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紫の旋律  作者: 蒼夜
第一章
8/75

7 失いたくないもの

 少年と出会った日。

 あの日から変わったことが沢山あった。

 それでも、自分は普段と変わらぬ様にしようと決めた。

 

 相当遠くまで走ったつもりだったのだが所詮人の足。

 近くの建物に入って道を聞くと噴水広場まで直ぐ近くだった。

 ただ一つ気付いたことは自分があの一角の中に今いないということ。

 

 あそこの中は守られている。見えない権力によって。

 

 アスカが来ることで街が緊張したように変わる。それはアスカが何かしらの権力を持っているということだ。

 あの一角にいたからこそアスカはシオンに同意を求めた。権力の及ばないあの場所だから。

 ヴィンスさんの行きつけはあの一角の中だった。異世界からやってきた少女。その彼女はどんな待遇でどのような権利を保障されているかは未知数。今のシオンにとって危険な存在に変わりはしない。

 

 噴水広場まで来ると見知った人影があった。戯れるように湧きだされる水に手を差し出している。銀の髪が月に照らされて神秘的な輝きを放つ、その人に表情はなくただそこに立ちつくしている。

 

「シルバ」

 

 少しの不安と共に名前を呼ぶ。

 

 そうすれば顔が少しシオンのいる方に向けられて優しい微笑みを浮かべた。夜のせいだろうかその表情には少し陰ができている。

 

「ここで待ってれば…会えるかも知れないと思ったんだ」

 

 言って、シルバはシオンの方に手を伸ばす。

 

「シオン、ごめんね。黙ってて」

 

 シルバに謝らせてしまったという想いからシオンは反射的に顔を横に振る。足はシルバの方に駆け寄って、手を取る。

 

「謝るのは私の方だよ」

「ううん。黙ってた、俺が悪い。」

 

 繋がれた手を確認するように手にシルバが少し力を入れる。そして誘導するように噴水広場の中に置かれている椅子に近づき、二人で座る。

 

「私シルバに酷いこと…言ったでしょ?」

 

 シオンは自分が言ったことを覚えていなかった。

 それだけ錯乱していた。ただあの状態だったのだ。きっとシルバに対して酷いことを言っている筈だと思っていた。

 

「わからない。あれはシオンの国の言葉だった」

「…そっか。でもきっと私酷いこと言ったよ。ごめん」

 

 座っても繋がれたままの二人の手。どちらが離すわけでもなく繋がれたまま。シルバが疲れた、とでもいう様にシオンの肩に自らの頭を乗せてくる。

 

「どうしたの?」

「俺…シオンの記憶が戻るのが怖い」

「私も怖いよ」

「シオンは記憶が戻ったら居なくなるんだろ」

 

 シルバはゆっくりと目を閉じていく。

 

「…うたって」

「シルバ?」

「俺が、眠れるように」

 

 まるで甘えるように

 

「外なのに?」

「まだ寝ないけど…今日は」

「わかった」

 

 

 できるだけこの国の言葉でゆっくりとした音を奏でる。

 安心できるように、不安にさせる言葉は使わない。

 眠るというからそこまで大きな声でなくて良い。

 二人にだけ聞こえる音でいい。

 

「きれいだな」

 

 夜だというのに鳥が集まり囀りだし、それらは流れるように旋律を生み出して、シオンはそれに合わせて歌の調子を変えていく。

 握っていた手の力がシルバから弱められる。外れそうになるそれを今度はシオンが握り返す。

 

「鳥とシオンの合唱か」

 

 フッっとシルバは小さくささやいた。

 

 歌いながらシオンは考える。

 離れそうになる手をつい握り返してしまった。その行動の意味を。

 

 自分が一から作り上げた今の環境。自分で決めて進んでいるのだと思いたい。

 

 大きくなっていた存在。離れていくことが寂しいと思える。

 

「シルバ」

 

 歌う声を止めて語りかける。

 

「いつになるかわかんないけど、いつかシルバと一緒にこの世界を見たい」

「うん。一緒に行こう」

 

