72 彼は
「シルバ!!」
カルスに連れられて来たのは、玉座の置かれている部屋だった。中央の玉座に続く場所は紅い絨毯が長く伸びている。そして、ところどころにある柱にも一つひとつ細かく模様が彫られている。
その中で、シルバは一人立っていた。
「シオン」
シルバは私が彼の名を呼べば、それにこたえる様に私の名前を呼ぶ。
その瞬間カルスと繋がれている手に力が込められるが、それは本当に一瞬の出来事でカルスはそのまま自分のいるべき場所へと進んでいく。
玉座の前には数段の階段があり、その手前でカルスは私と繋がっていた手を解き、シルバの方に振りかえる。
「お待たせいたしました、シルバ皇帝陛下」
そう言って、この国の最高権力者が地に跪く。
「…此度の私の失敗に寛容なるご判断誠に有難う御座います」
「そんなに固くならずとも、その代償はしっかりと頂いていくわけですしね、国王」
「いえ…」
「しっかりと、悩んで出された結論でしょうからね、シオンこっちにおいで」
カルスが跪いたことや、シルバの名前の後についた『皇帝陛下』という称号にあっけにとられて動けなかった私はシルバに名前を呼ばれたことで我に帰った。
「シルバ?」
「おいで」
もう一度シルバは私に優しく微笑んだ。
「シオン…様、どうぞシルバ様の許へ」
「…王?」
カルスに敬称をつけて呼ばれたことなんて今まで一度もなかったのに…。
そう思いつつも、私はさっきよりもシルバの方に寄る。
そうすると、小声でシルバが聞いてくる
「待たせたか、シオン?」
「待ってないけど…」
どういうことなの?そう聞こうと思ったのにそれを遮る様にシルバがカルスに向かって言葉を発した。
「国王、私は貴方を試した。継承条件を満たしていない者でもしっかりと巫女を導き、国を導いて行けるのか」
「はい」
「この国の歴史上、継承条件を満たしていないというだけで、どれだけ優秀な人材だとしても、潰されてきたという過去があったから。だから、私達は…節目として、国王を選んだ。」
元々、この国の継承条件に容姿の問題は入っていなかったが、ただ初代が金髪だったことで、いつの間にか組み込まれてしまった条件。
最初の条件は唯一つだった。ココロを読む力、それだけだった。ただ、初代と似た容姿の者にその力がよく顕現したというだけ。
「ですが、巫女の冠を国王は間違えた。だから、その冠を持つに相応しい、貴方の望む巫女を私がこの国に召喚したんですよ。」
ココロを読むことが出来ないこの王には、望む巫女を。それは、自分自身の片割れだったけれど、それでも…この国が変わるために必要なことならと思っていたのに…。
この王は傷つけた。
俺の一番大切な存在を。この国のためなら、そう思ってしたことが、全て仇になった。
「アスカは軍神の様な人でしょう?武術に長けていて…。『軍神の巫女姫』に相応しい少女。国王、貴方がシオンをこの国に召喚するときに何と願いました?」
「私は…現われる巫女に平和と安寧をもたらしてくれと」
「そう。貴方はそう望んだ」
この国に居て、平和にしてくれる巫女。王に安寧をもたらしてくれる巫女。それを満たせるのは、あの時点でシオンしかいなかった。
シオンの能力に気付きさえすれば、今までで一番の繁栄を望めたかもしれないのに。それは、継承条件云々と拘っている者達すら、黙らせることが出来ただろう。
「貴方は今も、彼女の持つ力と『冠』がわからないのですか?」
「シルバ?だって、私は違うよ?」
それまで話しについて行けてなかったためか黙っていたシオンが驚いたように口を開く。そして、国王も跳ねる様に頭をあげた。
「何も…気付いていなかった」
本当に望んだ相手を間違えたかもしれない。
「シオンは、私達皇帝と同じ能力を持っている貴重な人物だったんですよ?そして、ずっと国王を信じて無意識にも能力を使い続けていた」
「そ、んな」
皇帝の能力は調律をすること。この世界の淀んだ流れを正し、流す。そして、より良い方向に調律する。お伽噺の皇帝陛下。それなのに、この世界では唯の一人にもその称号を与えられた者はいない。使われないのではなく、使うことの許されない称号だから。
国であれば、国王が。賊や何かならばそこの長が。限られた人間だけが会うことを許される、上位の世界に位置する住人たちが使用する称号。
「シオンの奏でる音は、この国に平和をもたらし、国王には安寧をもたらす筈だった」
国王が冠さえ、間違えなければ。
「私も冠なんて、そう思ってはいますけどあまりにも真逆な冠に肝が冷えましたよ」
類似したものだったならまだしも、『軍神』などと。
誰もが、正解の冠を付けられたわけではないが、それでも今までの王は共通項のある冠の名だった。
「シオンの冠は『旋律』」
「せん…りつ?」
「シオンが音を奏でれば、その能力は発動する。それが、無意識のうちなので、それを流す役割が当分は必要だったでしょうけど…。戦の最中、やけに彼女の居る場所だけ平和ではなかったですか?シオンが来て二回目の戦、国境を超えることはありませんでしたね?」
きっと、王は自分の指揮の力だと思っているのだろうけど…。
シオン単体では確かにまだこの国全体を調律するなんてことは出来ないけど、俺が付いていれば、その力を流すことができる。
それに、この世界に残ってる精霊達も…風も。この国が平和でありますようにというシオンの願いを叶え、その力を運ぶ。
「私達皇帝が貴方に節目になってもらおうと思ったのは、サリエが言ってきたからです」
「サリエとは、誰だ?」
「貴方が、今一番危険視している人物といえば…」
「…サリューでしょうか?」
「ええ、貴方は何も知らされていないのでしょう?サリューとは、唯の愛称ですよ。彼の名前は、サリエ・ファルコナー=ルシエス・ローランド・ルカディア貴方の祖父である人の息子です。」
継承条件を満たしていた最後の王の息子。




