同庁舎 29階 刑事局フロア 8:30 ■
正面フロアの入口のドアを抜けるとすぐ、中央受付が目に入ってきた。
受付の横を抜け、手近のエレベーターで29階まで上ると、そこに職場がある。
29階のエレベーターホールに降り立つと、氷野は案内図に目をやった。
「左の方が3係みたいだね」
氷野と片瀬が左に曲がって少し歩くと『3係』と書かれた部屋があった。
「ここみたいね」
片瀬がそうつぶやくと、自動扉がすっと開いた。
■ 中央合同庁舎 29階 3係 執務室 8:32 ■
中に入ると、1番奥の席に黒色に縁どられたメガネをかけた男性が座っていた。
男性はこちらの存在に気付いていない様で、パソコンに向いたままだ。
氷野と片瀬は部屋の中を進んで、その男性の横に立った。
「……んっ?」
気づいたようで顔をあげると、すごく整った顔の男性であった。
「本日付で警察庁刑事局 1課3係に配属されました、氷野です。こっちは…」
「同じく配属されました片瀬です」
「「どうぞよろしくお願いします」」
別に打ち合わせしていたわけでもないが、いつものことだ。
「君たちがそうか…うん、よろしく。
私は3係主任の宜音 秋晴だ。階級は君たちと同じ…まぁ頼む」
厳しそうというイメージがあるが、話すと意外にそうでもない。
「では、早速だが隣の装備室で装備品をつけてきて貰えるかな?」
■ 中央合同庁舎 29階 3係 執務室内 装備品保管室 8:36 ■
促されるまま、隣の「3係装備品保管室」と書かれた部屋に入った。
部屋の中は少し薄暗く、ロッカーが多く並んでいる。
自分の名前が書かれたロッカーを見つけると、横に網膜スキャナがあった。
顔を近づけて網膜認証を開始すると、また指向性音声が流れ始める。
『適正ユーザーと認証。装備品ロッカーを開錠します』
ガチ!という音と共に、ロッカーが少し開く。
中を開けると拳銃からインカムまで全て置かれていた。
上のスーツを脱ぎ、ベルトにインカムを取り付け、コードを首の後ろで束ねる。
ベルトに手錠ケースと警棒、拳銃のバッテリーを装填する。
最後に管理官執行システム内臓の時計を手に取りつける。
操作して警棒と拳銃の電流を変圧できるかテストし、スーツを羽織る。
片瀬も丁度同じタイミングで装備が終わったようだ。
「朱梨、戻ろうか?」
「そうだね~」
ロッカーを閉めると自動でまたロックされる音が響く。
2人は少し薄暗い装備室を後にした。
■ 中央合同庁舎 29階 3係 執務室 8:42 ■
部屋に戻ると新たに人が2人増えていた。
男性が2人と宜音管理官がそれぞれ話していた。
こちらに気付くと、若い男性が声を上げた。
「あれ、きれいな子が居るね? どこの事務の子?」
そう言うとその隣にいた男性から鉄拳が飛んで行った…彼に。
「いてーっ、何すんだよ!?」
「お前はバカか…。隣は何の部屋だよ?」
「隣?装備品保管室じゃねーの?」
「じゃあ、あの子たちは誰だ?」
「そりゃ、3係の関係者…ってことは管理官!?」
「そういうこった…」
呆れたようにそうつぶやくと、隣の男性が氷野に向かって言った。
「紹介が遅れました。俺は特別捜査官の糸葛、こっちの無礼者が夏谷だ」
「本日付で配属になりました氷野と隣が片瀬です。よろしくお願いします」
片瀬も氷野のあいさつに合わせて少し頭を下げる。
「さて、初顔合わせが終わったところで悪いが刑事課は人手不足だ。
氷野と片瀬も事務の仕事を早速……」
宜音が言おうとしたタイミングで、聞き慣れた警告音が鳴り響いた。
『エリア網膜検知警報。旧霞が関25区画の該当スキャナが検知。
詳細検査を要請するも拒否して逃走。3係は管理官と捜査官を伴い、
至急現状に急行して対象者を執行して下さい。以上オワリ』
指令内容は直ぐに管理官執行システムに転送される。
「仕方ない…。よし、出場するぞ!」
宜音は3係のジャンパーを着て、出場用のエレベーターに乗り込んだ。
地下1階の駐車場直通で、出場指令時にはこれに乗り込む。
エレベーターは30秒程度で下に着いてしまった。
■ 中央合同庁舎 地下 1階 駐車場 8:47 ■
地下には外装が直ぐに変えられるタイプの乗用車と、
トラックの様だが…これは。
「宜音さん? このトラックって…」
「そうだ、一応潜在被疑者だからな。護送車になっている」
トラックも外装チェンジが出来るタイプの護送車であった。
宜音・氷野が前部座席、片瀬が後部座席に乗り込む。
宜音が車を少し踏み込むとオートモードに切り替わった。
2台は緩やかに駐車場の出口の坂を上り、外装をパトカーに切り替えた。
視認性が向上し、所属番号がはっきりと印字されている。
5人を乗せたそれぞれの車は、問題の25区画へと向かって走り始めた。
■ 旧霞が関官庁街 25区画 9:15 ■
2052年に起こった未曾有の大災害で老朽化したビルは甚大な被害を被った。
政府は霞が関官庁街の機能を現在の中央合同庁舎へ移譲。
霞が関官庁街は建物をそのままに残し放棄された。
