67 記憶の中の貴女は
要らなかった
ここにもわたしの居場所なんてなかった。
きっと最初から誰もわたしなんて望んでいなかった…。
戦の最中に来たのに、何もすることができなかったんだもの。
宰相はきっと最初からわかっていたから冷たかったんだ。
あちらにいた時と同じ。
最初だけ構われて、後は朽ちるのをただ待たれてるだけの私。きっと、誰しもがいなくなって欲しいと願っていたのに…私は死ねなかった。
死ぬのが怖かったから。
カルスはご当主さまと一緒。
二人がいなくなってから、いつもの通りに部屋に帰ってきていつもの通りに侍女の人達は何も話さず、わたしの世話をする。
カルスは優しいから間違ってここに来てしまったわたしを放り出せないでいるだけ。
ご当主様も優しい人だったから、きっと私のことを追い出せなかったんだ。それが、きっとあのヒトが言っていた、ご当主のお情け。あの人に最後に会ったのは…いつだったっけ。
こんなに優しい人が周りに沢山いるなんて私はきっと恵まれてる。
「シオン様…体調がすぐれないのでは?」
「…」
あの二人の会話は途中から耳を通り抜けていくようだったのに…今度はわかる。
「シオン様?」
これは、わたしの名前。
「…え?」
今まで一言もわたしに語りかけることのなかった侍女がわたしに声をかける。
「ですから、体調がすぐれないのでは?少しいつもより体温が高い様に思いますけど」
「そう?」
「ええ、今日は養生してくださいませ」
「…」
わたしの答えを聞かずとも、彼女たちはわたしが寝台に入れる様に準備を始めていく。
別に、いつだって部屋から出ることができないんだから同じなのに。
「医師を呼んでまいりますので」
わたしなんて物言わぬ人形であればいいんだ。自分の意志をもって何になる。
呼ばれた医師わたしの診察中わたしに何かを問うことはせず、近くにいた侍女に質問をする。それでいいんだ。
わたしは――。
「薬を飲んだら眠くなると思いますから、そのままお眠りくださいシオン様」
そういって節くれだった手は優しくわたしの顔にかかった髪の毛を退けてくれる。
「今、あなたが会いたい人はいますか?」
「…」
誰の名も、よべなかった。
昨日までのわたしならきっとカルスに会いたいと言ったと思う。
でも、彼との繋がりはまやかし。
繋がっていると思っていたのはわたしの勝手な思い込み。
ずっと彼と一緒にいれると思っていたのは、私の勝手な願望。
真実を知ろうと思えば、こんなに近くにいたんだから直ぐに知ることが出来たのに。
わたしはそれを拒否していた。
アスカ様とカルスの仲が良いのは王と巫女姫だからだと思って、考えないようにしたんだ。
「ゆっくりと、お眠りください」
医師の手が離れる。
直ぐ近く出聞こえる女性の声に頭が少し覚醒する。その声が現実から聞こえてくるモノだと認識した時重たい頭に目を開けることを要求する。
そして、女性を誰か認識したところでわたしはノロノロと身体を起こした。
アスカ様の行動を止めようとしてか、名前も知らない侍女が彼女をたしなめる。
ここにいて欲しくないと喚く彼女に、私は何も言わず、横を通り過ぎる。
ああ、わたしが使っていたものなど、ここに残っていて欲しくないだろう。
「私の荷物も…直ぐにどかしますので」
やっとの思いでそれだけ吐き出すと、アスカ様からは「当たり前」と言われる。
この部屋は最初に通された部屋とは違うけど、それでもカルスの私室にほど近いところに設けられている部屋。それでも、カルスが来ることは一度もなかった部屋。
それでも、近くに部屋があるということが気に食わなかったんだろう。
二人は、愛し合っているんだから…邪魔な存在でしかないわたし。
一歩一歩部屋から遠ざかっていくごとにココロの何かが冷めていく。
ぐるぐると回る視界では、何も考えられない。




