65 いつぶりかの
「アクロディーテ!!何やってんだ!今すぐ離れろ」
控え目ではあるモノの精いっぱいアクロディーテさんの所業を諌めるシルバだが、当の本人は何も気にすることなく私を抱きしめてくれている。
「嫌です。シオンは、可愛いですわね~。いっそのことわたくしが頂いて帰っちゃおうかしら」
「許さん」
「ふっ…だって、予定より遅れすぎてて、シルバが遅いせいでわたくしのシオンが」
「えっと…あのな。ずっとアディを一緒に…」
「ペンダントの中に?」
随分便利なんだな、このペンダント。
「だからもしかしたら、このペンダント握るとちょっと安心できたのかな」
何かあると、シルバから貰ったこのペンダントに手が伸びた。
「よかった。色も変わってきてるね」
「そうなの!汚れちゃったのかと思ってこの前綺麗に拭いたんだけど…取れなくて」
「大丈夫」
「そう?」
「ああ」
そう言ったシルバに視線を向けるといつも来ていたボロボロの外套ではなく真っ白で綺麗な外套だった。
「変えたの?」
主語がなくて、頭にはてなが浮かんだのか、うん?といった感じのシルバのきている外套をちょんちょんと触る。
「ああ、ちょっと…用事があったからこれ着てるだけ。いつものはまだ取ってあるし、着るぞ」
「そう」
「俺のことはすぐに誰か分かると思うから、それまで内緒。で…明日か明後日には決着つけるからもし、記憶が全部戻ってなくても…行こうな」
「明日か…明後日?」
「心配しないでとは言わないけど…ちゃんとユフィにも会って世界を見に行こう」
「うん」
でも、この王宮の中からどうやって私を連れだしてくれるのか。こうやって、部屋に入ってこれるぐらいだからシルバは何かを知っているのだとは思うけど…。
「あっ言っとくけどな。堂々を大手を振って出るんだ」
「出来るの?」
「俺に任せとけ」
向き合った額を軽くコツンとシルバが当ててくる。
「さ、だからちゃんと静養して元気になれ」
シルバにもたれかかっていた体勢から寝台の上に寝かされ、首元までしっかりと上掛けを掛けられる。
「怖い夢を見たら…俺を思い出せ。ずっと近くでお前のことを思ってるから。アディもいる。それに、ペンダントの中には…お前の――」
久しぶりに会ったからもっと色々話したいことがあるのに…。
シルバと会えて安心したのか、さっきまでよりも強い眠気に襲われる。上掛けの上からシルバが優しく手を握っていてくれる。
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「アディ、久しぶりだな…元気?」
すっかり寝入ったシオンの手を軽く握りながら久方ぶりの自分の精霊との再会に挨拶を一応交わす。
「わたくしにそんな質問愚問以外のなにものでもありませんわ。元気です」
「でさ、どっち」
「貴方の負けです。わたくしの勝ち」
シオンの寝台で隣に悠々自適に横になる美しい精霊。
「じゃ…お前の婿にでもしたらどうだ。下界生まれの希少種だぞ」
「そうですわね。でも、会ってみないとわかりませんし」
「記憶…大半は戻ってるんだな」
「ええ…シオン様の負担を軽減させるためとはいえ、覗いていてあまりに気持ちの良くない人生でしたわ。でも…シオン様にとって、大変なのはこれから先のことなんですのよ」
慈しむ様に笑うアクロディーテ。
「逃げ出すことになる理由?」
「わたくしは、ずっと一人でしたから…。実際あまり判り兼ねることでもあったりするのですが、シオン様にはお辛いこと。失った直後に得たと思ったものを、再度失うのですもの。」
「でも、あの愚王がそうしてシオンの記憶を吸いだしたから、再度調律することによって戻った」
シオンの心を手折った王は記憶を吸い出すことで自分を見てもらおうとした。でも、すべてを失くす直前に彼女は行動を起こしたんだ。そして、覚えてる限りの知識であの場所に来た。
といっても偶然という要因が大きかったんだろうけど。あの場にいなかったら保証人の預かりになっていただろうから俺はこうして一緒にいられなかったかもしれない。シオンにとったらその方がもう一度カルスとやり直せただろうに。
それでも、歪ませたのにそれでも出会ってしまって…惹かれてしまった。
「陳腐な言葉もこういうときは好きになれそうだ」
「あら、あなたが?」
上品を装ってか袂で口元を隠し笑うアクロディーテ。
「シオンの悪夢がはじまるんだから…」
「そうしたらきっと生まれますわ」
月のない星明かりだけの暗い空に一層深い闇が降りていく。