25区画はそんな中で財務省などがあった霞が関3丁目付近である。
街は今では活気など消え失せ、浮浪者の溜まり場になっている。
現場に到着した 3係のメンバーは、まず端末を操作して周囲を封鎖した。
反応があったのはまさに、旧財務省のビルである。
全員が再集合したのを見計らって、宜音から情報が挙げられる。
「今から対象者の捜索に当たるが、今日は1人非番になっている。
夏谷は俺と一緒に来い。糸葛はそっちの管理官2人と頼む」
一呼吸おいて宜音が再び喋りだす。
「ほぼ無人ではあるが、浮浪者がいる可能性は十分考えられる。
執行システムからの指示があるまでは基本的にAモードで鎮圧してくれ」
そう言うと宜音は思い出した様に車に戻り、ジャンパーを2つ持って戻ってきた。
「これ着とけ。番号が入っている、302が氷野で303が片瀬のだ」
「はい、わかりました」
「了解です!」
ジャンパーを羽織ると、それぞれの班に分かれて捜索が始まった。
人気が無くなったかつてのビルは、どこか薄気味悪さが拭えなかった。
■ 旧財務省庁舎 2階 9:30 ■
中の電源はすっかり…を通り越して入る気配すらなかった。
管理官執行システムには、内蔵の旧財務省内の地図が映し出されている。
「それにしてもかなり暗いですね…」
氷野が少し不安そうな声を上げると、
「まぁな…。昔の面影が全くないから仕方ない」
糸葛がそうフォローを入れてくれた。
少し歩いているとインカムから呼び出し音が流れた。
正確に言うと、管理官執行システムの電波を受けてインカムに伝わり、
それが耳のインカムに流れてきているんだけど。
「宜音だ。庁舎 5階で対象者を発見、最悪な事に人質連れだな」
「了解です、直ぐにそちらに向かいます」
宜音からの連絡を受けて7階へ向かおうとすると、再び呼び出しが鳴った。
しかしさっきとは違い、声に少し焦りのようなものが伺える。
「スタンモードで対象を執行したが利かず、人質を連れて下へ逃走。
どうやら禁制薬物を使用しているらしい…管理官執行システムにアクセスしてくれ!」
言われるままに管理官執行システムに接続すると、脅威判定が変更されている。
「脅威判定がAになりました。仕方ありません…Bモードに変更します」
氷野が手元で端末を操作すると、全員の設定がBモード使用に変更される。
Bモードは、拳銃の設定が特殊執行用に変更される。
「つまり、今逃げてる奴は社会的に要らなくなったってことだな…」
全員が走りながら向かっていると、階段から人影が見えた。
「おい!止まれ!!」
糸葛が声で制止を試みると、刃物を持った対象者は人質と共にこっちを向いた。
「お前ら、銃をこっちに流せ! さもないと、こいつの命はないぞ!」
恫喝するような声がこっちに響く。
糸葛と氷野、片瀬は互いに顔を見合わせ、対象者の方に拳銃を滑らせた。
飢えた様な手つきで銃を取り、こちらに銃口を向ける。
「お前らみんな死ね!」
対象者がトリガーを思いっきり絞る…しかし一向に撃つ事が出来ない。
「何でなんだよ!?」
何度かトリガーを夢中で引いていたので後ろから迫るのに気付けなかった。
「残念だったな」
宜音と夏谷がトリガーを引くと、銃口から高電流が放出された。
「うがっ!!」
奇妙な唸り声と共に対象者は感電死した。
氷野と片瀬は人質に駆け寄り、安否を確認する。
安全を確認できると、管理官執行システムで本部に一報を入れる。
死亡した対象者の搬送は、2課の仕事だからだ。
数十分すると2課 3係の久川管理官が到着した。
伝達を済ませると場を久川管理官に引き継ぎ、帰署する事になった。
「それにしても、初めてだったんですよね…」
「うん、確かに…」
氷野と片瀬がそうつぶやくと「何が?」と夏谷が入ってきた。
言いよどんでいると、宜音と糸葛がフォローに入ってくれた。
「無神経なお前にはわからんだろうが、結構来るもんなんだよ」
「あぁ…まぁ、その内慣れると思うから」
「だから、何がだよ!?」
夏谷がスルーされている様子を見ていると何だか考えが吹っ飛んだ。
「そういう事か…」
氷野がそうつぶやくと「だから何が!?」と夏谷が入ってくる。
「(小松原教官……3係の事ってこういう雰囲気の事だったんですね)」
思っている事は片瀬も同じようで、顔を見合わせて頷いた。
帰署中に街には雨が降ってきていた。
しかし、雨の向こう側からは晴れ間が指してきている。
まるで、今の私たちの心の中を映す様に…。
2日続けて更新するのは、1年ぶりでしょうか^^;
作者のSHIRANEです。
構想は膨らむも執筆作業に少し時間がかかるこの頃です。
ブラックアウトは少し時間を頂きまして、
今週中に【蒼学生徒会!(改題決定)】を更新します。
すでにプロローグは完成済みですが、
第1話の執筆がまだなのでそれが出来次第改題します。
これからも応援していただけると幸いに思います。
体調が崩れやすい時期ですので、十分お気を付け下さい。
それでは…。
2013年3月4日 SHIRANE