 この存在を失いたくない。

 そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 かわらない風景。

 店は準備中だというのに勝手に入ってきて寛ぐ存在。

 エプロンをして午前中に汚れたところを掃除していく存在。

 それを大切そうに眺める存在。

 あの夜のことは二人とも何も言わない。

 

「シオン。今度さ、王都の外にあるんだけど日帰りで帰ってこれる楽しい場所があるんだ遊びに行かないか?」

「ほんとに!?行きたい!」

 

 シルバとどこかに出かけるのは久しぶりで心が躍る。

 最近の休日はアスカと過ごす方が多かったから。

 何度かアスカとは話しをする機会があった。でも、シルバはついてくることはなかったけど。

 ただ、彼女は私の記憶の核心に触れないような当たり障りのないことしか話さない。

 

「約束な」

「うん」

 

 アスカと私が会ってからこの店に『面倒な客』はパッタリと来なくなった。

 ユフィにシオンがその存在はアスカのことなのかと聞くと一瞬びっくりしていたが「そうだよ」と返ってきた。

 

「そういや、さっき見たけど、あんたの情報本当だったんだねぇ」

 

 今まで何も口を挟んでこなかったユフィがシルバに向けて言「そうかい」

「ユフィ、シオンに休暇頂戴」

「ああ、いいよ」

 

 二人の会話はいつも長くなる。しかも抽象的な言葉ばかり使うので、シオンにはなんのことかさっぱり分からないのでとりあえず厨房の奥に入って仕込みの続きをする。

 

 そういえば、最近はアスカに会う時間も減ってきて休暇をもらっていなかったかもしれない。この店はユフィが一人で切り盛りしているというのに休みの日がない。

 したがってユフィには休みがない。そんな中シオンは、といえば破格の待遇で今まで五日にいっぺんは休みを貰っていた。

 

 でも、あの日を境にシオンは休暇だ、と言い渡されても休まなくなった。

 アスカが話したいというときは三日ぐらい前に部屋のドアに置手紙が挟まっているのでユフィに伝えて休んでいたが最近それもなかった。

 

 あの日を過ぎて一回貰った休日。

 シオンは言い知れぬ不安に襲われた。シルバは休日だというのに別段用事を聞いてくることもなく予定のない日だった。

 なにかが迫ってくるような恐怖。みられているような視線。

 やけに喉が渇いて、部屋に立っているというだけなのに落ちてくる汗。

 夕方近くにシルバが部屋に来てくれた時、やっとその恐怖感から救われた。

 

 それから昼間、一人で居ることが怖くなった。

 

 用事がないなら店に行く。店に行けばお客さんやユフィ、シルバがいる。一人にならなくて済む。

 

 一人じゃないということへの安心。誰かが側にいてくれるという安心。

 

「シオン~!三日後だよ。覚えておいて」

 

 厨房に入っているシオンにしっかりと聞こえるようにシルバは少し大きめの声で話す。

 

「わかった」

「あのさ、その日シオンの部屋泊まっていい?」

「良いけど」

「シオンッ!何考えてんだい!こんなヒョロっとしてたってこいつも一応男なんだよ」

 

 すかさずユフィの怒鳴り声が聞こえてくる。今度はシルバに対してなにかブツブツ文句を言っている。

 

「だってシルバだよ?心配しなくても大丈夫だよ」

「そうそう」

 

 別にシルバが何かしてくるとは思わない。それにシルバにはどこかに寝てもらえばいい。

 

「ユフィは~、そんなに言うなら泊まりがけで遊びに行っていいのか?」

 

 あっけらかんとして言うシルバ

 

「シオンに何かしたらタダじゃおかないの判ってるんだろうね?」

「しないよ」

「シオンは、じゃあ私の家に泊まりにくればいいね」

「はっ!?じゃあ俺もそこ行く!」

「まったく…」

「決まり。シオン二日後ユフィの家に泊まりに行って遊びに行こうな」

「…え」

 

 シオンも関係している話のはずなのに一切シオンの意見が聞かれていないのは気のせいだろうか。


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